2009/09/03

わざわざホテルでテレビを見るために?

●国政では「税金の無駄遣い」を徹底的になくして財源をみつけるなんて民主党は言ってるけど、大丈夫かと思わせる記事が今朝の各紙に●都議会の民主党である。読売、毎日は当たり障りのない内容だが東京はかなり大きく、朝日は詳細に問題点を突いている●やはり新聞は見比べてみないと実態はわからない●要するに15人など行く必要がないということである。東京新聞によると「にぎやかし」に1500万円以上が税金で支出され、民主が第一党になっても何も変わらないのか、との声があがっている、という●もっともである。ちなみに民主7名、自民5名、公明3名ということで、民主が率先して行くということである●さらに朝日ではその「にぎやかし」の内容について報じている。15人が行っても肝心のIOC総会には都議は数人しか入れず、残りの都議は現地のホテルなどでテレビ中継を見るという。そのほかにホテル内で決起集会をやるとか●そんなことに税金を、である。ましてや民主党は都の現行計画にある五輪スタジアム新設に反対しているのである。それって、むしろその方が招致にはマイナスじゃないの。つまり招致の足を引っ張っておいて、「にぎやかし」には率先参加で行ってきます、ってこと?少なくとも五輪スタジアム新設がなければ東京なんて選考外であろう(だいたい東京五輪招致なんて石原都知事の問題そらしに違いないと思っているが)●心ある民主都議は「効果があるかわからないのに、行く必要があるのか」とぼやいている●本当に税金の無駄遣いをなくそうというなら、まずこういうことから徹底的に見直さなければ何も変わらない●区議会も同じようなことがある。

2009/09/02

転ばぬ先の知恵

●改めて考えてみれば、「憲政の常道」に従い、国民に信を問う、という形で解散を行っていれば、こんなことになっていなかった、ということである●「憲政の常道」といのは戦前の慣例となっていた言葉であるが、やはり先人の知恵が凝縮された言葉ではないだろうか●今から思えば、やはり3分の2を自公が衆院で持っていたからと言っても、安倍内閣の、あの放り出し方の時に、多くの国民は、余りにもひどい、無責任だと感じたと思う●あの時に、つまり参院選で自民が負けてねじれ現象が起きた時に、国民に信を問えば、もちろん勝ちはしなかったかもしれないが、今回のような結果にはならなかったかも知れないし、失地回復の芽は残ったかも知れない●それを3分の2を背景に政権のたらい回しを繰り返し、結局、壊滅に至った●もちろんタラ・レバの過去の話ではなく、民主党政権も同じだからである●すでに政策を実現するには4年はかかる、とか言い始めているが、それこそ自公政権と同じ轍を踏んでいるのではないか。むしろ、内閣支持率が軒並み20%を割ったら、解散して改めて信を問う、というのが実は長期政権への道であり、それにより政策を微調整し、また支持率が落ちないように、もちろん支持率のために政治をするのではないが、結果として支持率が落ちないように頑張るのではないか●「憲政の常道」というのは民主主義のルール(3分の2再可決)を超えた知恵ということである。

2009/09/01

決算委員会の準備あれこれ

●世田谷区議会も10月から決算特別委員会が始まる。その準備委員会が今日初会合を迎えた●私の方からは、まず10時開会をもっと早くできないか、という発言をした。国会でも9時から予算委員会などテレビ中継している●しかしこの発言は議論しているうちに、なかなか困難なことがわかってきた。その理由の一つは2時間を超えて決算審議を避けるという原則を打ち破れなかったからである●何時間でも議論しても構わないというのは私だけで、普通は、2時間で休憩というのは常識的であり、人道的でもある。ましてや答弁側の役人の緊張は議会側とは異なる●となれば9時開会でも11時には休憩時間を入れなければならない。また正午頃には昼食休憩を入れなければならない。結局、開会を1時間早めても休憩時間の回数が増えるだけで終了時間は大して変わらない、ということらしく、9時開会という発言は撤回することに●次に発言したのは、決算委員会の委員長の答弁者指名のことである。もっと質問者の意向に沿った答弁者指名を考えたらどうか、ということ。基本的に委員長に指名権はなく挙手した答弁者を指名するだけだと事務局は答えていたが、それは時代遅れではないだろうか●というより、そのあたりが委員会運営をつまらなくしている、と思う。日本の議会は本会議と委員会審議とを現実的には区別して、どちらかといえば、本会議では公的な確認の場として、委員会では細かい議論と、使い分けている、結果として。そして通常、委員会では委員一人の持ち時間制限もなく、自由に発言できる●しかし決算、予算の特別委員会は議長及び監査等の関係議員を除けば全員参加型で50人近い委員で構成されているから、時間制限を設けなくてはならない。それでも一日8時間拘束の委員会が続く●限られた時間での答弁は質問者の望む役人に答えてもらいたいということもある。もちろん余りにもお門違いの答弁者希望は無理だろうが●そのあたりの機微について発言したのであるが●結局、区長が手を挙げようとしているのを、いかにも制止するかのように横の理事者とか後ろの理事者が大きな声で手を挙げる場合に限り、区長を優先的に答弁指名するような方向で、今日のところは終わった。

