もちろん、こんなことを口にする人はいない。しかし、この世の中で、「議会」などなくなればいいと思っているのは「役人」である。おそらくどこの自治体でも、本気で思っていると思う。(だからこそ必要!)
もし、なくならないのなら「議会」の時間を短くしてもらいたい。そのように考えるのが「役人」である。説明(答弁)責任のある管理職なら全員そう考えるだろう。
今回の件で、大会派にそれほどのメリットは見当たらない。むしろ、今後のことを考えると負担が増えるかも知れない。ではなぜそんなことを?
推測するに、「役人」の“願望”が自民、公明の議員に“憑依”したとしか考えられない。議会役職が多い分、回りは「役人」だらけという環境もあるのだろう。「役人」の考えが即「世論」と勘違いする向きもあるかも知れない。
しかし長い年月をかけて均衡を保っていた少数会派の時間というのは、それなりの世田谷区議会の「知恵」ではなかったのか。それを多数決であっさり壊したことは残念でならない。
2015/05/17
議会のあり方
昔、参議院の議長に河野謙三という人がいて、「七三の構え」という議会運営をして議事を円滑に進めたという。
「七三の構え」とは与党は力があるから、野党7、与党3の配分で扱うのが平等であり、少数意見の尊重につながる、という運営方法。
もちろん地方議会は制度が異なり、野党、与党という立場こそないが、ある意味、大会派による議会運営ということを考えれば、そのくらいの“度量”があってもいいと思う。
今回、世田谷区議会で問題となっているひとつは、討論の時間。(そのほかに議会運営委員会のオブザーバー出席の問題もある)討論というのは議案に対する賛否意見のこと。(質問時間ではない)これまで何でもかんでも“特定のテーマ”に結びつけて、意見を述べる名物議員がいたが、その議員は引退してしまったので、今回、自民、公明が問題視しているのは、予算、決算に対する意見の時間がメイン。16人の自民会派も1人会派も10分というのは不平等だと云う。
都政新報の取材によると自民党の山口裕久幹事長は「16人所属している自民党は討論時間が10分しかないが、1人会派でも10分ある。平等の観点から考えた」ということである。
果たして、意見というものが所属人数に比例するものだろうか。政策的に一致している人の集まりとしての会派である以上、それほどの格差があるとも思えないし、これまでの自民党の意見において、「もっと言いたかったのに」感はなかったように思う。
さらに、たとえ言いたかったことが言えなかったとして、不平等だというのであれば、自民党は10分では足りない、せめて15分にしてくれ、という方向にならないのだろうか。
それまで、10分以内で認められていた会派とすれば、いきなり7分とか5分とか2分も削られるのは、何か懲罰的に感じられないだろうか。
こういうことも配慮に欠ける点であり、少数会派に対する敬意が損なわれるということは回り巡って、個々の議員への敬意を失わせしめることにもつながる。
第1会派は先例により議長を出すことになっている。(選挙は行うが)とすれば議会全体を円滑に進行させる義務が出身会派である自民党にも生じる。責任は重い。自公で過半数を取れば、何でも過半数で決着というのは、円滑な議会運営とは程遠い。
「ルール通り」だけではすまないのが人の世の習いであり、過剰なくらい他者への配慮があっての過半数だろうと思う。
一方で、世田谷の少数会派は、自公に足下を見られている観も否めない。というのも少数会派も、ある意味バラバラで、今回の運営変更に対し、当事者として立ち上がる会派もあれば、音無しの構えというのもあり、そもそも意見を10分も述べるのは、「しんどい」と感じている議員もいるのかも知れない。
少なくとも前期では、予算・決算委員会で質問したことを箇条書きに並べて無理やり、「意見」にしているような感じを持った会派もあった。
その点、港区議会は爆発した観があるようだ。こちらは意見ではなく質問時間の制限だから、議員活動に直接響く。
民主4人、維新2人、社民1人、1人会派3人で計10人。自民に次ぐ第2会派に躍進とある。
