2010/10/17
ロボット兵器の時代
■17日夜のNHKスペシャル「貧者の兵器とロボット兵器」は衝撃的であった■番組はすでに9月にハイビジョンで放送されたものである■簡単に言えば、貧者は現場で戦っているのに対して、富者は地球の裏側で画面を見ながらロボットに戦わせているのである■米空軍では「ロボット操作」が正式カリキュラムとなり無人機の数が増している■ゲームではなくコンピュータ画面で戦争が出来るのである■なんかすごいことになってる■そして、この分野の開発はどんどん進むのだろう■そうなると戦闘機とかヘリとかの有人攻撃兵器の“抑止力"という考えも、消えて行くのだろうか■番組での現場のことよりも日本の安全保障について考えてしまった。
2010/10/16
新宿区が選管委員の報酬を日額制に。何で2番じゃダメですか?
■新宿区議会が可決した。それも区長提案で■一方世田谷では議員提案で同じことを昨年の3月に審議している。にもかかわらず、世田谷では区長側を慮ってか反対する会派が多く否決されてしまった■内容も新宿区とほぼ同様でありむしろ世田谷の議員提案の方が先見性や根拠において優れていたと思う■何か新しいことをしようとすると、すぐに反対の理由を探すのは区の役人ばかりではない。そういう体質が染みついている。実はそこに現在の閉塞感の理由がある■もちろん、できもしない理想論を掲げて、期待感を盛り上げて、現実に打ちのめされるのは政治の失敗であろう。しかし、やればできることまで自己否定してしまう、内向きな態度は改めなくてはならない■政治は一番を目指す、ダメなら二番を目指す、それでもダメなら三番を目指す。目指す姿勢こそがまずもって大切である。誰かの後をついていけば良いという受身の姿勢からは卑屈な精神しか残らない。
2010/10/13
自分たちで考えなければ結局、高くつく
■世田谷区の予算規模は2500億円。そのうち国や都から来るお金で、右から左という、例えば子ども手当などを除けばざっと2000億円くらいである■そのうち人件費はだいたい500億円。事実上、人件費は最大の支出項目である■職員給与は給与条例主義という、いかめしい主義のもと、条例で定めたもの以外の支出は禁じられている。条例を定めるのはもちろん議会■それほど厳格な言い方がされているにもかかわらず、人件費の議論は議会でされていない■世田谷区は都内最大の職員数を抱える巨大自治体である。五千人の職員がいる。その人件費の議論が23区一緒で行っているのである■要するに区外で事実上決められている。そのことの弊害は大きい。そもそも予算委員会等でも実務担当者が区役所にいないので現場の議論の概要は伝聞型でしかない■区役所での担当は職員厚生課長ということになるが、昨日は記事にあるように飯田橋にある特別区人事委員会にまで出向いて勧告を取りに行っている状態である■記事にあるように「今年度の23区全体の人件費は約75億円削減」とあるが、おそらく世田谷区だけにあてはめて見れば7億円前後の削減ということになるのだろう(23区の中での世田谷の割合はどのような場合でもだいたい1割という見当で考えればそんなに外れていないと言われる)■となれば、今年度の予算で7億円が浮く、ということになるのだろうか■そこがまたややこしい。23区で財源調整をやっていて、その調整を都がやっているからである■要するに人件費はすべて公務員が決めているのが実態で、最後の決める部分で議会を登場させるという、こと■その昔、世田谷区の委員会で、「こんなことじゃ議会なんて三文判みたいな役割じゃないか」と発言したら大問題となり委員長が激怒したことがあったけ・・・■議会の多数派には「おまかせ民主主義」を肯定する向きもある。特に昨今の政治主導を掲げた政権党のハチャメチャぶりを見れば、役人にまかせておいた方が良かったんじゃない、という声も多く耳にする。確かに役人は試験で選ばれただけあり優秀であり、並の議員の平均レベルを超えている■そして目の前の失政や失敗はしないのかも知れない。しかしその優秀な役人たちが目に見えにくい所で、しでかしたことは何であろうか■それは一千兆にものぼる借金の山である。この山が“噴火"したら、言うのも申し上げないが、日本全国が、夕張市になってしまうのである■だからこそ、「おまかせ民主主義」詳しく言えば「役人おまかせ民主主義」のこと、から脱して区民の代表としての議会機能をあげて、情報を公開させ、みんなで議論できる状況にしようと孤軍奮闘しているのだが・・・■結局、「おまかせ」オンリーでは高くつのである。公務員給与を役人の手から区民の手に!
