2010/09/29

世田谷美術館レストランCM風

 
BS日テレで火曜夜8時から放送の「ぶらぶら美術博物館」で世田谷美術館の特集その中のレストラン紹介部分 芸術の秋、10月11日までザ・コレクション・ヴィンタートゥール展やってます。

2010/09/28

正論か知恵か

今回の中国との衝突では、前原氏が我が国としての正論で突っ走っている、と読み取れる記事が28日の朝日である正論は正論である。当然の考えである。そこで思い出したのが、『論より詭弁 反論理的思考のすすめ』香西秀信著(光文社新書)の一節である以下、引用すると
だが、力関係が対等でない者の間で、そもそも対等な議論が成り立つのだろうか。例えば、ある会社の入社試験の面接で、人事担当者と受験者が、その会社の製品のCM内容をめぐって議論になった。人事担当者は議論を打ち切り、「これはわが社の方針なのだから、それに従えないのなら入社は諦めてもらう」と宣言した。これに対し、大学でディベートで鍛え上げたその受験者は、相手の非論理的思考を非難し、こう金切り声をあげた。「それは虚偽だ、詭弁だ、『力に訴える議論』だ!事柄の是非を突き詰めて議論せずに脅迫で自分の意思を通そうとするのは思考の停止だ!」ーーーもちろん、人事担当者は「ああ、詭弁で結構だ」と彼を退室させようとするだろう。少なくとも私ならそうする。
よくありそうな、想像できる話である。問題は冒頭にある「力関係が対等でない者の間で、そもそも対等な議論が成り立つのだろうか」という点であり、著者は後述で「われわれが議論するほとんどの場において、われわれと相手との人間関係は対等ではない」と喝破しているくだけた言い方をすれば、青二才の頭でっかちだけでは世の中相手にされないよ、といったニュアンスだろうか対等な関係が比較的、存在するのは学生時代までだろう。そして社会のなかにあって対等な関係とまではいかなくとも、対等な地位というものに議員というものがある。議員同士は対等である要は社会体験の乏しいまま国会議員になって、果たして、国家の枢要な地位は務まるのだろうか、という些かの危惧である国内では原則的に対等な議論ができたとしても、対外的に国力も国情も思想も異なる相手に対等な議論は可能だろうかということである不可能なら、そこには知恵が求められる。賢さが求められるのではないかもちろん、知恵は過ぎれば悪知恵と言われ、賢さも過ぎれば悪賢いと言われるおそらく、前原氏が対極の人物と見る小沢氏は知恵や賢さにおいて特出していたのだろう。しかしながら、その達者な知恵や賢さをおカネや利権にも使ったからこそ国民の嫌悪感を大きく刺激したのだろう小沢氏に惜しまれるのは、湧き出る知恵や賢さをカネに係わることに一切振り向けるべきではなかったということである。純粋に知恵や賢さを政治のみに用いていれば、国民の支持の度合いもかなり変わっていたようにも思う。

2010/09/26

まったくダメな日本製セキュリティ・ソフト

新聞のこんな見出しを見ると、「日本は何か悪いことしたの?」と思ってしまう。しかし国家とはこんなものである。そしてこんな国家が強大な軍事力と経済力を持っているのである国家と国家のつきあい方はむつかしい。だから「外交」は政治の最大テーマであるしかしながら日本では長らく「外交」と言えば、米国製の「アンポ」という セキュリティ・ソフトを使用してきたので、そもそも「外交」なんて人畜無害の紳士淑女のおつきあいなどと錯覚してきたフシがある今回の件も米国製のセキュリティ・ソフト「アンポ」の更新期限を前にして、モタモタしていた虚を突かれて“ウィルス”は侵入したメーカーである米国からすれば更新手続きさえすればバージョンアップサービスを受けられて、どんな“侵入”も防げただろうに、ということだろう結果として日本独自のセキュリティ・ソフトはウィルスに賠償請求されてしまう、欠陥ソフトであることが判明した考えるべきは2つ。一つは今ある日本独自の欠陥ソフトを大急ぎで手直しする。しかしこれでは、完成品ができる頃には、日本はウィルスだらけになって、日本として機能しなくなっているだろう。もう一つは、至急「アンポ」ソフトの更新をし、取りあえずウィルスに備えること。さらにその上で日本独自のセキュリティ・ソフトを開発するかどうか、ということであろう。

2010/09/21

犯罪者が取調?

