2010/10/21
検察は法から離れた恣意的な判断するな
■「公金を詐取した場合、無条件で起訴すべきで検察官の恣意的な意思を入れるべきではない」■これが検察審査会の主張である。全く、否定するところのない、正しいことである■逆に言えば、検察は公金を詐取しても条件を考慮して起訴しない、ということが現実である■このことはあの尖閣の場合にも通じることだ■検察が勝手な判断で法に従わないことができるというのであれば、国民は安心して生活できない■ましてや都議である。都議だから起訴しないということであれば、不公平の極みもいいところだ■検察のチェック機関としての検察審査会は必要である。
2010/10/19
2010/09/21
犯罪者が取調?
■朝日のスクープ■まさに事件は作られてしまうのだ。そして事件は見た目で決まってしまうのだ■要するに取調室では“犯罪者”が“無実の人間”を自白に追い込もうとしていたことになる■今月の文藝春秋に無実だった元局長の手記が載っている。それによればこの裁判では莫大な費用が掛かったと云う。検察をひっくり返すには鉄壁の資料や反証とともに敏腕弁護士がいなければならない。逆に言えば、お金がなければ、検察の犯罪は明らかにされなかったかもしれない、ということである■そしてすべての根源は過ちを認めない役人気質にたどりつく、ということである。過ちを認めないかわりに事実をかえてしまうのである■かつて情報公開請求で資料を廃棄されたことがある。都合が悪かったのであろう。そういうことを平気でやる気質が役人にはある。
2010/08/28
ドーカツとカイジュウ
■左は今年1月14日の毎日夕刊(この2日後に石川議員が逮捕されるが、記事はその直前の小沢氏の得意の絶頂期のもの)■特集は一面を使い、かなり大きいものだが、この中で哲学者の梅原猛氏の分析がすこぶる記憶に残った■氏は一度だけ或る自然保護団体に頼まれて細川政権の実力者だった小沢氏と会ったことがあるそうである。その時の人物評が次の通りである■「人間の才能の一部である政治的才能のみが極端に膨れあがり、成熟した人格に必要な他の能力が未発達である人間を感じざるを得なかった」■当時小沢氏は50歳を超えた頃、梅原氏は70歳に手の届く頃である■さらに、このことを当時の新聞コラムに梅原氏が書いたらたちどころに、小沢氏から手紙が来たそうである「一国立機関の長が政治的意見を書くのはけしからん」当時、国立国際日本文化研究センターの所長だった■そして梅原氏は言う「私への手紙は文面こそ、柔らかな言い回しだったけれど、一種の恫喝。続けて、いっぺん会いたい、と書いてある。懐柔だ。恫喝と懐柔、これが彼の変わらぬ手法でしょう。むろん会いにに行っていない。彼は人間はすべて政治的だと思っているんだ。哲学をやっている私のような人間のことがわからない。でも政治家には彼の手法が通じる。だから北京へ民主党議員がぞろぞろ付いて行く。それに彼は一度離れた人間に怨念を持つ。そしてその人は敵となる」■何と表現したら良いのかわからないが、実にピッタリのエピソードだなぁと感心した。さすがに一回り上の哲学者は小沢氏の本質を喝破している■そしてここに、現在の小沢人気が国会議員に多く、国民の感度とは全く逆となっている解答となっている。
2010/08/07
2010/08/06
無料のからくり
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■前から気になっていた■そもそも無料で回収というのが、わからない■しかし記事によれば「中古テレビなど家電製品を回収するため家庭を訪問した際、回収を頼んでいない製品まで勝手にトラックに積み込み、抗議した人には『もう返せない』などといって、抗議を聞き入れないなどの行為を繰り返した」(上掲赤線部分)や「軽トラックが呼び止められると、代金を先に言わず、庭先や物置などにある様々な物品を勝手に積み込んだうえ、『作業の手間をどうしてくれる』などとすごんで代金を請求、動揺した人の中に10万〜20万円を支払った人もいるという」(朝日新聞)ということだったのである■くれぐれもご用心を。
2010/04/24
子ども手当554人分申請