案の定

●民主党の新政権(予定者)が自公政権が景気対策として5月に成立させた14兆円の補正予算を執行停止するとかアナウンスするものだから、地方自治体がパニックになっている●世田谷区でも財政担当者が気を揉んでいる●国の補正予算が世田谷区民に届くまで5ヵ月かかる。その届く前に、その補正予算はなかったことにしてね、その代わりにあとでもっと良い補正を作るから、と民主党の新政権(予定者)が言い始めたからである●もちろん新政権の勢いは現在ピークにあるから、リアリティーが恐怖に変質し実質を伴わないアナウンスにさえ狼狽するのは理解できるが、それは余りにも買いかぶりというものであろう●民主党は民主党である。選挙に大勝、圧勝しても能力そのものが向上するわけではない(自信と権力は増大しても)おそらく組み替えも凍結も手つかず仕舞いで、時間切れというのが“見たて”である。当面何も変わらないし、何も決まらない。長い目で見守ることが何より肝心である。今は。

国と地方との関係

●先日、世田谷区の補正予算の説明があった。内容は国の補正予算を地方自治体(世田谷区)で実施するものが大半。景気対策として地方に分配する流れになっている●ところが民主党政権ではこの国の補正予算を凍結して組み替えるとしている●世田谷区の補正予算の説明の時にも、まだ選挙(結果)の前だったが、これらの財源はほとんど国の予算を根拠としているが、民主党は見直すと主張しているけど、見直したらどうなるの?●そう尋ねたが、選挙前ということもあって、そうなれば・・・と区の役人も困っていた●案の定、選挙結果が出て、世田谷区の補正予算についても影響が出そうである●もちろん“政権交代のコスト”はつきものであり、国民の選択の結果であれば甘受しなければならない●ただし、国と地方(自治体)との“取り引き慣行”はまさに国役人と地方役人の“信用取引”に近い部分がある。それは前例踏襲や毎年同じ年中行事という枠組みでいくぶん担保されているのだろうが、確たるものではない●つまり国も地方も、お互い困らないという“信頼感”で成り立ってきた●しかしこれは一面、不透明な関係ともいえる●霞が関だけが戦々恐々としているのではない。地方役人(役所)も同じである●実はその“戦々恐々”の中味を検証するのが議会の役目である。

2009/08/31

模様替え

●世の中、変わりそうなので、ホームページのブログ化を試みた。中味はグーグルブログなのだが。

2009/08/30

現代版“攘夷論”

●8月29日の日経。要するに“内向きな日本”というか、米国にとって“孤立化する日本”という懸念なのだろう●昔で言えば“大東亜共栄圏”みたいなものか。小泉構造改革路線がアメリカ偏重だったことは反省すべきである。何でもかんでも日本人がアメリカ人になれるわけでも、またなる必要もない●しかし対アジアにおいてもグローバル化は必然である。どっちみち資源も食糧もままならない日本で1億3千万もの(世界第10位)人口を維持するには貿易立国しかない●選挙の道具とはいえ、国内の不満をすべてグローバル化のせいにするのは貿易立国の道を閉ざすことであり、現代版“攘夷論”である。