朝日のスクープまさに事件は作られてしまうのだ。そして事件は見た目で決まってしまうのだ要するに取調室では“犯罪者”が“無実の人間”を自白に追い込もうとしていたことになる今月の文藝春秋に無実だった元局長の手記が載っている。それによればこの裁判では莫大な費用が掛かったと云う。検察をひっくり返すには鉄壁の資料や反証とともに敏腕弁護士がいなければならない。逆に言えば、お金がなければ、検察の犯罪は明らかにされなかったかもしれない、ということであるそしてすべての根源は過ちを認めない役人気質にたどりつく、ということである。過ちを認めないかわりに事実をかえてしまうのであるかつて情報公開請求で資料を廃棄されたことがある。都合が悪かったのであろう。そういうことを平気でやる気質が役人にはある。

2010/09/20

公務員ファースト

■片山総務大臣はその就任10日前、日経新聞において「公務員は国保に入れ」という提言を行っている(左9月6日付日経新聞)■この大胆な提言に対し、解説では「国民と同じ立場で国民のために働くという公務員のあり方が今こそ求められている」とある、まさに激しく同意■仕事は仕事という割り切り方は公務員には通用しない。国民や区民の共感を得る姿勢が大事だ■ともすれば“公務員ファースト”という思想が日本システムの随所に隠されている■簡単に言えば、“お上意識”である。そこに税金の過剰な使われ方が今なお続けられている■片山総務大臣の実績はこれからだが、少なくとも内閣が短命に終わらないことを期待したい。

地方他治

■9月20日の日経新聞。注目の片山総務大臣■最初から国政志向の多い議員集団である民主党政権において、地方自治の複雑な問題性を“誰が”指摘するのか、自立できない地方自治のままでは国会議員はいつまでたっても“陳情代理人”という役割しか期待されない■それでは前政権までと変わらない、と思っていたら予想外の“外人(党の外からの人という意味で)補強”■小沢氏ではあり得なかった人事である■その片山総務大臣に対して霞ヶ関官僚は警戒感でいっぱいだと日経は伝えている。なかでも片山氏の過去の言動が大問題となっている■「知事を8年やっていて一番屈辱的なのは国の地方債への関与。こんなものは自分たちで決めればいい」■この発言が何を意味するのか?簡単に言えば「課税自主権」という地方自治の根幹にかかわる問題である■実は、そのことについて、つづきもので「世田谷区の借金」というのを書いている■自治とは自分たちで決める、ということである。正直なところ“地方他治”というのが正しい。

2010/09/15

借りぐらしのアリエッなーいレストラン


■上は世田谷区の高層レストランの利用者数。(平成8年度は年度途中からの営業で5ヵ月分)開業以後、昨年度に至るまで、ものの見事に利用者数は減っている■平成9年度の利用者数は12万6千人、そして平成21年度は半分以下の5万9千人■区民会館の別館という扱いであり、利用者数はそのまま区民利用度に反映する。しかも飲食のできる有料施設であり、“民間の株式会社”が運営している。区はこの“民間の株式会社”に家賃タダという特権を与えている。それでいながらこの“民間の株式会社”は赤字。赤字状態でありながら10年以上も続いている“民間の株式会社”・・・。

2010/09/13

赤字レストラン

■区民の皆さんなら、すぐわかる世田谷区が実質的に経営している高層レストランの実態がわかってきた■なんと人件費比率が50%、原材料費比率は29%■おいおい、どういうレストランなんだよと考えてしまう■しかも開店1年目が客数最大で開業13年目の昨年度には客数半減という有り様■さらにこのレストランは家賃もタダだし、光熱費も世田谷区が実質半分負担しているというのに利益を出せないでいる■これでは“レストランごっこ”であり、経営という視点はない■近々、区の責任者に尋ねてみるが何と答えるのだろう。

2010/09/11

役人の不文律

■左は9月7日付の都政新報のコラム。各地で行われている自治体による「市民参加型」の“事業仕分け”がどうもうまくいっていない■世田谷区の場合も個別事業を議論したのに抽象論でウヤムヤに■そもそも、この手の“討論”は区長サイドの内輪の手続きに過ぎないので、市民を招いても、“ルール”は変わらない■変わらないどころか“徹底”される■“ルール”とは「行政内の対立は露わにしないし、対立の痕跡は残さない」■これは役人の不文律であり、基本マナーである■そういう人たちが“事務局”となった瞬間、“見せ物”は死んでしまうのである。

