2010/01/30

ゴールデンスランバー

■現在公開中の「ゴールデンスランバー」を観た。内容は権力側(警察)によって首相暗殺犯に仕立て上げられてしまった男の話である■映画の中で、新聞もテレビもウソばっかり伝えている、といった主人公のセリフは今の世相とリンクして生々しい■主人公には覚えのない証拠が次々にマスコミによって報道され、誰も信じてくれないなか、昔の友人たちが様々な協力をする、というストーリー立てだが■とにかく権力側の犯人に仕立てあげて、徹底的に捕まえるという姿勢が凄まじい。もちろん娯楽作品ではあるが、故意に世論を操作することは意外に簡単なのかも知れない、とも思ってしまった■例えば主人公を犯人に貶める道具は監視カメラに映った映像である■それが犯行の証拠として自然な形でマスコミに乗った瞬間からまぎれもない犯人になってしまう。しかしそれは、ねつ造である■全編通じて、世の中はイメージだ、というメッセージがある。確かにイメージは本質を映す場合もあれば、逆に作られたイメージでは虚像にすぎない場合もある■原作は長編であり、映画では、犯人に仕立てられた男の視点だけを映像化している。それでも原作に忠実な作品になっている。ラストシーンは映画文法に沿った好きな終わり方で楽しめた。

2010/01/29

東西の移動から南北の開拓へ


■夕方(1月27日)のNHK首都圏ニュースで世田谷区のコミュニティサイクル事業が紹介されていた。今回は京王線の桜上水駅と小田急線の経堂駅をつなぐレンタサイクル■区内移動という視点だけから考えていたが、利用者の現実はどこに行くか、によって路線(京王線か小田急線か)を選ぶ、賢い利用が進んでいる■とにかく世田谷区は南北の移動手段が少ない。さらに意外に勾配がある。区では会派の田中優子議員の提案もあって電動アシストの導入に踏切り、人気も高いようである(最近の電動アシストは初期のものと違い性能が格段に違うらしい)■現状では環八の内側の地域が主体のようであるが、外側にも文学館、美術館等があり、非ビジネス系の施設がある。不況の時代に非ビジネスでもないかも知れないが、東西の移動(新宿や渋谷方面への通勤)を改めるという、基本的な考えがある■簡単に言えば「職住近接」というものである。もっと言えば「職・住・学・保育・介護・遊・食、近接」ということだろうか■鉄道に依存しない生活、なんて言えば鉄道会社は困るかも知れないが、実際、団塊の世代等の退職が進めば、新宿や渋谷方面に通勤していた生活も変わらざるを得ない■かといって隠居という肉体年齢ではない。東西移動が減る分、南北移動を充実しなければならない。さらにそれを世代間を超えて、つまり退職者だけの問題ではなく、若い世帯も中高年の世帯も満足する地域空間に持っていくのが行政の仕事でもある。(なお動画については一部個人情報にあたるところは処理)

2010/01/26

生みの親の正体


■政治の風景は急速に傾きつつある■正月早々多くの国会議員が参勤した“権力の邸宅”は今や“事件現場(候補)”に変貌し、報道陣に囲まれている■一方で、国政の劣化は止まらない。国民も不安を感じ始めている。政治の仕事は「決めること」である。しかし「面倒なことは先送り」という体質が露呈し、「決めないことを決める」という漫画のようことを平気でやっている■要するに政権に自信がないのだろう■税金の無駄遣いをなくすことが新政権の主題であったはずである。当然、財政再建が最大の目的となる■だからこそ前政権のしがらみだらけの税の使い方に容赦なく切り込むはずではなかったのか。既得権益と闘うはずではなかったのか。■にもかかわらず、お金配りで国民の歓心を買おうという政策優先。さらには既得権益と闘うどころか選挙至上主義で味方にしようとする動きすらある■選挙で勝ったから誕生した政権である。選挙は現政権の“生みの親”である。一方で既得権益は“親の仇”であり選挙を戦う上での大義名分であったはずである■現政権の立ち往生は、その“生みの親”が実は“親の仇”と「同一人物」ではないかという“驚愕の事実”に打ちのめされている、といってよい■だからお金配り政策である■国の借金はどんどん増えている。国民一人あたり763万円である。子ども1人いる3人家族では2289万円の借金を抱えている。そこにさらに借金をして手当にしようというのだから救われない■国の借金は永遠にできるのだろうか。金利1%で年間10兆円である。

