7月15日、会派で長崎市を視察した模様が、長崎市議会のフェイスブックに掲載。長崎市は庁舎問題が解決に向かっている。果たして世田谷区はどうなっているのか。
世田谷区では保坂区長が今年3月、10年後をメドに、現在の場所に、最低でも4万5千㎡の新庁舎を作ることを決定。(世田谷区本庁舎等整備方針)現在の本庁舎面積は2万8千㎡。
現在の区役所は上の通り。世田谷地域に住んでいる区民をのぞけば、あまり知られていないのではなかろうか。実は上は第一庁舎であり、この他にも第二庁舎、第三庁舎、区民会館もあって、言ってみれば区役所は庁舎群から成っている。
上図の第一庁舎(築54年)が区長室や総務、企画、都市整備系の部署等があり、第二庁舎(築45年)には福祉系部署、教育委員会そして区議会がある。そして第三庁舎(築22年)には世田谷総合支所と災害対策本部がある。また区民会館(築57年)には選挙管理委員会や情報公開窓口等がある。
さて、区役所(庁舎群)の敷地は赤線の部分。ここにどうやって新庁舎を作るのか?近郊に仮庁舎を作る土地はない。(実際は中学校跡地等があったのだが保坂区長の決断が散漫で他の利用用途が決定。)敷地内に仮庁舎を作るとしても中庭は下が地下倉庫となって大型車両も駐車できないほど軟弱な地盤。駐車場も代替の土地がない。
そもそも仮庁舎を建設するという手法は財政負担増から採用されない。通常は適切な土地に移転で新庁舎を建設させるのがよくある手法。しかし保坂区長は移転はしないと自ら決定してしまった。ではこの敷地で仮庁舎も作らずどうやって新庁舎を作るのか?
リーマン・ショック前に想定した新庁舎建設手順では(移転しない・仮庁舎は作らないという条件で)休館が可能な区民会館を取り壊し、そこに新庁舎を作り、そこに第一庁舎の部署を移転、次に空っぽになった第一庁舎を取り壊し、そこに新庁舎を増設して第二庁舎の部署と移転・・・。というものだった。
つまり、敷地内に“区民会館という区役所業務を行わないスペース”があったことが、同じ敷地内に新庁舎を作ることを可能にしている。(区民会館の中の選挙管理委員会と情報公開窓口は移転にはなるが)
しかし問題は保坂区長の胸の内にあった。この区民会館は著名な建築家である前川國男氏の作なのである。(因みに実弟の前川春雄氏は元日銀総裁)保存運動である。運動メンバーには区長シンパも少なくない。区民会館だけでなく、第一庁舎、第二庁舎も前川建築である。前川建築のタッチは新宿の紀伊國屋書店のコンクリートむき出しのあの感じ、といえばわかるだろう。紀伊國屋書店は戦後まもなく作られた木造の店舗も前川建築。現在の鉄筋コンクリートの紀伊國屋書店は二代目の前川建築の店舗。
さて、今回の長崎市の本庁舎も築55年、しかもこれまで、耐震補強なしのツワモノ庁舎。(当地では地震がほとんど無いとか。IS値0.3〜)
長崎市の場合、適切な広さの土地がないことから、近隣の長崎市公会堂の土地に、公会堂を壊して新庁舎を建てる計画。長崎市では平成10年に公会堂よりキャパの大きい、長崎ブリックホールが完成している。とはいえ長崎市公会堂には歴史的な記憶が数多くあり、保存運動が起こる。ここが現在の世田谷区と同じ問題を背負っている。
上図は長崎市の現庁舎(左2つ)と公会堂(一番右)の位置関係を示す。新庁舎の敷地は公会堂の隣の公園の敷地を含む。
新庁舎の大きさは4万5千㎡〜5万㎡と世田谷区と同じ規模。
なお現庁舎の跡地は公園にする予定とか。
結論的に言えば、先月の6月議会で市長の強い信念のもと新庁舎の移転建設が決着した。まさにホットな視察だった。見事な対応の顛末を伺い、なるほどなーと得心が行った次第。
一方、世田谷区の問題は保坂区長の胸の内にある。3月の予算委員会でも、6月議会でも私たちの会派の質問に保坂区長は区民会館の敷地を使って(つまり区民会館を取り壊して)新庁舎を考えるという表現を一切していない。むしろ区民会館を残してリノベーションの可能性に言及している。リノベーションとは庁舎の躯体を残して性能を向上させることである。簡単に言えば外装だけ維持して中身を新築にするという手法。が、そもそも1960年代の建築物にはリノベーションの余地はあまり多くない。そもそも、元がスケルトンインフィルでなければリノベーションの効果は上がらない。どう考えても財政上の負担が大きくなるだけである。保存という観点からもゴマカシに過ぎない。
