2013/12/31

ロミオとジュリエット


ツイッターでみかけた話。
『京王線の中で聞いた女子高生の会話。文化祭で「ロミオとジュリエット」をやるらしいのだが、「でもさー、あなたはなぜロミオなのって、そんなの親がそういう名前つけたんからじゃんねー」とのことでした。』

もちろん、なぜ敵の家に生まれたのか、という意味ではあろうが、まんざら外れてもいないから可笑しい。

昨今のマスコミ論調も似たところがある。狭小な視点。外れてはいないが、時間の経過とともに笑い話のようになることが多い。

2013/12/28

伝説のコンサート ザ・タイガース

 東京ドームに4万5千の観衆が総立ちで熱くなった2013年12月27日。ザ・タイガースが完全復活した日、堪能。「切なくてつらい時代なのに、こうしてタイガースに光を当ててくれてありがとう。力を、愛をくれてありがとう」というジュリーの言葉からあっという間の2時間半。良い年の取り方に感動。日本の音楽シーンから男性のあり方を意欲的にブチ壊しリードしてきたジュリーこと沢田研二の還暦後の活躍はまた新たな男子のあり方を示すものだろう。男の化粧からビジュアル系の先駆、男性ヌード等々の破壊的創造を果たして来た一方で、老いを隠そうとしない前向きな姿勢、そして友との再会というメッセージは五十代以上の世代に響くものがある。良い年の取り方、誰もが問われる問題である。(途中休憩30分にはちょっとびっくり。やはり女子が多かったことやドームは女子トイレが少ないとか、それなりの年齢のための配慮だったのだろうか?)

※追記 今回の公演は来年1月24日午後9時からNHK BSプレミアムで放送。

2013/12/26

類似点

 26日の朝日に都の元副知事の青山氏の“猪瀬評”が掲載されていた。読んでいて、保坂区長との類似点がいくつもあり、やはりそうだったのかと嘆息。
 青山氏によれば、都庁の関係者は猪瀬氏について「都政に関心がない、勉強する気持ちがない」というのが多くの認識だったらしい。実は保坂区長についても同様の声が聞かれるし、コトバは踊るがそれらを行政のシステムにビルトインさせる努力は感じられない。“情報公開と区民参加”のフレーズはもはや区長の独り言であり、条例改正案すら検討もされていない。
 さらに青山氏によれば、猪瀬氏は「何かネタはないかという姿勢で、耳目を集め、花火を打ち上げようという気持ちしかなかったのではなかろうか」と見ている。
 保坂区長も記者会見を開いて自己アピールに努めて居るが、マスコミが飛びつきそうな話題に必死で、区政にほとんど影響のない事例すらかなり大げさに発表している。ある部署など区政のためというより、区長の記者会見のために資料を作らされ閉口しているという。
 24日の同じ特集で埼玉大名誉教授のてるおか氏は「トップに立つ政治家は自我を確立し、強い倫理観や責任感を持っているのが当たり前。首尾一貫性を重んじ、それを損なえば有権者の反発を招くことを知っている」と断じている。保坂区長に照らせば、首尾一貫性が、あるのか無いのか含めて、印象が薄い。即ち区長として何をしようとしているのか、不明ということである。
 もちろん金銭スキャンダルなどあろうはずもないが、来年は保坂区政の総括という厳しい年になる。

2013/12/25

今日の広報は保存しておこう

 本日の区の広報「せたがや」12月25日号に職員給与の特集が載っている。国の法律で義務付けられているものだが、世田谷区はかなり詳しく載せている。ただし年の瀬の慌ただしい時期なので、大掃除とともに年末ごみと一緒に出されてしまうかもしれない。(それが目的?)
 世田谷区の職員数は5056人。そのうち一般行政職という、簡単に言えば「事務屋」さんのことで、部長、課長、係長等の役職で位置づけられているのが2797人。そのほか保育士等が1117人、技能労務職が754人と続く。
 その一般行政職、つまりフツーに言う役人の構成を見ると、部長が45人、課長が116人、係長が1096人。つまり世田谷区の役人の45%が係長以上ということに。さらに係長の平均年収は810万円。組織体としてはかなり老体である。等々のことがわかる。12月25日号は年末ごみに出さないで保存しておこう。

自慢・高慢・散漫バカのうちー2月9日(仏滅)都知事選投開票

石をもて追はるるごとく
ふるさとを出でしかなしみ
消ゆる時なし (啄木)

 「自慢・高慢・散漫バカのうち」というのは小学校の恩師の口癖だった。語呂がよかったのか半世紀たった今でも口づてに出てくる。
 当時は「散漫」が主眼で、授業の集中しなさい、というほどの意味だったのだろうが、年齢を重ねるうちに、「自慢・高慢バカのうち」が至言となって来るから、まさに「冷や酒と親の小言は後で効く」である。