2010/10/11
座談会
■9月30日に新宿の某所にて地方自治の都政専門紙『都政新報』で事業仕分けに関しての座談会がおこなわれた■私のほかに、「東京の自治のあり方研究会」座長で一橋大学大学院教授の辻琢也氏、そして内閣府行政刷新会議事務局で政務調査官を務められた構想日本の政策ディレクターの中村卓氏の3人■テーマは事業仕分けについて■掲載分は全体で2時間近い議論のハイライト部分。とは言え全面使っているのでデカイ■そこで私が、予算審議の現場からの主張として述べたのは事業評価を相対的にすべきだということ■つまり、これまで役人の事業評価ではアレもいいし、コレもいい、その繰り返しであり、アレとコレのどちらを優先させるべきかという相対的な比較がなされていない■また、都市部という多様な価値観を有する区民が住んでいる所で、しかも85万人もいる自治体では、どの事業をもってして無駄遣いだと決めつけるのは、一見容易だが、合意形成にはなかなか至らない■だから比較優位の議論が必要だ■またこれほど財政が窮乏してくると、人件費の議論もタブー視せずチェックするべきだ、ということも述べた■最後に、中村氏から議会の中で事業仕分けをすべきだという提案があったが、私自身は大賛成なのだが、果たして他の議員が可能か、懸念を示した■理由は、たぶんどこの議会も同じと思うが、これまでは右肩上がりの経済成長を背景に、議会では“足し算型の議論"がメインだったからである。少なくとも主流は“足し算型"だった■これからは身の丈に合わせた“引き算型の議論"が必要になってくるがまだまだ定着していない■もちろん個人的には、また所属している『せたがや政策会議』としてはそういう試みをしてはいるのだが主流とはなっていない■以上の種々の問題はすべて地方自治法の古い制約からきているこては3人とも共通認識としている■自治法の規定では大きなことは議会で決めて、細かいことは役人が決める、という仕組みになっている。戦後まもない頃ならいざ知らず、都市部の予算は細かい事業の積み重ねで構成されている。それらの事業のチェックや優位性の議論なくしては無駄遣いをなくすことは不可能である■そのほか紙面で使われなかった面白い話もあったが、改革派の議論としては面白かった。
2010/10/08
来年の統一地方選の日程
■都知事選の投開票は4月10日、区議・区長選は4月24日■世田谷区の区議・区長選は今のところ12年ぶりのフツーの選挙日程に。4年前は都議補選が一緒にあり、8年前は衆院補選が一緒だった■今増加中の事前ポスターは、そういうこと■それにしても絶対貼るなとまでは言えないにしろ、過剰な(異常な)貼り方はどうにかならんだろうか、ということで議会の方では少なくとも現職に限ってだが、自粛の申し合わせを提案している。今のところ梨の礫だが■区民の迷惑とか景観を損ねているとか、区議会議員は考えなくて良いのだろうか■ちなみに世田谷区議の定数は52名。立候補予定者数は毎回80人前後。その人たちが、この世田谷中にベタベタ野放図に貼れば大変な迷惑■だいたい議員定数からして多すぎるという声を良く耳にする■かくいう私はこれまで一度も事前ポスターなるものを貼ったことはない■ポスター貼るヒマがあるなら議会でちゃんと働け、というのが区民の声である。
2010/10/05
予算編成過程はウラで?