2010/01/21

不老の町めざして

■何気なく見ていたら世田谷区のことが取り上げられていた。(テレビ朝日「みんなの家庭の医学」)■脳の老化にストップをかけ若返りに成功した町として世田谷区が取り上げられていた。





■と言っても、83万都市としての世田谷区をひとくくりにできるわけではない。すでに福井県(80万)、島根県(72万)、鳥取県(59万)、徳島県 (78万)の人口を優に超えている■それだけに高齢者人口も15万人。一つの大きな市なみである■15万人の高齢者はここ25年で倍増した(25年前は高 齢者人口は7万人)しかも今後いわゆる団塊の世代が高齢者に突入し加速度的に増える■良くも悪くも世田谷区は日本の縮図でもある。

2010/01/16

カネのかかる政治

■ハイチの大地震■読売の記事によれば、「いい加減な建設計画の書類を当局に提出しても、ワイロを渡せば大丈夫。力のある中央政府の役人を買収すれば心配ない」■民主主義が遅れている国のことだから、と言えるだろうか■日本でもいわゆる東北地方の公共工事に関して政治献金のようなものが横行しているという■公共事業を受注する企業の政治献金なるものをいかなる理由があっても許してはならない。結局、企業は受注金額の上乗せか、手抜き工事でツジツマを合わせるしかないからである。被害者は国民である■16日の日経新聞によれば小沢一郎氏の関連政治団体に2000年から2006年までの間にゼネコン8社から6億円の政治献金があったという。一体ゼネコンは何を期待したのだろうか、そして企業としてどんな成果が得られたのだろうか■法的には何ら問題はないのかも知れない。時効だとか職務権限とかで■一方で政治手法という側面から見れば、一貫してカネのかかる政治を実践しているのが小沢氏である。時代に逆行していないだろうか。

2010/01/11

地方自治革命?

■地方自治法というのは時々、画期的に変わる。23区の区長も昭和50年までは区長選挙が行われなかった。何と議会で推薦して決める仕組みだった(ちなみに昭和50年とは35年前)■もちろん市町村ではそんなことはなく市長選や町長選や村長選は行われていたが。特別区はその名の通り特別だった■今から考えれば、区長が議会で決められる、という感覚はわからないが、同様の未知の感覚が始まりそうである。

2010/01/09

“ホスト”クラブ



田中秀征氏と田崎史郎の対談が興味深い(週刊現代1月23日号)■田中「鳩山政権は失敗してもいいところを重大視し、逆に失敗してはいけないところを軽視している」■田崎「(民主党は)ずっと野党だったので、要求するとか批判することしか、してきませんでした。だから物事をまとめる訓練ができていない。」■田中「自民党は、できないことは言わなかった政党です。ゴマかすことはあっても、できもしない約束を数字まで入れて言うということはしなかった。」■田崎「官僚のやることを自分たちでやるのが政治主導だと誤解している」■いちいち、ごもっとも■それにしてもつくづく感じるのは、民主党の議員の多くが「政治主導」が今なぜ必要なのか(逆に言えば官僚主導がなぜ悪いのか)心の底から“ガッテン”しているのだろうか?という疑問である■官僚や役人と闘った経験もなければ、騙されたり、ウソをつかれたりすることもなければ、役人にそれほど悪い印象を持たないだろう。それでなくともバッジをつければ先生、先生と奉られ、話を聞けば“理路整然”と淀みがない。さらに親切である。親切ついでに下のような“事件”が起こるのである■簡潔に言えば、役人というのは権力相手のホステス(ホスト)稼業である。その意味では与党の“大幹事長”の新人議員が“ホステス三昧”などまかりならぬ、という方針は正しい。


2010/01/08

マスクにかわる?