 さらに年を取ると、どっこい「散漫」が老化のシグナルとなるから、やはり人生の名言であろう。今さらながら恩師に深く感謝である。

2013/12/21

炎の中の世田谷区役所

 12月19日に発表された、中央防災会議による「M7.3級の首都直下地震の新被害想定」によれば、世田谷区ではかなりの延焼被害が出る。今回の発表では19の震源地を想定しているが、その中で被害が最大という「都心南部直下地震」での火災被害が上図。(クリックで拡大)
 ご覧の通り、被害が最大というのはまさに世田谷区が火災の中心地の一つになっている、ということであり、被害者は世田谷区民の可能性が高いことを示している。M7.3級では揺れによる被害より、交通が遮断され消防車が来れない、或いは同時多発的に火災が発生して対応できない、ことによる大火災での被害が想定されている。
 世田谷区の大問題は、その火災地帯の真ん中に区役所があること。上図を拡大して見ると世田谷区役所の位置は三軒茶屋の文字の三軒の下の青丸印のあたり。

 このことについては、この発表がある前から、先月11月28日の区議会代表質問でウチの会派の田中優子議員が指摘している。さらに現在、23区最古の老朽化した区庁舎の建て替えについて、同じ場所でいいのか、という質問もしている。答弁は庁舎建設の時期(10年後?)には東京都が地域の不燃化をやってくれるでしょう、というまるで他人事。関東大震災時も誤って火炎の勢いの強い場所(被服廠跡地)に多数逃げ込み焼死している。

 現在の世田谷区長は3.11を強く意識して当選したものの、首都直下地震への行政としての備えについては、何も決断していない。大型開発反対という当選時のイメージにとらわれて、本当に必要な予算の決断ができない。一方で高齢者向けの区立レストランを作ってみたものの大赤字という惨状。そのため今度は無料送迎バスを。
 要は区長が中身のないイメージ区政に傾倒しているため、リアルな震災が発生すれば、住民からの不満は爆発するのは必至である。ド素人という意味でつかわれたのだろうが、アマチュアは、都知事だけに限らないのである。

2013/12/18

イノセの肖像

 あれから1年。ディケンズの小説「クリスマス・キャロル」のスクルージ同然の品性を発信し続ける都知事。今年のクリスマス・イブは百条委員会とか。
 来年のクリスマスを彼はどこで迎えるのだろうか。

2013/12/16

またまた選挙対策(あれはなかったことにして!)条例提案見送りへ

 いわゆる「町会・自治会加入促進条例」が見送り(提案中止)になったという一報が入った。確かにスジの悪い条例案だったが、ここまで引っ張っておいて見送るとは、「反対派」としては肩透かしを食らったようで、“不快感たっぷりの軌道修正”としか言いようがない。

 不快感たっぷりの視線は、条例そのものが区長の選挙対策として“利用”されたのではないかという“疑い”に向けられている。

 そもそも「町会・自治会加入促進条例」はどうみても自民対策だろうと議会では見られていた。しかし9月議会以降、区長にとって自民は「元カレ」状態となり、12月議会を経て、もはや「元カレ」にクリスマスプレゼントは要らない、という非常手段に訴えたと、見えなくもない。

 そう思わせる根拠は、実は「町会・自治会加入促進条例」については議会では賛成派の方が多かったと思われるからである。

 通常、条例提案を見送る場合は、議会で可決の見通しが立たない場合だけである。

 9月議会、12月議会で各会派から反対意見が続出したことは事実である。とはいえ、自民も公明も反対意見をあげていない。つまり過半数は賛成で、可決の見通しは当初から一貫している。

 にも係わらず、ここで提案を見送るとは「元カレ」への意趣返し、という仕打ちにしか映らない。ウワサでは自民は年明けには「新カノ」との「交際宣言」をするという動きもあり、火に油を注いだ可能性も・・・。

 今後、委員会で説明がなされると思うが、可決の見通しがあるまま提案を見送ったとなると、不可解である。

 区長は「好き嫌い」で条例提案をしたり、しなかったりということは、それ自体で大問題であろう。今回の件は結果は良しとしても、区長の政治姿勢への不信は増した、ということである。

2013/12/10

離党者は多くて5人程度と見ていた執行部はショックを隠せず(日経)

 この分では、まだ離党者が出るのでは?朝日では「包容力を失った政治の惨状を見せつけられた。」と渡辺氏を非難する署名記事を載せている。「渡辺氏の手法は『突破力』を生む一方、党内をむしばみ、崩壊を招いた。」とも。そして日経が伝えるところによれば、やはり自民党(というより安部首相?)と連携するようだ。しかし、特定秘密保護法のように、“賛成の棄権なのだ”というバカボンのパパのような前代未聞の行動では、とても連携する気にはなれないだろう。
 もとより5人と14人では執行部の“自己評価”がケタ違いにズレていたことの証拠。果たして巨大与党に影響力など・・・ノーサンキューの大合唱が聞こえる。