■やればできるじゃん!といってもそれは板橋区の話■世田谷区では9月本会議に続いて決算委員会が行われている。そこで問題となっているのが、予算編成過程を明らかにせよ、ということ■区側は議会の意見を聞いてから予算編成をと言いつつも、そのための本会議が無い■つまり非公式な場面でなら議会の意見を聞きましょうという姿勢。これには少なからずの議員が怒っている■挙げ句の果てには、そんなことしたら弊害だ、とまで区の執行部は本会議で言い放つ始末■板橋区と世田谷区の状況は若干異なるが、予算編成プロセスを明らかにせよ、ということでは同じ。世田谷区の姿勢は余りにも臆病になっていないだろうか。時代はこの1年で政治的にも、経済的にも、市民参画(裁判員制度等)でも変わってきているというのに。
2010/09/29
2010/09/28
正論か知恵か
■今回の中国との衝突では、前原氏が我が国としての正論で突っ走っている、と読み取れる記事が28日の朝日である■正論は正論である。当然の考えである。そこで思い出したのが、『論より詭弁 反論理的思考のすすめ』香西秀信著(光文社新書)の一節である■以下、引用すると
だが、力関係が対等でない者の間で、そもそも対等な議論が成り立つのだろうか。例えば、ある会社の入社試験の面接で、人事担当者と受験者が、その会社の製品のCM内容をめぐって議論になった。人事担当者は議論を打ち切り、「これはわが社の方針なのだから、それに従えないのなら入社は諦めてもらう」と宣言した。これに対し、大学でディベートで鍛え上げたその受験者は、相手の非論理的思考を非難し、こう金切り声をあげた。「それは虚偽だ、詭弁だ、『力に訴える議論』だ!事柄の是非を突き詰めて議論せずに脅迫で自分の意思を通そうとするのは思考の停止だ!」ーーーもちろん、人事担当者は「ああ、詭弁で結構だ」と彼を退室させようとするだろう。少なくとも私ならそうする。
■よくありそうな、想像できる話である。問題は冒頭にある「力関係が対等でない者の間で、そもそも対等な議論が成り立つのだろうか」という点であり、著者は後述で「われわれが議論するほとんどの場において、われわれと相手との人間関係は対等ではない」と喝破している■くだけた言い方をすれば、青二才の頭でっかちだけでは世の中相手にされないよ、といったニュアンスだろうか■対等な関係が比較的、存在するのは学生時代までだろう。そして社会のなかにあって対等な関係とまではいかなくとも、対等な地位というものに議員というものがある。議員同士は対等である■要は社会体験の乏しいまま国会議員になって、果たして、国家の枢要な地位は務まるのだろうか、という些かの危惧である■国内では原則的に対等な議論ができたとしても、対外的に国力も国情も思想も異なる相手に対等な議論は可能だろうかということである■不可能なら、そこには知恵が求められる。賢さが求められるのではないか■もちろん、知恵は過ぎれば悪知恵と言われ、賢さも過ぎれば悪賢いと言われる■おそらく、前原氏が対極の人物と見る小沢氏は知恵や賢さにおいて特出していたのだろう。しかしながら、その達者な知恵や賢さをおカネや利権にも使ったからこそ国民の嫌悪感を大きく刺激したのだろう■小沢氏に惜しまれるのは、湧き出る知恵や賢さをカネに係わることに一切振り向けるべきではなかったということである。純粋に知恵や賢さを政治のみに用いていれば、国民の支持の度合いもかなり変わっていたようにも思う。
だが、力関係が対等でない者の間で、そもそも対等な議論が成り立つのだろうか。例えば、ある会社の入社試験の面接で、人事担当者と受験者が、その会社の製品のCM内容をめぐって議論になった。人事担当者は議論を打ち切り、「これはわが社の方針なのだから、それに従えないのなら入社は諦めてもらう」と宣言した。これに対し、大学でディベートで鍛え上げたその受験者は、相手の非論理的思考を非難し、こう金切り声をあげた。「それは虚偽だ、詭弁だ、『力に訴える議論』だ!事柄の是非を突き詰めて議論せずに脅迫で自分の意思を通そうとするのは思考の停止だ!」ーーーもちろん、人事担当者は「ああ、詭弁で結構だ」と彼を退室させようとするだろう。少なくとも私ならそうする。
