●第一回目の審議会で確認された主なことは以下のこと。 - 審議の対象範囲は、本庁舎からやや柔軟に総合支所との関連も議論の内側に含めること。ただし総合支所の建物に関する議論はここではしない。
- 本審議会は最終決定機関ではないという確認。
●左上は18日の都政新報が伝える豊島区の庁舎建設。豊島区は23区の中でも財政的には良くない方である。記事の見出しにもある通り資金調達すら問題である。大丈夫?なのだろうか。
●第一回目の審議会で確認された主なことは以下のこと。
●事務局が持ち出したのは、「庁舎問題についての区議会の動向」というA4の6ページの資料●会派名と賛成と反対が目立つように書かれて、その横に会派質問の要旨が載っている●反対と記載されているのは、共産党と無党派市民だけであり、他は全部賛成と書かれている(そのように口頭でも説明している)まるで庁舎改築に賛成か反対かに見えるが、実はこの審議会の設置条例に賛成か反対ということであり、改築とは直接関係がない●さらに質問の要旨を見ても、各会派の改築に対しての考え方はわからない。(理屈で言えば区長の諮問が改築ということの是非を審議してほしいという審議会なのだから、その審議会設置条例に賛成するということは改築賛成ということだろう、ということになるが、それも当たらない、なぜなら何をもって改築とするか余りにも漠然としているからである)●審議委員としては、当然、財政的な決定機関である議会の動向は気になるところで、そのあたりを察して、このような資料を作成したのであろう●しかし議会に身を置く者としては、やはり見当違いと言わざるを得ない●資料は議会での本会議での代表質問等を拾い上げているが、この庁舎問題を専門に扱う特別委員会があるのである。そのことについてはまだ触れていない。
●写真は、1960年建設直後の本庁舎の写真。そしてカラーが今日の本庁舎●実は昨年、会派として前川建築設計事務所を訪れ多くの取材をさせて頂いた。あわせて貴重な資料も●その中の一枚が左の写真(コピー)●建物自体はそのまんまだが、周辺の状況は変わっている。特に手前の中庭のありようはかなり変わっている。前川建築の真骨頂は実はこの中庭にコンセプトにあるのだが・・・●また白黒写真では中央に見える外階段が特徴的なのだが、現在ではかなり劣化して利用はできないようになっている●建築家は建築に対して利用哲学を持っているが、その思想性は竣工式のエピソード程度にしか扱われないのかも知れない。少なくとも区役所にはこの手の写真は残っていない。
●20人の審議委員は何を議論したのか?●昨秋より10回に渡り開催された「世田谷区本庁舎等整備審議会」●8月13日にその答申が出された●しかし直後の新聞記事が伝えた内容は余りにも素っ気ない●そこで改めて議事録を読み直し、答申では伝わらなかった部分を拾いだしてみたい●まず、第一回目は昨年11月13日に開催された●最初ということもあって委員長の選任などがあって、事務局(区役所側)から世田谷区の状況説明があった●世田谷区は全国1782自治体のうち人口では14番目であり、政令指定都市である堺市、浜松市、新潟市、静岡市より多いということ。もちろん東京一でもある●第一庁舎が作られたのは昭和35年(1960年)で当時の人口より20万人増加している。現在は83万人(住民基本台帳)●第一庁舎が建設された当時は1階と2階だけで窓口業務は十分足りているはずだったが、その後様々な権限が区に降りてきた●保育、福祉、建築、清掃等々。単純に事務量が増えた●今から50年前の区役所と現在の区役所では、住民の意識も含めて仕事量は異なるだろう、確かに●このあとに事務局が機先を制したように、或ることを説明し始めたのである。【つづく】