2010/09/08

行政の失敗のツケは

■総務省は地方財政法を昨年4月に改正して地方公社の債務を肩代わりする“赤字地方債”の発行を認めるようになった■その結果、地方公社の清算手続きが進むという■何てことはない、行政の失敗のツケをいよいよ税金で清算するということだ■例えば、何の計画性もなく(結果として)10億円で外郭団体の公社に買わせた土地が、利用できないまま、現在3億円まで下落してしまった場合、その外郭団体の公社は破産状態にある。結局、その差額の7億円をその自治体が“穴埋め”をするために借金(ローン)ができるということ■結果として“赤字地方債”の返済分だけ一般予算が削られるということになる(7億円を10年ローンで均等返済すれば金利を無視しても年間7千万円の予算が事実上削られることになる)■もっとも「行政の失敗」というコトバに対して、議会の責任を問う声が起こるかも知れない。しかし現実的には、地方公社、或いは第三セクター、外郭団体については、議会の手が及ばないのが実情である■自治体の本体予算については目を光らせることができるが、それ以外については極度に情報が限られる■逆に言えば、議会のうるさい目を逃れるには地方公社、第三セクター、外郭団体にやらせよう、ということでもある■世田谷区の外郭団体、第三セクター、地方公社については議会の中で一貫して関心を持ち続けているが・・・今のところ区民の負担を求めるような事態にはなっていないが・・・。

2010/09/05

世田谷区の借金 その5

■世田谷区の借金772億円。そのうち減税補てん債は277億円(その他に似たような名称の“減収”補てん債が32億円。合わせると、減税補てん債ほか309億円)■減税補てん債は世田谷区の借金の36%を占めている。

平成10年度分の住民税等減税補てん債  15億7千万
平成10年度分の住民税等減税補てん債  14億9千万
平成11年度分減税補てん債       16億1千万
平成12年度分減税補てん債       19億5千万
平成13年度分減税補てん債       20億9千万
平成15年度分減税補てん債       26億8千万
平成16年度分減税補てん債       103億3千万
平成16年度分減税補てん債       28億5千万
平成17年度分減税補てん債       30億3千万

■平成16年度の103億3千万円は平成7年、8年度分の借り換えとなっている■減税補てん債は他の借金と異なり、学校施設建設費とか公園用地買収費とかの具体的な“ローン”ではない。いわゆる行政経費として使われたものである。分かり易く言えば職員の人件費に消えた、とも言える■ではなぜ人件費等をまかなう為に“借金”をするのだろうか。それは“減税”をしたからである。誰が?国が、である■国が“世田谷区の地方税を減税した”からである■ここに日本の財政の、ムダ使いの原因が隠されている■地方自治体の「課税自主権」など存在しないことが、国側はもちろんのこと、地方自治体側からも証明されているようなものである。

2010/09/04

熱い暑い秋に思うこと

■ごくごく地域のコミュニティである“クランク街道バーベキュー大会”が行われた■年2回ほどのお隣さんとの顔見せ食事会。地域であれば入れ替わりもあったり、かかわりの濃淡もそれぞれである■いつもならすでに秋風そよぐ頃なのに、実態は猛暑で盛夏■現在の地震対策は冬至の頃を想定したままである。この暑さ避難所は本当に避難所としてつとめを果たすことができるだろうか■とりあえず関係所管にデータ収集の方法について問い合わせをしているが・・・。