■よくありそうな、想像できる話である。問題は冒頭にある「力関係が対等でない者の間で、そもそも対等な議論が成り立つのだろうか」という点であり、著者は後述で「われわれが議論するほとんどの場において、われわれと相手との人間関係は対等ではない」と喝破している■くだけた言い方をすれば、青二才の頭でっかちだけでは世の中相手にされないよ、といったニュアンスだろうか■対等な関係が比較的、存在するのは学生時代までだろう。そして社会のなかにあって対等な関係とまではいかなくとも、対等な地位というものに議員というものがある。議員同士は対等である■要は社会体験の乏しいまま国会議員になって、果たして、国家の枢要な地位は務まるのだろうか、という些かの危惧である■国内では原則的に対等な議論ができたとしても、対外的に国力も国情も思想も異なる相手に対等な議論は可能だろうかということである■不可能なら、そこには知恵が求められる。賢さが求められるのではないか■もちろん、知恵は過ぎれば悪知恵と言われ、賢さも過ぎれば悪賢いと言われる■おそらく、前原氏が対極の人物と見る小沢氏は知恵や賢さにおいて特出していたのだろう。しかしながら、その達者な知恵や賢さをおカネや利権にも使ったからこそ国民の嫌悪感を大きく刺激したのだろう■小沢氏に惜しまれるのは、湧き出る知恵や賢さをカネに係わることに一切振り向けるべきではなかったということである。純粋に知恵や賢さを政治のみに用いていれば、国民の支持の度合いもかなり変わっていたようにも思う。
2010/09/26
まったくダメな日本製セキュリティ・ソフト
■新聞のこんな見出しを見ると、「日本は何か悪いことしたの?」と思ってしまう。しかし国家とはこんなものである。そしてこんな国家が強大な軍事力と経済力を持っているのである■国家と国家のつきあい方はむつかしい。だから「外交」は政治の最大テーマである■しかしながら日本では長らく「外交」と言えば、米国製の「アンポ」という セキュリティ・ソフトを使用してきたので、そもそも「外交」なんて人畜無害の紳士淑女のおつきあいなどと錯覚してきたフシがある■今回の件も米国製のセキュリティ・ソフト「アンポ」の更新期限を前にして、モタモタしていた虚を突かれて“ウィルス”は侵入した■メーカーである米国からすれば更新手続きさえすればバージョンアップサービスを受けられて、どんな“侵入”も防げただろうに、ということだろう■結果として日本独自のセキュリティ・ソフトはウィルスに賠償請求されてしまう、欠陥ソフトであることが判明した■考えるべきは2つ。一つは今ある日本独自の欠陥ソフトを大急ぎで手直しする。しかしこれでは、完成品ができる頃には、日本はウィルスだらけになって、日本として機能しなくなっているだろう。もう一つは、至急「アンポ」ソフトの更新をし、取りあえずウィルスに備えること。さらにその上で日本独自のセキュリティ・ソフトを開発するかどうか、ということであろう。
2010/09/21
犯罪者が取調?
■朝日のスクープ■まさに事件は作られてしまうのだ。そして事件は見た目で決まってしまうのだ■要するに取調室では“犯罪者”が“無実の人間”を自白に追い込もうとしていたことになる■今月の文藝春秋に無実だった元局長の手記が載っている。それによればこの裁判では莫大な費用が掛かったと云う。検察をひっくり返すには鉄壁の資料や反証とともに敏腕弁護士がいなければならない。逆に言えば、お金がなければ、検察の犯罪は明らかにされなかったかもしれない、ということである■そしてすべての根源は過ちを認めない役人気質にたどりつく、ということである。過ちを認めないかわりに事実をかえてしまうのである■かつて情報公開請求で資料を廃棄されたことがある。都合が悪かったのであろう。そういうことを平気でやる気質が役人にはある。
2010/09/20
公務員ファースト
■片山総務大臣はその就任10日前、日経新聞において「公務員は国保に入れ」という提言を行っている(左9月6日付日経新聞)■この大胆な提言に対し、解説では「国民と同じ立場で国民のために働くという公務員のあり方が今こそ求められている」とある、まさに激しく同意■仕事は仕事という割り切り方は公務員には通用しない。国民や区民の共感を得る姿勢が大事だ■ともすれば“公務員ファースト”という思想が日本システムの随所に隠されている■簡単に言えば、“お上意識”である。そこに税金の過剰な使われ方が今なお続けられている■片山総務大臣の実績はこれからだが、少なくとも内閣が短命に終わらないことを期待したい。
地方他治
■9月20日の日経新聞。注目の片山総務大臣■最初から国政志向の多い議員集団である民主党政権において、地方自治の複雑な問題性を“誰が”指摘するのか、自立できない地方自治のままでは国会議員はいつまでたっても“陳情代理人”という役割しか期待されない■それでは前政権までと変わらない、と思っていたら予想外の“外人(党の外からの人という意味で)補強”■小沢氏ではあり得なかった人事である■その片山総務大臣に対して霞ヶ関官僚は警戒感でいっぱいだと日経は伝えている。なかでも片山氏の過去の言動が大問題となっている■「知事を8年やっていて一番屈辱的なのは国の地方債への関与。こんなものは自分たちで決めればいい」■この発言が何を意味するのか?簡単に言えば「課税自主権」という地方自治の根幹にかかわる問題である■実は、そのことについて、つづきもので「世田谷区の借金」というのを書いている■自治とは自分たちで決める、ということである。正直なところ“地方他治”というのが正しい。
2010/09/15
借りぐらしのアリエッなーいレストラン