2013/12/09

自民党渡辺派になってしまったみんなの党、そりゃ離党するわ

 今さらながら、便利な時代になったものだ。
 9日午後4時から行われた江田憲司氏ら14人の記者会見がニコニコ動画で生中継された。1時間半に及ぶ記者の質問に、原点回帰と未来を見つめる視点の2つから、緊張感あふれる所見が各議員から発せられた。
 そこから垣間見えたことは、自由にモノが言えない雰囲気になっていたこと。疑心暗鬼が蔓延し、信頼関係より“忠誠度”が優先する仕組みが醸成されていたこと。(たぶん比例当選の弱みにつけ込んで、誰のおかげで!という意識が働いていたのだろうが、議員は議員であり党内議論では対等のはず!)
 記者の「自民党にすり寄ったという具体的な事実を言って下さい」という質問に、複数の議員が、代表の発言として「これからは自民党渡辺派でいく」、「黙って自公についていけ」、「与党に入ってテコの原理で動かす方が早い」等々の“実話”が口惜しさを滲ませながら飛び出したことには、ビックリ。
 そんなことなら投票しなかった人もいたはず。

 そう言えば、東京5区では落選した三谷英弘衆議院議員(比例当選)や東京選挙区の松田公太参議院議員はまだ離党していない。日頃の言動からすれば不思議でならない・・・ちなみに落合貴之氏は先月離党している。

2013/11/29

山田真貴子氏が“特定秘密”に?

 山田真貴子(53)氏が総理大臣秘書官起用へ、と朝のNHKが報じている。総理大臣秘書官に女性起用は戦後初という伝え方も古色蒼然だが、世田谷区民には馴染みのある名前。平成16年から4年間、世田谷区の副区長(当時は助役という名称)を務め、議会でもその高い手腕は評価されていた。その後、総務省にもどり順調に階段を。現在は経済産業省で商務情報政策局IT戦略審議官を務めている。一時期、区長選に推す向きもあったが今となっては賢明な選択だったのかも知れない。(ご本人にとっては。世田谷区にとっては・・・)
 それにしても、総理大臣秘書官と言えば、“存在そのものが特定秘密”のようなもの。大変な職務。個人的には喜ばしい限りだが、あんまり書くとタイホされちゃうかも・・・(笑)。


2013/11/27

離党の理由(クリックで拡大)

 



2013/11/26

会派名称の変更

11月26日付で、会派の田中優子議員と桃野よしふみ議員の両名がみんなの党を離党したことを受けて、会派名称を「無所属・世田谷行革110番」に変更しました。略称は「F行革」。Fとはフリーというイメージです。

2013/11/13

政治資金集めてどうする?

 11月12日新宿京王プラザホテルで保坂展人区長の政治資金集めパーティーが開かれた。やってることは自民党の政治家と同じ。市民派とはまるでイメージが異なる別のカオがそこにはある。
 区長の退職金廃止を公約として実現させたものの、一方でこんな政治資金集めをして業界筋から“補てん”しているとなると、果たしてどっちがいいのだろうか。ツケは区民に回されるのがオチ。世田谷区政では保育待機児問題がここ数週間で次々と計画が頓挫し来年のワーストワンも確定的でといわれるなかでの派手な高額パーティー。他にも問題山積の世田谷区政。当初は部下にまで政治資金を要請するワンマンぶりの勝ってし放題で、議会で取り上げようやく今回は部下の出席は撤回したが、結局のところ政治はカネということを立証した市民派区長ということなのだろう。

2013/11/12

直下地震、足を引っ張る老朽庁舎

 日曜日の早朝も関東は揺れた。中央防災会議が首都直下地震の想定を現行の7.5から8.5に変えるという。(8日毎日)マグニチュードが1増えるということはエネルギーが33倍増える。
 世田谷区役所の本庁舎(第一から第三まである)はこの新想定でいけば完全にアウトだろう。今や都内で最古の庁舎となりつつある第一庁舎が竣工したのは1960年9月25日。築53年。
 上記の第一庁舎で約740人の職員が働いている。この庁舎とは別に第二庁舎があり、そこでも約740人が働いている。合計1500人。(第二庁舎の竣工は1969年3月31日)
 上掲は第一庁舎の3階床。深刻な亀裂が生じている。また第二庁舎の床は傾いていてボールが転がるほどという。
 実は最古の施設庁舎は、第一庁舎隣の世田谷区民会館。竣工が1957年9月25日。築56年。ここは災害時の食料及び生活必需品の集積場所となっているが座席が固定式で階段状になっており、使用勝手が困難といわれている。
 上掲は1960年頃、手前が世田谷区民会館(事務棟含む)と向こうが出来たばかりの第一庁舎。もちろん、現在、耐震工事はなされているが(2001年実施)これは1995年の阪神淡路大震災を受けて国の補助金等で行ったもので、いわゆる外枠にバッテンを入れ、露出している柱を補強した“程度だった”。
 “程度だった”というのは、“そのうち建て替えるのだから”という意識が少なからずあったからである。その後、2004年の新潟中越地震、そして2011年の東日本大震災。3,11では第一庁舎の窓ガラスが大量に破損している。