2009/08/28

歴史は繰り返す

●「政権交代」を「倒幕」、「小泉構造改革路線の否定」を「攘夷」に置き換えれば、まさに明治維新直前に似ている●もしそのまま似ているとすれば「倒幕」のあかつきには「攘夷」を捨て「開国」に転じるのだが、これは今に直せば、再び「小泉構造改革路線」に戻すことにつながる(もっとも民主党がそういう名称は使わないだろうが)●考えても見れば「小泉構造改革路線」なるものが始まった時、民主党のパクリではないかとさえ言われた。それは同時に“古い自民党”ではできないことを「小泉構造改革路線」が目指したということである●結局、4年前の小泉劇場の選挙においても、今回の選挙においても、有権者の多数派の姿勢は一貫しているのではないだろうか。それは“古い自民党”への拒否である●“古い自民党”と戦っているのは誰か?4年前は「小泉構造改革路線」であり、今回は民主党である●本筋はそういうことである。と、思う。

2009/08/27

ペリシテ人?


●8月13日に「世田谷区本庁舎等整備審議会答申」が出された。その結論は「庁舎の一部または全部を取り壊し改築することが必要」ということで、その部分を引用する形で8月27日の日経夕刊のシリーズ記事「近代建築の未来」では「世田谷区庁舎は解体の方向となった」と伝えているが、果たしてどうなのだろう●答申というのは、区長判断の要素である。もちろん条例設置の審議会であるから最大限の尊重は為されるべきであるが、少なくとも問題の本質を正確にくみ取る必要がある●実は、記事では庁舎が前川建築であることから、「庁舎に文化的価値は必要ない」という答申の中の意見を取りだし、標題の「近代建築の未来」に結びつけている●前川国男の建築で一番わかりやすいのは、新宿の紀伊国屋書店である。あれ。正面から見たコンクリート打ちっ放しの感じは本庁舎と共通するものがある●解体の方向って何?

2009/08/24

法律の虫干し&締め切り

●自然の流れ、ということなのだろう。禁止とか制限は、もうこれ以上、むつかしい。そのことを記事は証明している●公選法に限らず実態に合わない法律は山ほどある。というより、その法律が何を(誰の利益を)守ろうとしているのかわからなくなっている●法律はすべて時限立法にすべきだというのが私の考えである。憲法は百年、その他の法律は50年、或いは30年で自動消滅、そのくらいの“虫干し”をしなければ、実は政治家を選ぶ基準さえ見失うことになる●これは政党のマニフェストよりはるかに先を行く考えである。例えば、地方分権とか叫ばれているが、来年で地方自治法が消滅するとなった場合、新たな「新・地方自治法」を決めるのが国会の仕事となる。そこにどんな地方分権の文言を盛り込むのか、そういう具体的なことが有権者の判断となる●実は選挙とは国民が参加する法律作りのはず、なのである。それをマニフェストという政党のお約束レベルで留めているのが現状である●マニフェストを政党が実行しなかったら、国民の法律作りの参加は阻まれるのである。つまり現状では法律を変えるか変えないかは政党の判断であり、それこそ選挙に勝ったらそれっきりということが横行していたのも事実●それは法律に消滅期限がないからである。放っておいても法律は存在し社会は回る。ただし法律に消滅期限が来れば、そうはいかない。簡単に言えば消費税5%。上げるも上げないも来年に法律の消滅期限が来るとすれば、この問題を避ければ消費税そのものが消滅するのである●そうなれば国会も政党も国会議員も、そして官僚も現在とは違った形で働くだろう。要は何事にも締め切りを設けることである。

2009/08/17

選挙期間中のホームページの制限について

選挙期間中のホームページの規制については問題があると思う。選挙区内(国政の場合は日本全国になるが)の議員のホームページ更新が文書図画、つまり政治ビラに該当するというのは、あまりにという感じがする。選挙の当事者は別として、実際、区政は動いているわけだから伝える責務というものもある。とにかくホームページというもの、人間が手渡すものでも、ポストに入れられているものでも、聞きたくないのに耳に入ってくるものでも、そういうものでない、そういう媒体の位置づけを考えなくてはいけない。すくなくとも選挙に関連しない範囲での利用は促進されるべきである。しかし、そうすると間違いなく抜け道をみつけだす輩が出てくるのも事実。でもそういうものに対して集中的に非難が来るのもこの媒体の特質。さてさて、とりあえず時間だ。