ことの発端は1人会派の質問時間を10分から約5分に半減したことにある。
区議会と云っても、それぞれ歴史や経緯があるから、何とも言えないが、会派運営は、そんなに容易なものではない。世田谷の民主・社民という会派もすでに意見の折り合わない部分が露出している。
以上、議会のあり方に触れて書いてみたが、私は交渉会派による代表者会の当事者であり、その場で1人会派の意見については従来通りを主張し、少なくとも1人会派も参加する会議体でこのことを議論するべきだと主張したことを付記しておく。
「七三の構え」とは与党は力があるから、野党7、与党3の配分で扱うのが平等であり、少数意見の尊重につながる、という運営方法。
もちろん地方議会は制度が異なり、野党、与党という立場こそないが、ある意味、大会派による議会運営ということを考えれば、そのくらいの“度量”があってもいいと思う。
今回、世田谷区議会で問題となっているひとつは、討論の時間。(そのほかに議会運営委員会のオブザーバー出席の問題もある)討論というのは議案に対する賛否意見のこと。(質問時間ではない)これまで何でもかんでも“特定のテーマ”に結びつけて、意見を述べる名物議員がいたが、その議員は引退してしまったので、今回、自民、公明が問題視しているのは、予算、決算に対する意見の時間がメイン。16人の自民会派も1人会派も10分というのは不平等だと云う。
都政新報の取材によると自民党の山口裕久幹事長は「16人所属している自民党は討論時間が10分しかないが、1人会派でも10分ある。平等の観点から考えた」ということである。
果たして、意見というものが所属人数に比例するものだろうか。政策的に一致している人の集まりとしての会派である以上、それほどの格差があるとも思えないし、これまでの自民党の意見において、「もっと言いたかったのに」感はなかったように思う。
さらに、たとえ言いたかったことが言えなかったとして、不平等だというのであれば、自民党は10分では足りない、せめて15分にしてくれ、という方向にならないのだろうか。
それまで、10分以内で認められていた会派とすれば、いきなり7分とか5分とか2分も削られるのは、何か懲罰的に感じられないだろうか。
こういうことも配慮に欠ける点であり、少数会派に対する敬意が損なわれるということは回り巡って、個々の議員への敬意を失わせしめることにもつながる。
第1会派は先例により議長を出すことになっている。(選挙は行うが)とすれば議会全体を円滑に進行させる義務が出身会派である自民党にも生じる。責任は重い。自公で過半数を取れば、何でも過半数で決着というのは、円滑な議会運営とは程遠い。
「ルール通り」だけではすまないのが人の世の習いであり、過剰なくらい他者への配慮があっての過半数だろうと思う。
一方で、世田谷の少数会派は、自公に足下を見られている観も否めない。というのも少数会派も、ある意味バラバラで、今回の運営変更に対し、当事者として立ち上がる会派もあれば、音無しの構えというのもあり、そもそも意見を10分も述べるのは、「しんどい」と感じている議員もいるのかも知れない。
少なくとも前期では、予算・決算委員会で質問したことを箇条書きに並べて無理やり、「意見」にしているような感じを持った会派もあった。
その点、港区議会は爆発した観があるようだ。こちらは意見ではなく質問時間の制限だから、議員活動に直接響く。
民主4人、維新2人、社民1人、1人会派3人で計10人。自民に次ぐ第2会派に躍進とある。
ことの発端は1人会派の質問時間を10分から約5分に半減したことにある。
区議会と云っても、それぞれ歴史や経緯があるから、何とも言えないが、会派運営は、そんなに容易なものではない。世田谷の民主・社民という会派もすでに意見の折り合わない部分が露出している。
以上、議会のあり方に触れて書いてみたが、私は交渉会派による代表者会の当事者であり、その場で1人会派の意見については従来通りを主張し、少なくとも1人会派も参加する会議体でこのことを議論するべきだと主張したことを付記しておく。
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