 いづれ首都直下は来るだろうし、(それは1回ではない、何年かおきにまた来る)多数の犠牲者が出ることは避けられないし減災の思考で立ち向かうしかないが、災害時の被災者が一番待ち望むのは自助、共助もさることながら公助ではなかろうか。或いは区内には公助に全面的に頼る人もいる。(それは区内人口の高齢化に比例している)
 その拠点が本庁舎である。普段、区役所の世話にはなっていないと思っている人は多いと思う。税金だけとりやがって何一つサービスを受けていないという主張も若い人の実感かも知れない。しかしそれは、“普段”だからである。平常時だからである。非常時に区役所が機能しないということは、区民にとって、とても痛いことである。最も残念なコトになるかもしれない。
 実は、本庁舎建て替えの方向は2006年頃に着手の一歩手前まで来ていた。それが2008年のリーマンショック、百年に一度の大不況で、財源の見通しが立たなくなって沙汰止みとなった経緯がある。そこに2011年の大震災。
 現在の区長は、決断が出来ない(または遅い)ことで有名である。その反面、議会(多数派)が決めたことならすぐやる傾向や、区内有力団体の要請にはホイホイ応えてしまう政治姿勢で知られている。
 しかし本庁舎問題だけは何を繕っても、区長の責任は免れないと思っているのだろうか、決断はノロノロである。区長の仕事は突き詰めれば責任を取ることだけだろう。あとは5千人の職員が考えて働くだけである。今決断しても竣工は10年後くらいである。
 首都直下は明日来るかもしれないのに・・・。

2013/11/09

クルマの「世田谷ナンバー」大丈夫?

 卑劣極まりない犯行である。世の親の肝胆を寒からしめる凶事である。単なる思いつきで「犯行現場」が決まってしまう恐ろしさ。「私たちは世田谷区民です」なんて表示(世田谷ナンバー)をクルマに付けて走って、今の時代、大丈夫なのだろうか?これも現世田谷区長が率先して決めてしまった強制。クルマの世田谷ナンバーは強制であり、他を選べない。来年度から。

落合貴之

 誰しもが認める大器、世田谷産の逸材である。もちろんまだ若いので多くの人には「片鱗」さえも感じられないかも知れないが、2年以上、間近で見ていて日本の行く末に欠くべからざる人材ではなかろうかと随所で感じる。なんと言っても元経済企画庁長官をつとめた田中秀征氏の“最後の?”愛弟子である。
 落選直後の結婚、あとは上り坂である。あの週刊新潮が非常に好意的に書いているのも本人の人徳によるのだろう。ちなみに私も末席から二人の門出をお祝いしました。(↓クリック拡大)

2013/10/22

反省するなら・・・

 もう、保坂区長の定番。
 しなくていい「社会的に非常識」なコトをしでかしては、周りを消耗させる・・・。ついていく部下はストレス、てんこ盛り・・・。もう何度目だろうか。

 それにしても出欠確認しておいて、「招待はなし」って、果たして「相手の側」に立った解決法だったのだろうか?「相手の側」に立てない区制運営こそ問題の本質である。(下はこれまでの顛末の記事・クリック拡大)

2013/10/18

おかしなパーティーにご注意!

※表題は政治資金パーティーである「保坂展人と世田谷の未来をひらく会」は10月18日午前現在、政治団体の届け出をしていない団体だということ。(都選管調査済み)すなわち、お金を現実に集めていながら、主催者が誰なのか、お金はどこへ行くのか不明な団体ということです。こういう政治資金パーティーに区役所の職員を巻き込んでいいのでしょうか???
 10月15日の決算特別委員会で、「保坂展人と世田谷の未来をひらく会」という政治資金パーティーについて保坂区長に質問した。(問題点は記事にある通りなので、ここでは取り上げられなかった部分を紹介)

 区長の答弁は上記にある通り、「今後の世田谷の未来を共に語ろうという会なんじゃないんですか」というまことに、すっとぼけたものだった。
 しかし保坂展人氏は9月に以下のような直筆風のお願いを関係者に送付している。
 赤いマーカーは私だが、この部分には「就任してから2年半、どの企業・団体からも特段の支援を受けることなく「草の根」の・・・しがらみなく市民の立場から・・・」等々と孤高の“市民派”区長の姿を吐露しているのだが、本当だろうか?
 上は「保坂展人と世田谷の未来をひらく会へのお誘い」状である。赤枠の呼びかけ人を見てみると、世田谷区オールしがらみ団体名の羅列にしか見えない。そこから何故か一行空けて、個人的なつながりのある方々が並ぶ。以下に拡大。
 ほとんど、“しがらみ”だらけの会であることは明白。実は、この「保坂展人と世田谷の未来をひらく会」には、もう一つの「案内状」が存在するのである。
 こちらの方の「呼びかけ人」は赤枠の通り、拡大すると、
 確かに間違いではないが、上の上の「呼びかけ人」の紹介の仕方とはだいぶ違う。直筆風のお願いは、こちらの「案内状」に同封されたものである。

 要するに、保坂展人氏の旧来からの知り合いと、いわゆる業界関係者とに、同じ政治資金パーティーでありながら、全く別々の「お誘い状」なるものと「案内状」なるものを使い分けて送付しているのである。会場の入り口が別々なのだろうか?