2009/08/15

キューバも今は

●マイケル・ムーア監督の「シッコ」で米国の理想郷のように扱われていたキューバ医療も、今日の日経夕刊によれば財源不足で、適切な治療ができていないそうだ●理念は立派でも結局は財源ということである●

2009/08/02

かき消された処方箋

規制緩和によって競争社会となり格差が拡大したというのは事実に反すると先頃公表された経済白書をもとに述べている(日経夕刊コラム大機小機8月1日)●正しい政治の処方箋は正確な事実確認なしでは書けない。時として政治は情緒的に流される場合もあるが、こと経済の分野においては合理的な判断をしなければ取り返しがつかない(より多くの人が経済的に不幸になる)●構造改革路線について負の面がないとは言えないが、どうも選挙を前に、その負の面をもって構造改革路線そのものを否定し“元にもどそう”みたいな主張が見られるのは非合理かつ残念である●「構造改革路線は大都市や大企業ばかりを豊かにし、地方をメチャメチャにしてしまった・・・」なんて。じゃ大都市にとってはいいことじゃん!と思ってはいけないのだろうかと。今、構造改革路線はどこを走っているのだろうか。

2009/07/31

視察 インフル対策 動きを止める


●茨木市のインフルエンザ対策は担当者からの鬼気迫る報告を聞くことができた。当時(ゴールデンウィーク前後)のことを思い起こすと、現在でもかなりつらいことのようであった●東京ではあまり報道されていなかったが、茨木市というのは大阪府の中で、ある時期、飛び抜けて感染者が急増した地域であり、大変な危機的な状況にあったという●結局、要諦は感染拡大を防ぐには「動きを止める」しかない。ということ●今回は弱毒性ということでいつのまにか、過去のことに。当時はほとんどの人がマスク姿だったが視察中、マスク姿の人を探すのが難しいくらいだった。東京も同じだけど●「動きを止める」とは深刻な判断である。それは感染被害との見合いとなるであろうから。今もウィルスがどこかで強毒・強感染に進化している。しかしそのウィルスについて知らない。都市の最弱点である。「動きを止める」政治判断である。(写真は茨木市の担当者の課長)

2009/07/30

医療問題のむつかしさ

●公立病院の方向性には2つあるという。「地域医療支援型病院」と「高度専門医療型病院」の2つの方向性●しかし一方で東京都には国立、都立、大学の病院そして民間病院が多い。(地方に比べれば)●世田谷区の梅丘病院跡地の問題と微妙に関連する課題は少なくとも事務方ペースだけで考えられるものではない。当然、世田谷区の視線の先は「地域医療支援型」なのだろうが、医療関係者の常識は勤務医の減少も含めて日々刻々と変化している●他区のかんばしくない例は事前の情報不足が起因しているのかもしれない。

電気自動車

世田谷区が電気自動車を購入した環境問題に取り組むという姿勢から当初予算から公表されていたたまたま駐車場から出てくる、その電気自動車を見せてもらったこれは現在売れているハイブリッドカーではなく、完全な電気だけで動くモーターカー小さい頃にマブチのモーターとお菓子の箱とかを利用して作ったおもちゃと同類ということらしい(そんなに粗野なものではないが)意外に音はした無音というわけではない実はこの「音」の問題について視覚障がいの方から問題提起をされていた要するにクルマのようなものが音もなく疾走することについて世田谷区はどう考えているのか、そういう対策もなく電気自動車を購入して良いのか、ということである音によって人間は多くのモノを判断している例え見えなくとも、蚊の音やバイクの音やヘリコプターの音を識別して対処するように、いわば社会化しているもちろん騒音としてのクルマ公害ということからすれば素晴らしい進歩につながるしかし信号としての音の役割という面からすれば燃焼エンジンから静粛性のモーターへの進化は、新たな事故、思いもよらない事故の多発につながることは予測できることである