2010/09/02

菅氏の意外な脆さ

■ここまで亀裂があるなら、“選挙が終わったらお互い協力して”などということは不可能である。(左は夜のNHKニュース映像から菅首相は小沢氏に向かって「カネと数をあまりにも重視する政治こそ古い政治だ、小沢氏の政治のあり方は資金的な強さ 仲間の多さというカネと数の論理が色濃くあるのは私だけが感じていることではないのではないか」と述べた)■要するに小沢氏の実践している“民主主義”を否定したのである。選挙序盤戦でこれではもはや不倶戴天の争いでしかない■今月号の雑誌「選択」のコラムによれば菅氏についてある先輩政治家が十年以上も前に以下のように忠告した話が載っている「君の恰好よさに憧れて、君のところにいった若者が、君のところに長続きしないという話をよく聞く 〈略〉 君の性格には「自分のことしか考えない」というところがあって心配だ」■これに類する話はよく聞くし、“イラ菅”などの俗称も、これに通じる話なのだろう。同じコラム子は次のようにも書いている「歴代の自民党首相が有能な側近を育てるため、いかに苦心したかを鳩山、菅は知らないはずはないが、二人とも「自分のことしか考えていなかった」・・・」(以上選択9月号「総理大臣の条件」より)■民主主義は人を育てる競争でもある■小沢氏は人を育てているのか、カネの力で従えているのではないか、と「自分のことしか考えない」菅氏が問うている■改めてコラムを振り返れば「君の恰好よさに憧れて、君のところにいった若者が、君のところに長続きしないという話をよく聞く」さあ新人票がカギと言われているが、あと12日、“長続き”するのだろうか■菅氏の敵は小沢氏ではないのかも知れない。相手を叩くよりも、もっと重要な戦略を見逃している場合が往々にしてある■もちろん選挙に参加できない一般国民としてのやじうま評であるが。

世田谷区の借金 その4

■世田谷区の借金772億円は228件からなるローンの総計である。では228件のローンはどんなものであろうか■ローンのタイトルから分類すると以下のようになる。

●公園用地取得等   188億円
●学校施設建て替え等 102億円
●福祉施設建設等    78億円
●区民利用施設等    30億円
●小田急線連続立体関連 23億円
●連続立体公共分    18億円
●道路用地関連     15億円
●再開発関連       9億円
●減税ほてん債ほか  309億円

■世田谷区の借金は、基本的に“国の監督下”にあるようなもので、どんなものでもローンにすることはできない。上記のように大方、公園用地だとか、学校、福祉系の施設建設とか、多くの世代で利用するものを、その時だけの負担でまかなうのではなく、利用する世代にわたって分割してまかなおう、というのが基本的な考えである■従って、何の借金なんだと問われれば、それぞれこの公園の用地を買った分だとか、この学校を建て替えた費用だとか、目に見えるモノとして説明できるはずである■ただし、上記最後の『減税ほてん債』とかを除いて■実は借金の半分近くを占める『減税補てん債』であり、これが、そう簡単に、説明がつかない■そしてそれは世田谷区が勝手にやったのではなく“国の監督下”で組まされたようなローンなのである。ここに地方自治体の問題点が凝縮されている。

2010/09/01

不思議な公有地

■世田谷区の土地(区有地)の管理は「世田谷区公有財産管理規則」に具体的に、その手続きが定められている。下参照(注※の赤字部分は私が補足■当たり前のことだが、区有地の管理は世田谷区がすることになっている。そのためには境界線を確定し、土地台帳には面積等を記載し、しかも電子計算組織を利用して登録しなければならない、ということになっている。(そのようにこの規則は読める)■では、そのような手続きが取られていない、そんな土地はどうなるのか■まるで戸籍上はまだ生存している江戸時代の人(死亡届が出されていないため)のような、“不思議な土地”について会派内で議論が続いている■そもそもは明治7年(1874年)の太政官布告にまでさかのぼる。この布告により日本の土地は官有地と民有地に分けられたことが遠因である(「明治国家と近代的土地所有」奥田晴樹著による)■“平成の役人”は“明治初期の役人”のあまりにもドンブリーな感性に迷惑している。

世田谷区公有財産管理規則

(境界標の設置等)
第16条 部長は、その所管に属する土地について、当該土地及びこれに隣接する土地との境界を明らかにしておくために境界標を設置しておくものとする。
 
第17条 財務部長は、財産について、別表第1に定めるところにより次に掲げる台帳に登録しなければならない。

(1) 土地台帳(注※敷地、保有地の別、数量単位平方メートル)

(2)〜(9) 略

2 前項第1号から第3号までの台帳については、電子計算組織を利用して財産の種類、所在、数量等を登録しなければならない。

3 略

4 財務部長は、台帳に登録された土地、建物及び地方自治法(昭和22年法律第67号。以下「法」という。)第238条第1項第4号に掲げる権利(注※地上権、地役権、鉱業権その他これらに準ずる権利)についての図面及びその他参考となるべき資料を整理しておかなければならない。