 しかも業界関係者の金額は1万5千円であるのに対し、旧来の知り合いは1万円にディスカウントされている。さらに冒頭の記事にある通り、区役所の部長には5千円にするという「添え状」までが同封されているから驚きの“価格設定”である。

 そもそも政治資金パーティーというのは、資金集めと「顔見世興行」的な意味合いを持つ。行くつもりはなくとも、「呼びかけ人」の顔ぶれを案内状に示すことで、立派な政治パンフレットになるのである。

 もちろん、この「保坂展人と世田谷の未来をひらく会」の案内状が2種類用意されていることを知っている人は、関係者以外多くはないはずである。行ってびっくり、ということが十分ありそうな政治資金パーティーである。






2013/09/18

がやがや議員登壇

 9月議会が始まった。2ヶ月に渡る長丁場で、終わる頃は晩秋。夏の成果を出しあうような本会議、続いて決算委員会と続く。
私の質問は9月18日の各紙に取り上げられたので、ありがたいことです。
 保坂区政も折り返し点を超えて、言葉巧みなイメージからボロボロの実像が浮かび上がってきた。私の質問でも保坂区長は自己矛盾に陥り、回答不能状態に。どうしちゃたんでしょうね。記者会見の区長の姿と打って変わって、本当の姿が出てしまうから見逃せない。


2013/08/29

世田谷区の転出入からわかる実像

 平成22年国勢調査によれば世田谷区にこの5年間(平17〜平22)でどの自治体から転入してきたか、逆にどこへ転出したかがわかる。
 まずどこから来たか?最多は6538人の目黒区。逆にどこへ転出したか?最多は4779人の杉並区。移動の範囲を東京都に絞って数字を突き合わせてみたのが左上表の通り。隣接自治体での移動が多いのがわかる。次に実質的に転入者と転出者との差に注目したベスト10が以下の表。

 5年間(平17〜平22)に世田谷区に転入してきた元の自治体は目黒区、渋谷区、杉並区が3強で他を圧倒している。
 逆に世田谷区から5年間で転出した自治体は以下の通り。
 江東区が断トツで、町田市、調布市、狛江市と全体として多摩地域が続く。

 全体のトレンドとして、目黒区、渋谷区、杉並区からの転入があり、江東区および多摩地域に転出しているのが世田谷区の実像である。

2013/08/28

奇跡のスピーチ(必見!)

 小室淑恵氏(株式会社ワーク・ライフバランス社長)のTEDxTokyoでの著名なスピーチ。

 日本でワーク・ライフバランスの考え方はあまり根付いていない。それはまるで働くのを辞めろ、と言っているようであり、働かなかったらどうやって食べていくのか?という現実的な反論に打ちのめされてしまうからである。
 確かに、現状ではワーク・ライフバランスという“システム”はすべての業態に当てはまることではない。
 しかし今後、日本が世界の中で先進的な地位を占めるとすれば、このシステムが通用する業態転換を図らなければならないだろう。
 要は「知識集約産業」への転換である。(世田谷区をデザインするときにこの方向性は必須だろう)
 小室氏のスピーチは実に奥が深い。
 子育て、財政再建、人生の価値、世界にあっての日本の立場・・・これらが見事につながるから感動せずにはいられない。
 とにかくたった12分間耳を傾ければ、今後の人生観が変わるかもしれない。(最初の1分間は聞き取りづらいかも知れません。ちなみに小室氏とは一切面識はありません・・・)

住む理由 転出する理由

 平成22年国勢調査から、世田谷区内の町別で5年前(平成17年)と同じ住所の人たちの比率を自分で計算してみた。(左表数値は%)
 つまり、現在の住所に5年以上住んでいる人が町別でどれくらいいるか、ということである。(調査時点は平成22年10月現在)

 トップは岡本。岡本在住の67.3%が5年前も同じ住所に住んでいる。最下位は太子堂。なんと半分以下の41.8%しか5年以上同じ住所に住んでいない。

 いわゆる落ち着いた町、出入りの多い町ということになるのであろうが、印象的には太子堂は若者が多いのではないかと想像するが、そうではない。太子堂の平均年令は42.5歳に対して岡本は41.3歳と、岡本の方が若い。さらに65歳以上の高齢者比率は太子堂の17.2%に対し岡本は15.5%とこれも低い。(住民数は太子堂の約1万8千に対し岡本は約7千)

 区全体の平均では58%の人が5年以上同じ住所に住んでいる。(前回のブログでは5年前も世田谷区在住が67.9%と記したが、それは同じ住所+区内での転居者数の合計ということで多くなっている。つまり約10%の人は世田谷区内での転居ということ)

 地方自治は、その地域に住んでいることが前提である。といっても、国勢調査の一番古い大正9年(1920年)の記録で人口約4万人。戦前の昭和15年(1940年)で約28万人で、高度経済成長のさなかの昭和45年(1970年)で約79万人となっている。それからすでに40年経過して約88万人である。

 前回のブログでも国勢調査から世田谷区では5年間(平成17年〜22年)で約3分の1が入れ替わっている。
 問題は、人はなぜ世田谷区に住むのか?そしてなぜ世田谷区から転出していくのか?