■インフルエンザの流行が恒常的に懸念されるなか、こんなものが開発された(左記事)■確かに流行にはマスクで対応するしかないが、話すことが仕事の人はいっぱいいる。当然マスクを外しての仕事だが、感染のリスクは増す■そこで登場したのがこの器具。要するにピンマイクのように付けて、顔面あたりに薬剤を噴霧する仕組みとか。ピンチはチャンスとはいうものの、いろいろなものが開発される。

2010/01/07

コロコロ

■昨秋から区議会の福祉保健常任委員会が“頻発”している。それはそれで活発化ということで良いとしても、実は国の事情によるものが多い。インフルエンザワクチンに関するものである■簡単に言えばコロコロ変わる。(左表参照)鳩山内閣のスタンスがコロコロ変わる、というのは新聞報道等ではお馴染みだが、実際、現場では中混乱、小混乱があちこちで起きている■まあ新政権で無理からぬことかも知れないが、簡単に言えば、為政者としてのハラが固まっていない、ということに尽きる■まだまだ表面化していないが、現政権の手薄な部分は、現政権をよく思わない役人たちの、指示のないことは一切しない、というスジの通った抵抗かも知れない。

2010/01/06

最大の無駄遣い

■新聞によると、事務次官クラスから不満があがったという。「官僚の士気が下がっている」「意欲を持ってやっているが政務三役からなかなか指示が出ない」等々■高給高額役人があちこちで手持ちぶさたというか、やる気を失っている、ということである■これは即ち人件費の無駄遣いということである■果たして、官僚を働かせず、政治主導というのもヘンな話ではないか■権力だけで組織は動かない。“士は己を知る者の為に死す”といういささか古びた至言は上に立つ者のコミュニケーションの大切さを表している■政府が一体どうなっているのか国民にはわからない。与党の政治家たちは現状を自画自賛してはばからないが、確かめようもないのも事実である■比較できないからである■できることなら民主党州とか自民党州とか比べられたら、何が正しくて何がまやかしなのか一目瞭然でいいのだが。

※もっとも官僚・役人の言い分を額面通りに受け取るのも“危険なこと”なのだが・・・。

2010/01/05

笑えない現実


■正直者というより、これはもう“自白”に近い■ご当人はウケ狙いのつもりかも知れないが、政権入りして「解決策なき主張」は通らない■期待だけ煽って、何もできない、としたら罪である■日本の外交、安全保障を語る政党がこんなんでいいのだろうか■つくづく国政選挙は外交、安全保障で選ばなくてはいけないと痛感。

150年後の真実?

■確かに井伊直弼の“頭部”はどうなったのだろう■史実に詳しい吉村昭の「桜田門外ノ変」によれば「彦根藩邸では、藩主井伊直弼の遺体が首のないままではどうにもならず、首を至急取りもどさねばならなかった。藩邸から探索の者が出され、首を切り落とした有村次左右衛門が自害し、直弼の首は遠藤但馬守屋敷にあることをつたえた。彦根藩邸から遠藤但馬守屋敷へ井伊直弼の首を受取にゆくことになった。・・・首は拭いきよめられ、藩医岡島玄達の手によって胴に縫合され、遺体が奥座敷に安置された。」とある■この事件から明治維新まで8年である。政権交代ではないが幕末から維新にかけてドタバタはあったのかも知れないし、井伊直弼を恨む政府高官も少なくなかっただろう。密かに“墓荒らし”もあったかもしれない。今後の調査が待たれる■ところでNHKニュースも無い時代、人々はこの事件の全貌をどうやって知ったのだろうか■区の資料によれば、事件の数時間後、昼前には彦根藩領であった世田谷の代官屋敷に第一報が届いている。彦根藩とすれば、水戸藩との臨戦状態となり、急遽人員の調達ということで世田谷の屈強な農民が駆り出された、という。たちどころに変事は村中に伝わった■日本史上、まさにターニングポイントとなる大事件を庶民レベルで一番最初に耳にしたのが世田谷の先達だったわけである。