■上は世田谷区の高層レストランの利用者数。(平成8年度は年度途中からの営業で5ヵ月分)開業以後、昨年度に至るまで、ものの見事に利用者数は減っている■平成9年度の利用者数は12万6千人、そして平成21年度は半分以下の5万9千人■区民会館の別館という扱いであり、利用者数はそのまま区民利用度に反映する。しかも飲食のできる有料施設であり、“民間の株式会社”が運営している。区はこの“民間の株式会社”に家賃タダという特権を与えている。それでいながらこの“民間の株式会社”は赤字。赤字状態でありながら10年以上も続いている“民間の株式会社”・・・。
2010/09/13
2010/09/11
2010/09/08
行政の失敗のツケは
■総務省は地方財政法を昨年4月に改正して地方公社の債務を肩代わりする“赤字地方債”の発行を認めるようになった■その結果、地方公社の清算手続きが進むという■何てことはない、行政の失敗のツケをいよいよ税金で清算するということだ■例えば、何の計画性もなく(結果として)10億円で外郭団体の公社に買わせた土地が、利用できないまま、現在3億円まで下落してしまった場合、その外郭団体の公社は破産状態にある。結局、その差額の7億円をその自治体が“穴埋め”をするために借金(ローン)ができるということ■結果として“赤字地方債”の返済分だけ一般予算が削られるということになる(7億円を10年ローンで均等返済すれば金利を無視しても年間7千万円の予算が事実上削られることになる)■もっとも「行政の失敗」というコトバに対して、議会の責任を問う声が起こるかも知れない。しかし現実的には、地方公社、或いは第三セクター、外郭団体については、議会の手が及ばないのが実情である■自治体の本体予算については目を光らせることができるが、それ以外については極度に情報が限られる■逆に言えば、議会のうるさい目を逃れるには地方公社、第三セクター、外郭団体にやらせよう、ということでもある■世田谷区の外郭団体、第三セクター、地方公社については議会の中で一貫して関心を持ち続けているが・・・今のところ区民の負担を求めるような事態にはなっていないが・・・。
2010/09/05
世田谷区の借金 その5
■世田谷区の借金772億円。そのうち減税補てん債は277億円(その他に似たような名称の“減収”補てん債が32億円。合わせると、減税補てん債ほか309億円)■減税補てん債は世田谷区の借金の36%を占めている。
平成10年度分の住民税等減税補てん債 15億7千万
平成10年度分の住民税等減税補てん債 14億9千万
平成11年度分減税補てん債 16億1千万
平成12年度分減税補てん債 19億5千万
平成13年度分減税補てん債 20億9千万
平成15年度分減税補てん債 26億8千万
平成16年度分減税補てん債 103億3千万
平成16年度分減税補てん債 28億5千万
平成17年度分減税補てん債 30億3千万
■平成16年度の103億3千万円は平成7年、8年度分の借り換えとなっている■減税補てん債は他の借金と異なり、学校施設建設費とか公園用地買収費とかの具体的な“ローン”ではない。いわゆる行政経費として使われたものである。分かり易く言えば職員の人件費に消えた、とも言える■ではなぜ人件費等をまかなう為に“借金”をするのだろうか。それは“減税”をしたからである。誰が?国が、である■国が“世田谷区の地方税を減税した”からである■ここに日本の財政の、ムダ使いの原因が隠されている■地方自治体の「課税自主権」など存在しないことが、国側はもちろんのこと、地方自治体側からも証明されているようなものである。
平成10年度分の住民税等減税補てん債 15億7千万
平成10年度分の住民税等減税補てん債 14億9千万
平成11年度分減税補てん債 16億1千万
平成12年度分減税補てん債 19億5千万
平成13年度分減税補てん債 20億9千万
平成15年度分減税補てん債 26億8千万
平成16年度分減税補てん債 103億3千万
平成16年度分減税補てん債 28億5千万
平成17年度分減税補てん債 30億3千万
■平成16年度の103億3千万円は平成7年、8年度分の借り換えとなっている■減税補てん債は他の借金と異なり、学校施設建設費とか公園用地買収費とかの具体的な“ローン”ではない。いわゆる行政経費として使われたものである。分かり易く言えば職員の人件費に消えた、とも言える■ではなぜ人件費等をまかなう為に“借金”をするのだろうか。それは“減税”をしたからである。誰が?国が、である■国が“世田谷区の地方税を減税した”からである■ここに日本の財政の、ムダ使いの原因が隠されている■地方自治体の「課税自主権」など存在しないことが、国側はもちろんのこと、地方自治体側からも証明されているようなものである。
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