2013/08/27

「脱原発、行って納得、見て確信」

 毎日新聞連載のコラム「風知草」で最近の小泉純一郎元首相の動向をつたえている。今月中旬、脱原発のドイツと原発推進のフィンランドを視察した小泉元首相は「脱原発、行って納得、見て確信」と、お得意のワンフレーズ感想。
 特にフィンランドの核廃棄物最終処分場「オンカロ」をみて元首相は「10万年だよ。300年後に考えるっていうんだけど、みんな死んでるよ。日本の場合、そもそも捨て場所がない。原発ゼロしかないよ」「今ゼロという方針を打ち出さないと将来ゼロにするのは難しいんだよ。野党はみんな原発ゼロに賛成だ。総理が決断すりゃできる。」全くその通り!というかそれがフツーの市民感覚であり、日本の国土を安全に後世代に伝えたいという思いにもつながる。
 しかし現実には自民政権は原発ゼロに向かっていない。つまり小泉元首相の考えと異なる。「今ゼロという方針を打ち出さないと将来ゼロにするのは難しいんだよ」この言葉は軽い言葉ではないと思う。国家千年万年の計に思いをはせた言葉だと思う。
 今の政治状況の中で、小泉元首相の何らかの“降臨”は“非常時”だけに必要なのではなかろうか。

2013/08/26

世田谷区は5年間で3分の1が入れ替わる

 世田谷区は、5年間で約3分の1の人口が入れ替わる都市である。これは今年6月に発表された平成22年の国勢調査からわかるリアルな数字である。
 さらに5年前の人口と較べて約3万人増加していることから、この5年間で約27万人が世田谷区に越してきて、約24万人が区外へ転出していったとも推測できる。(ただし正確には死亡者すなわち天国へ転出された方々もあるので、誤差はある。)
 
 5年間で約3分の1の住民が入れ替わる世田谷区、23区の中ではどのような位置にあるのだろうか。他の22区を同じ国勢調査から数字を引っ張りだして自分で計算した結果が左の通り。
 5年間で最も入れ替わりが少なかったのは江東区の23.9%、それでも約4分の1が入れ替わった。逆に最も多かったのは港区の53.2%、5年で半分以上の人口が入れ替わっている。
 だいたい30%台が一番多いようである。このことは調べてみてわかった意外な事実であった。実際、世田谷区ほど人口の移動が多い区はないと考えていたが、東京23区の中ではむしろそれほど移動の比率は高くない。へーという感じである。

2013/08/21

国家の粉飾

  8月21日の日経朝刊、経済教室に“行政のお家芸”ともいうべき数字トリックがあって、日本の社会保障もそこまできたかと嘆かざるを得ない。

 筆者の学習院大学の鈴木亘教授によれば、年金財政について、「相変わらず『年金は100年安心』という虚構の上に立っている」と述べ、その“証拠”として年金の「運用利回りを今後100年近くにわたって4.1%もの高利回りに設定するという『粉飾』をしている」というのだ。
 (もちろん1000兆円もの借金を抱え、国債の暴落でもあれば4.1%の高利回りも可能かもしれないが、そうなれば、それ以前に運用自体が破綻し、貨幣価値の下落により、手にする年金は紙くず同然になるかも知れない。)

 鈴木教授の言いたいことは社会保障全体の将来像について「何ら定量的な評価をしていない」ということである。

 行政とすれば、「定量的な評価」をすれば年金財政が破綻していることを認めることになる、だから非現実的な数字をデッチあげてでも、当面国民を安心させて、そのうち経済も良くなってどうにかなるだろう、という、官僚制特有の「先送り楽観論」である。

 国民からすれば、甘い夢に浸っていられれば越したことはないが、現実に年をとって高齢者となり病み勝ちとなり就業機会も少なくなってから、アテにしていた年金がパァですと言われたら、そちらのほうが残酷である。

 官僚制特有の「先送り楽観論」は「定量的な評価」を無視することによって成り立っているが、国民にすればことごとく「夢を見させて残酷な結末」に終わっている。

 「定量的な評価」或いは「定量的なデータ分析」とでも言い換えられるが、もちろんこれが万能だとは言えないが、政策的な判断として欠かすことはできないだろう。

 日本の財政はすでに、外から見れば“粉飾”の段階に来ているのではないかと思う。何かのキッカケで、バレたら、国債は暴落し、税金で食べている人たちを直撃するだろう。或いは税金によって維持されている社会保障関連の人たちは経済的に行き詰まるかも知れない。

 バレないうちに成長戦略とやらが一発逆転を果たせば良いが、実はこの成長戦略も「定量的なデータ分析」無視の「夢だけ先に見せて」という、いつものパターンで、どうやら結末は想定できそうである。下の記事は朝日の21日朝刊。ドイツ連銀では結末を見越している。