再び公立みつぎ病院の視察から

●広島県の「公立みつぎ病院」の視察から多くの示唆を受けた。まず“黒字の秘訣”は施設の集約化ではないだろうか。高齢者施設を介護から医療まで集めて、果たして町中の高齢者はここ以外にどこにいるのだろうか、と勝手に思ったくらい●二番目は介護制度と医療制度の継ぎ目をうまくカバーしている点ではないだろうか(取りこぼしが無い?)要するに保険制度のすき間の無駄を極力省いているということである●振り返って世田谷区では到底無理だろう●世田谷で医療機関と介護施設を集中させるなど無理●逆に考えれば、そこまでしなくては黒字化は無理ということでもある●もっとも前述したように、国の制度そのものが公立病院の赤字構造を招いているので、公立病院単体でいくら考えても、それも無理だろう●世田谷区には区立病院がない。無いから、わからない部分も山ほどある。また無いから過剰に期待する向きもあって不正確な情報が氾濫することは本当に危険である●実は23区でも練馬や台東あたりで準区立的な病院もあるが、あまり良い情報はない。医療の問題は深い。(写真はみつぎ病院のリハビリルーム)

2009/07/28

公立病院について2

●公立病院をめぐる問題として、いわゆる事務方と医者とのミゾがあげられる。役人のトップはだいたいが法学部出身である。以下公務員のピラミッドは事務方で構成されている●そこには事務方が描く公務員像があり、公務員社会像がある。流れているのは“法治万能感”みたいなものである●確かに日本は法治国家であり、また法治国家でなければならないが、法治にも限界がある●医療や健康、或いは教育といった分野である。そこには法治とは別の次元での医療関係者や教育関係者がいる。特に医療関係者は生命と直結する現場にいる●法律という文章だけで仕事をする者と、メスや聴診器や医薬品で仕事をする者とが必ずしもシンクロするとは考えられない●しかも事務方の仕事は予算管理(お金の管理)という無機質な対象である。その乖離は想像以上であろう●前出の後藤武氏によれば、「診療報酬」そのものが赤字体質を産むようになっていることと、勤務医のなり手の動向が現在は非常に不安定であり、それこそ医療従事者の給与改善をしなければ先々の見通しは悲観的であると述べている●見るところ、日本の医療全体を構造的に変えないと、「公立病院」という名称の“いつでもどこでも安心したサービス供給という“響き”は保証できないようである。

公立病院について

●公立病院については後藤武氏の「公立病院の生き残りをかけて」が詳しい●後藤氏は心臓外科医の経歴を持ち兵庫県の保健部長を務め、さらに兵庫県病院事業管理者を務めたまさに公立病院経営のベテランである●そこから見えてくるのは、公務員と病院の“相性の悪さ”が組合や財政というモノサシから明らかになることである●信じがたい話だが兵庫でも公立病院において組合は「患者の治療よりも組合員の健康の方が大事だ」ということで「手術は勤務時間以内で終わるように」という確認を労使で交わしていたという●その結果、担当外科医が「夕方になると、手術中であるにもかかわらず、早く終われ」と言われて焦る状態だったとか●公務員はいわゆる9時〜5時といわれているが、急病は時間を選ばない。では公務員の9時5時を柔軟にすれば、と考えるが、これが実際には公務員改革の最大の問題であり、簡単にはいかない●保育園の延長保育、図書館の開館時間の延長等も同様である。

2009/07/27

医療と複雑な官庁

●公立病院が赤字という報道は山ほどある。そこで公立病院改革プランなるものが出てきた●まあ、赤字だから尻を叩くのは国としても当たり前のことだ●それは、てっきり厚労省だろうと思っていた。しかし正解は総務省だ。公立病院を“効率病院”にしろ!と動いているのは総務省なのだ●考えてみれば、公立病院は誰が作っているといえば、都道府県或いは市町村であるから、その“元締め”といえば旧自治省、現総務省ということになる●ちなみに、大学付属病院は文科省ということになる●もっと言えば、公立病院で働く医師は地方公務員法(総務省)という立場と医師法(厚労省)という立場という“二重国籍”であることはあまり認識されていない●しかも医師は地方公務員法より医師法に重きを置いているという事実も、当たり前といえば当たり前すぎて却って理解されていない●先日のクローズアップ現代でも新薬の認証にどれほど時間がかかるかやっていた。驚いたのは縦割り行政の非効率だったが、医療をめぐるややこしさは素人が考える以上だ。