もちろん保坂区長の“意図”は保存派への配慮である。が、財政負担を最小限に抑え、現在地の敷地内で現在の大きさ2万8千㎡から最低でも4万5千㎡の新庁舎を作るには、しかも10年をメドに、ということからすれば残念ながら区民会館の敷地を活用しないと実現できない。
保坂区長は自分で自分を追い詰めている様にしか見えない。新庁舎の位置を現庁舎の位置だけでなく他の場所も考えれば、区長の“思い”は満たされたかも知れない。他の場所での新庁舎を考えろ、と主張していたのは皮肉にも私たちの会派だけである。
6月の代表質問(田中優子議員)で現在の区役所の敷地内で、新庁舎建設のパターンを考えてみると区側は答弁している。一方で仮庁舎の土地は見つからないと答弁していながら、仮庁舎の可能性も排除しないと訳のわからない答弁もしている。
もう一度考えてみよう。財政負担を最小限に抑え、この敷地に新庁舎を建設するならば、区民会館の場所に作らざるをえない。
しかし驚くべきことに、保坂区長は株式会社久米設計という会社に庁舎建設のパターン(シミュレーション)研究の業務委託の契約をし、それも10パターン以上を考えろ、という無茶ぶり。
久米設計という会社は建築設計専業で日本ではベスト3に入るという大手。そこに委託した内容は
◉本庁舎の規模の試算
◉本庁舎等の配置の複数シミュレーション比較
1 現敷地の法規制及び敷地条件等を確認し、シミュレーションの前提条件を整理すること。
2 「本庁舎等の一部改築または全部改築」を含む本庁舎等配置の複数プラン10パターン以上の作成・比較を行うこと。
3 上記の複数プランを10パターン程度に絞込み、解体・建設手順(仮設庁舎の有無を含む)の作成・比較及びコスト試算・比較を行うこと。
◉事業手法の比較・検討
従来型やPFI型など、様々な手法を比較・検討するとともに、他自治体の最新事例などの調査・研究を行うこと。
◉設計・施工事業者選定手法の比較・検討
従来方式や設計・施工一括方式など、様々な手法を比較・検討するとともに、他自治体の最新事例などの調査・研究を行うこと。
◉庁内検討委員会等の運営支援
区が設置する庁舎計画推進委員会及び同検討部会、同ワーキング・グループの運営支援を行うこと(計10回程度開催)
・検討委員会への出席(区が設置する庁舎計画推進委員会検討部会に5回程度出席すること)
・資料作成及び課題整理(検討委員会等での検討にあたり、事務局である庁舎計画担当課の指示に基づく資料を作成し、会議に必要な数量を用意すること。また検討委員会等から出された課題について、必要な調査を行い、課題を整理すること)
◉シンポジウムの運営支援
1 シンポジウムへの出席(1回)
2 シンポジウム運営に必要な資料の作成
3 その他、シンポジウム運営に関し必要な業務
◉基本構想(中間まとめ)案及び同概要版の作成
と、以上が久米設計に委託した“お仕事”のだいたいの内容。おそらく、ここまで長ったらしいブログを読まれる方は多くないと思うが、区役所の仕事の一端が垣間見えるだろう。
例えば、昨年のNHKの朝ドラ「ごちそうさん」で主人公の夫は昭和の始めの大阪市役所の建築課に務めていたという設定だった。そして自ら設計に従事していた。小学校とか地下鉄とか。しかし現在では、少なくとも世田谷区ではそんなことをする職員はいない。
専門的なことは専門のシンクタンクに委託するというのが今どきの「お役所仕事」。実際、区役所の中でこの新庁舎建設の担当部署は「庁舎計画担当課」であるが、そこには一般事務職の課長、係長、主任主事、および事務職の嘱託員の4名体制で、建築技術職は一人もいない。
それにしても、現在の敷地に10パターン以上の配置、建築手順を考えろ、というのには恐れいった。久米設計の内情は知らないが、業界では社会的信用も実力もあるという評判の大手である。どんな「答え」が出てくるのか楽しみである。