2013/08/05

世田谷ナンバー

「神は細部に宿る」という言葉を耳にしたことがあるが、実は行政の要諦も「細部に宿る」のではないだろうか。

 県並み、或いは県以上の人口を擁する世田谷区は、人口だけでは比べられない問題がある。価値観の多様さである。(ちなみに世田谷区より人口が少ないのは、山梨、佐賀、福井、徳島、高知、島根、鳥取の7県)
 例えば、山梨県の人口に占める他県の出身者と世田谷区における他自治体からの出身者の割合を想像してみよう。(たぶん)おそらく世田谷区では全国の県人会は存在するだろうが、上記7つの県ではどうであろうか?

 つまり世田谷区の人口の多さはそのまま価値観の多さにつながる。世田谷区という都市は価値観の多様さを受容しているとも言える。それは私たちが大切にする自由度とか利便性の問題でもある。

 或る著名な芸能人が「世田谷のいいところは、ほっておいてくれる気風があるところ」という様なことを述べている。著名人ゆえの言葉であろうし、例えそうでない人も日常生活で“適度な無関心”というのが都市の魅力であろうことは感じているはずだ。
 しかし価値観の多様さ、自由度や利便性に個人的に浸っている間に、組織的な価値観に不意打ちを食らうこともある。だから“適度な無関心”というのも要注意だ。

 さて「世田谷ナンバー」については、昨年11月に東京商工会議所世田谷支部、世田谷区商店街連合会、公益社団法人世田谷工業振興協会の3団体が保坂区長に要望したことに始まる。その目的(効果)とは、

1.世田谷の知名度が向上し、世田谷ブランドを全国に発信できる。
2.知名度の向上により地域振興、産業活性化、観光振興につながる。
3.世田谷ナンバーをつけることで地域に対する愛着心の醸成、世田谷区民として誇りを高められる。

 率直な感想としては、すべて邪道ではないだろうか?

 そもそも産業活性化をナンバープレートに期待するなど世も末ではなかろうか。世田谷区は住宅都市であり、いつから観光都市化するようになったのだろう。しかもナンバープレート変更は2014年度以降、全員強制である。

  この全員強制は痛いなぁ、と感じる。これまで世田谷区では、やりたい人はやればいいし、やりたくない人はやらなくていい、ただし公益上リミットなものでどちらかにしなければならない時は不本意であっても決めなくてはならないし、その場合は諦めるしかないという、暗黙の合意のような安心感がこの世田谷にはあったように思う。今回の件にどれほどの公益性があるのだろうか。

 世田谷大好き!はわかる。しかしそれを外に向かって表示することを是とする人もいれば、内心の問題だという人もいるだろう。目に見えるブランドもあれば見えないブランドが“粋”だと感じる人もいるだろう。

 産業活性化のためにナンバープレートに対する愛着やこだわりを全否定するようなことで、本当に世田谷区の産業が活性化して若者の就業が促進されたりするのだろうか。

 たぶん世田谷区のクルマは日本全国を走り回るだろう。しかしどこに行くのだろうか。事業系を除けば、そのほとんどが観光地か故郷だろう。観光地で世田谷を競っても何になるのだろう。故郷に帰って世田谷の知名度を上げて、故郷に勝る愛着なんてあるだろうか。

 ナンバープレートと言っても、取り付けるクルマはそれぞれ目的も意味も価格も異なるだろう。機能性だけで持っている人もいれば、衣服のように自己表現の一部だと捉えている人もいるだろうし、理屈抜きでコノ車が好きで堪らないという人もいるだろう。それぞれの価値観であり、他人の侵入や介在を許さない領域のはずだ。

 そしてナンバープレートにこだわる人もいれば、無頓着な人もいるだろう。実際、無頓着な人(つまりどっちでもいいという人)が案外一番多いのかも知れない。しかし無頓着な人も“適度な無関心”で済まされなくなる。

 「世田谷区民なら世田谷ナンバーが当たり前」という一見素朴な発想の中に強制性が伴うことで、住みづらい街になってしまう可能性があるからだ。この発想のゴールにあるのは、「世田谷区民の誇り」なるものと個人所有のクルマが結びつくことである。

 単純な話、世田谷ナンバーのクルマがろくに洗車もしないで走ることは、マイナスの知名度になるだろう。自分のクルマが汚れていても、ピカピカでもこれまでは「世田谷区民」を意識したことはないし、あくまでも乗っている人の評価でしかなかったものが、いつのまにか世田谷区の宣伝マンみたいな仕事を背負わされて意識しなくてはならない。余計なことである。

 自分の所有物(クルマ)が、世田谷区民の誇りの象徴として区民全体で共有され、あれこれと強制されてしまう世田谷区というのはどうなんだろう。

 世田谷区の魅力は住宅都市として“適度な無関心”あるいは何事にも寛容な街というものが必置ではなかろうか。その生命線を、できもしない地域振興とか観光振興と引き換えに断つことは、あまりにも短慮ではなかろうか。