■あちゃー、新聞を見た時そう叫んだ。やはりそういうことをする人がいるんだ■逆に言えば法律の不備を突かれている、ということでもある■実際のところ養子の実態はわからない。そもそも親子関係というのは国によって様々である。そこにお金が絡むと一層複雑なことになる■この申請者は条件にかなっていると信じてのことだろう。もちろん社会的常識からすればいくらでも疑えるが、法の形式手続きからすれば人数制限は曖昧である。厚労省もホームページで50人の養子縁組した外国人には支給しないと書いているが、49人までなら支給するのだろうか■法の制度設計は極めて重要である。子ども手当に関しては、制度設計がなされていない、というより従来の児童手当の設計図をお手軽に拡大コピーしたという手抜き事業である(政権交代直後の高揚感から官僚役人を極度に排除した結果とも言える)■しかも児童手当にあった所得制限という、制度設計の要の部分を取っ払ってしまったので、来る人拒まずみたいな制度になってしまった■それにしても困るのは、養子や親子関係の調査をするのは記事のように尼崎市である。各市町村である。ひょっとすると裁判になる事例が出現するかもしれない。■現政権になってから、良くなったことは確かにある、それは率直に認めるとしても地方自治の現場からすれば振り回されていることの方がはるかに多いような気がする。
2010/04/17
賞味期限40年の身体
■「アキレス腱のけが」についての相談記事が4月16日の毎日新聞に載っていた。何気なく読んでいたら、いささか衝撃的な一文に目が留まった■「人間の平均寿命は明治初期まで40歳くらい。栄養状態の改善などで急激に寿命が延びたが、それに合わせて人間の足が急に進化したということはない」■言われてみればその通り。平均寿命の伸びは人間の身体からすれば外部環境の改善が及ぼしたもので、身体そのものが画期的に進化したわけではない■記事はこう続く「つまり40歳〜50歳を過ぎると、腱は言わば賞味期限が切れたような状態にあるため、無理をすればアキレス腱炎になりやすい」■もちろん鍛えればそれなりに新陳代謝が進み強化される筋肉等はあるのだろうが、それは身体全部に通用しない■われわれは、「科学の進歩」と「身体の進化」をゴッチャにしている。科学は進歩していても、身体は果たして進化しているのだろうか。或いは科学の進歩に身体は対応できているのだろうか。精神は尚更である。さらに精神にも賞味期限というのはあるのだろうか。
2010/03/11
世田谷ロール?
■前夜からの雪が止み、10日の朝には世田谷だけなのだろうか、珍光景が出没したとのこと■そのことが11日の朝日新聞のコラムに載っていた。記事の写真。まさに雪がロール状にクルクルと巻いている。記事によると「家の屋根などから雪の塊がガラスの雪面に落ち巻かれたのではないか」とある■しかしそれは違う。確かに記事では近くに家の屋根があるのかも知れないが、屋根のない青空駐車場でも同じことが起きていたからである■実は世田谷区役所の青空駐車場で全く同じ珍光景を見つけたので撮影しておいた■まさに世田谷ロール。現在、予算審議の真っ最中。これが世田谷区の財政状況を暗示するものでなければ良いのだが。
2010/01/30
ゴールデンスランバー
■現在公開中の「ゴールデンスランバー」を観た。内容は権力側(警察)によって首相暗殺犯に仕立て上げられてしまった男の話である■映画の中で、新聞もテレビもウソばっかり伝えている、といった主人公のセリフは今の世相とリンクして生々しい■主人公には覚えのない証拠が次々にマスコミによって報道され、誰も信じてくれないなか、昔の友人たちが様々な協力をする、というストーリー立てだが■とにかく権力側の犯人に仕立てあげて、徹底的に捕まえるという姿勢が凄まじい。もちろん娯楽作品ではあるが、故意に世論を操作することは意外に簡単なのかも知れない、とも思ってしまった■例えば主人公を犯人に貶める道具は監視カメラに映った映像である■それが犯行の証拠として自然な形でマスコミに乗った瞬間からまぎれもない犯人になってしまう。しかしそれは、ねつ造である■全編通じて、世の中はイメージだ、というメッセージがある。確かにイメージは本質を映す場合もあれば、逆に作られたイメージでは虚像にすぎない場合もある■原作は長編であり、映画では、犯人に仕立てられた男の視点だけを映像化している。それでも原作に忠実な作品になっている。ラストシーンは映画文法に沿った好きな終わり方で楽しめた。
2010/01/21
不老の町めざして
■何気なく見ていたら世田谷区のことが取り上げられていた。(テレビ朝日「みんなの家庭の医学」)■脳の老化にストップをかけ若返りに成功した町として世田谷区が取り上げられていた。
■と言っても、83万都市としての世田谷区をひとくくりにできるわけではない。すでに福井県(80万)、島根県(72万)、鳥取県(59万)、徳島県 (78万)の人口を優に超えている■それだけに高齢者人口も15万人。一つの大きな市なみである■15万人の高齢者はここ25年で倍増した(25年前は高 齢者人口は7万人)しかも今後いわゆる団塊の世代が高齢者に突入し加速度的に増える■良くも悪くも世田谷区は日本の縮図でもある。
2010/01/08
2010/01/05
150年後の真実?