 個人の嗜好の領域に行政が土足で侵入していることに気づかないのだろうか。人間の存在理由は、実は生活の細部に宿ることを知らないとは・・・。


2013/07/24

公共投資と公共消費

 投票日の前日に伝えられたデトロイト市の破綻。23日の読売は続報を載せているが、本題は「人ごとではない財政破綻」。

 「日本の国そのものがデトロイトと同じ苦境に直面している」という視点で報じている。主要産業の衰退、人口減少等に対して有効な手立てを打たず、既得権にすがる層が破綻に追い込んだ、ということだ。

 翻って日本、自民党が大勝しても1千兆円にもなる借金大国は変わらない。アベノミクスとやらでも借金大国への治療策はない。それどころか「公共投資」で地方を活性化などと相変わらず言っている。

 ほとんど言葉の誤用である。バブル期以降の「公共投資」は一部の都市を除いて、ことごとく「公共消費」でしかなかった。

 このことについて、20日の日経ではバブル期に乱立した地方の公立劇場が運営難で苦境に陥っていることを伝えている。

『財政難の岐阜県は県民文化ホール「未来会館」の運営を2年前の4月から休止。奈良県上牧町のペガサスホールも6年前から休館、4年前の4月から運営休止となった北海道深川市のパトリアルホールは地元の文化祭の間だけ開館する』

 結局、建設したはいいが維持費が捻出できないということで休館。事実上の廃館である。

 つくればつくるほど、維持費で地方が疲弊する「公共投資」という名の「公共消費」、しかもその原資は国の借金の増大でまかなわれている。

 アベノミクスの第三の矢である成長戦略も方向性だけで中身はカラッポである。踏み込めば既得権益とぶつかる状況。対外的に勇ましいことを言っても国内の既得権益と対峙できないというのはおかしくないか?

 実際、国家戦略が希薄なままでの「公共投資」などありえない。この国をどうやって食べていける(若者が働ける)国にするのか、観光なのか、医療なのか、農業なのか、文化なのか・・・その際の障壁は何なのか、民間の役割は何なのか、公共投資の範囲はどこまでか・・・。

 少なくとも、経済が活性化し、結果として税収が上がるような「公共投資」でなければ破綻である。

2013/07/22

参院選比例代表の投票結果(世田谷区での投票結果)

 今回の選挙、比例選出票と見比べると東京選挙区の裏側が見えてくる。
 比例選出とは政党名を書いても、比例選出の候補者名を書いても1票になる。そのうち政党名を書く有権者は、その政党の支持者(例え一時的であろうとも、投票所にいる間は)と推測できる。とすれば東京選挙区でもその政党の候補者に投票するはずであろう、という前提で以下考えてみる。

 自民党の場合、政党名を書いた人が9万3851人、そして丸川+武見両候補に入れた人が11万6547人と増えている。

 一方、みんなの党の場合、政党名ではみんなの党と書いても、桐島候補には半分近くの人が投票しなかった。

 表の数字のうち、東京選挙区候補者の票÷政党名の票数 では

自民党124%
みんな  53%
共産党  97%
維 新  80%
民主党128%
公明党144%

 100%を超えればいわゆる浮動票の取り込みに成功したといえるだろう。

 逆に100%を下回れば、所属政党と東京選挙区の候補者のつながりが浸透していなかったか、或いは政党のイメージにふさわしくない候補者と支持者に判断されたか(他のふさわしい候補者に流れたということも含めて)のいずれかであろう。(以上はあくまでも世田谷区という限られた地域での投票結果を元にした個人的な見解です。)

参議選東京選挙区の投票結果(世田谷区での投票結果)


2013/06/24

都議選完敗・・・

 都議選の選挙結果。(NHKの画面から)ご期待いただいた皆様には返す言葉もありません。
 結果は結果として、前向きに受け止める努力をしてまいります。


2013/05/26

都議選の見方

 都政の専門誌である「都政新報」が都議選情勢を詳細に分析している。すでにこの段階で、定数127のうち100前後が決まっているという。
 定数1とか2とかの所は比較的読みやすいのかも知れないが、定数8の世田谷は最激戦地とあって読みにくい。それでも世田谷の部分を拾えば、以下の通り。

民主党は複数擁立している品川、大田、世田谷、杉並、北、葛飾、江戸川でいずれも苦戦しており、今後の動向によっては共倒れの危険性もある。自民党は3人を擁立する選挙区のうち大田、世田谷では全員当選の勢い。公明党は、激戦の世田谷、荒川が気になるが、23人全員当選の戦い。共産党は、現職が勇退して新旧交代となる世田谷と板橋でも新人が善戦し、当選ラインに届きそうだ。生活者ネットは、世田谷、北多摩第二で現職が当落線上の争い。社民党と、都議選初挑戦となる生活の党、みどりの風はいずれも厳しい戦い。世田谷の諸派の前職に議席獲得の可能性が残されている。」