■確かに井伊直弼の“頭部”はどうなったのだろう■史実に詳しい吉村昭の「桜田門外ノ変」によれば「彦根藩邸では、藩主井伊直弼の遺体が首のないままではどうにもならず、首を至急取りもどさねばならなかった。藩邸から探索の者が出され、首を切り落とした有村次左右衛門が自害し、直弼の首は遠藤但馬守屋敷にあることをつたえた。彦根藩邸から遠藤但馬守屋敷へ井伊直弼の首を受取にゆくことになった。・・・首は拭いきよめられ、藩医岡島玄達の手によって胴に縫合され、遺体が奥座敷に安置された。」とある■この事件から明治維新まで8年である。政権交代ではないが幕末から維新にかけてドタバタはあったのかも知れないし、井伊直弼を恨む政府高官も少なくなかっただろう。密かに“墓荒らし”もあったかもしれない。今後の調査が待たれる■ところでNHKニュースも無い時代、人々はこの事件の全貌をどうやって知ったのだろうか■区の資料によれば、事件の数時間後、昼前には彦根藩領であった世田谷の代官屋敷に第一報が届いている。彦根藩とすれば、水戸藩との臨戦状態となり、急遽人員の調達ということで世田谷の屈強な農民が駆り出された、という。たちどころに変事は村中に伝わった■日本史上、まさにターニングポイントとなる大事件を庶民レベルで一番最初に耳にしたのが世田谷の先達だったわけである。2009/12/07
国家の誕生
■NHKで「坂の上の雲」が始まった。本作品は司馬遼太郎氏の遺言で映像化は不可ということだったが遺族の了解を経てようやくテレビドラマ化に至ったという■軍人なり軍隊は最も“見栄えのする”領域である。司馬氏はその映像による“拡大する印象”を警戒したのだろう■それはさておき、初回の冒頭、「まことに小さな国が・・・」というナレーションで始まり「明治維新によって日本人は初めて近代的な国家というものを持った。誰もが国民になった」と続くが、この近代国家の誕生こそが・・・税金の発生であり、私有地(所有権)の発生である(他にもいっぱいあるが)■物語は日露戦争というとてつもない費用(戦費)のかかる大事業に向かっていく。その財政的な側面については触れていない。しかしすべての出来事は税金の発生によって実現されていく■手元にある文庫本は社会人になりたての頃に読んだもので四半世紀以上たっている。改めて眺めてみると全く違う観点から疑問はつきない。 2009/10/27
沈まぬ太陽
●先日、久々に封切り日に映画を見た。3時間22分。飽きずに見終わったが●登場人物を中心に見れば大きなストーリーの山があるわけではない。勧善懲悪の切れ味もない。爆発することのないエネルギーが蓄積されたまま最後まで続くという、言ってみれば不完全燃焼型の映画である●ただし日航機墜落のドキュメンタリー風の映像が全体を引っ張っている●視点は別の所にある。現在問題になっている日本航空である●その意味からすれば主人公は会社である。特殊会社とはいえ、売上げで成り立つ会社であるにもかかわらず、その会社員や取締役が、経営という尺度で判断しない、行動しない、そういうゴタゴタ劇とも取れる●それが映画だけのことなのか、日本航空にも通じることなのか、はたまた日本郵政の明日を示しているのか。少なくとも政治に翻弄される会社というのはロクなことはない。2009/10/08
2009/10/05
地球温暖化&ブラタモリ
●先日、NHKのタモリ氏の番組を見ていたら、縄文前期、つまり約5千年前の関東は左のように、かなり海面が上昇しており、世田谷の東はほどんど海岸のようであったらしい●さいたま市に行くには埼京線ではなく舟で行くという感じである●5千年という時間をどうみるかであるが、やはり大自然の営みには勝てないなあ、というのが率直な感想である●海面が上昇するくらいだから当時の世田谷も暑かったのであろう。もちろん当時の人類の影響度は微々たるもので、少なくとも人類のせいで海面上昇が起きたのではない●地方自治に関わる身として、環境問題は重要なテーマである。視野に入るのは今後50年せいぜい100年後までのことでしかない。叡智を絞って、人間社会がしでかした温暖化ガスを削減するのは当然としても、地球の営みまでは変えられないと考えるとため息が出る。2009/07/30
電気自動車
●世田谷区が電気自動車を購入した●環境問題に取り組むという姿勢から当初予算から公表されていた●たまたま駐車場から出てくる、その電気自動車を見せてもらった●これは現在売れているハイブリッドカーではなく、完全な電気だけで動くモーターカー●小さい頃にマブチのモーターとお菓子の箱とかを利用して作ったおもちゃと同類ということらしい(そんなに粗野なものではないが)●意外に音はした●無音というわけではない●実はこの「音」の問題について視覚障がいの方から問題提起をされていた●要するにクルマのようなものが音もなく疾走することについて世田谷区はどう考えているのか、そういう対策もなく電気自動車を購入して良いのか、ということである●音によって人間は多くのモノを判断している●例え見えなくとも、蚊の音やバイクの音やヘリコプターの音を識別して対処するように、いわば社会化している●もちろん騒音としてのクルマ公害ということからすれば素晴らしい進歩につながる●しかし信号としての音の役割という面からすれば燃焼エンジンから静粛性のモーターへの進化は、新たな事故、思いもよらない事故の多発につながることは予測できることである★
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