2010/01/04

借金財政

■国の借金が地方も合わせて825兆円を突破するという。左記事■その下の記事は今から14年前の読売。当時はまだ221兆円だった■14年で借金は増えに増えた。それでも国家の財政破綻には至っていない。当時の大蔵省、現在の財務省は“騒ぎすぎ”なのだろうか■ギリシャが大変なことになっている。10月に中道左派政権が誕生し、巨額の財政赤字が露見し国債の格下げが行われ、それが引き金となって金融危機がヨーロッパに広がっている■日本はギリシャ以上である。危ないという指摘や段々と苦しくなってきているという兆候は、あの夕張市でもあった。しかしそれは財政破綻した後の転落地獄からすれば軽症に過ぎなかった■国も同様である。国債の信用が落ちれば、たちどころに財政破綻である■政権交代といっても真っ新な国の運営を任されたわけではない。会社で言えば、潰れそうな会社の経営を任されたわけである■国の舵取りの最優先は国を倒産させないことである。そして新政権の課題もそこにある■「控除から手当へ」と言うのは「朝三暮四」とどこが違うのだろうか■安易に借金を増やす政治は改めなくてはならない。

2009/12/08

神奈川県、日額制に

■先月末は本会議があって、うっかりしていたが行政委員の報酬について神奈川県がそのほとんどを日額制に改める条例改正案を出すことになった■今日、総務課長からそう聞かされて、やっぱりなぁと思った■神奈川県は深刻な財政危機にある。他人事と思っていたら世田谷区も税収不足が来年度140億円ということで、実はパニック状態にある。9月の本会議では見通しとして70億円の不足だった。3か月で2倍に膨らんだ■さらに経済はデフレ・スパイラルにある。加えて新政権以降のコストなのかもしれないが経済政策も定まらない■大きな問題は分権以前なので国の判断によるところが大きいが、地方自治の首長の決断によって変えられる部分もまだまだあるということ。神奈川県知事の英断を評したい。

2009/12/07

国家の誕生

■NHKで「坂の上の雲」が始まった。本作品は司馬遼太郎氏の遺言で映像化は不可ということだったが遺族の了解を経てようやくテレビドラマ化に至ったという■軍人なり軍隊は最も“見栄えのする”領域である。司馬氏はその映像による“拡大する印象”を警戒したのだろう■それはさておき、初回の冒頭、「まことに小さな国が・・・」というナレーションで始まり「明治維新によって日本人は初めて近代的な国家というものを持った。誰もが国民になった」と続くが、この近代国家の誕生こそが・・・税金の発生であり、私有地(所有権)の発生である(他にもいっぱいあるが)■物語は日露戦争というとてつもない費用(戦費)のかかる大事業に向かっていく。その財政的な側面については触れていない。しかしすべての出来事は税金の発生によって実現されていく■手元にある文庫本は社会人になりたての頃に読んだもので四半世紀以上たっている。改めて眺めてみると全く違う観点から疑問はつきない。

2009/12/06

ウェディングケーキと政治

●売買契約は品物とお金の交換である。品物を用意したのにお金を支払わない場合、一方的に訴えられる。当たり前の話である。しかし民法には例外がある。それが「定期行為」というものだ●よく例にあげられるのは(実際にはあんまりないのだろうが)ウェディングケーキが結婚式に遅れた場合である。仮に10分でも、結婚式が終了した後では用をなさない●この場合、立派なケーキを持ってこられても代金の支払いを拒否できる●世の中、滅多に10分の遅れで支払いを拒否できるものはない。デパートで買い物してもそれくらい待たされることはある。たとえ何かの事情で1日遅れたって我慢の範囲であろう●しかしウェディングケーキのように決められた期日と時間までに(まさに定期)品物が届いてなければ、全く無価値になってしまうものがある●政治もそうである。間に合わなければほとんど意味をなさなくなってしまうことがある。あるどころか政治はすべてと言ってよい●残念ながら国民は政治の「定期行為」には税金の支払いを拒否できない。

2009/12/05

次なる「重大な決意」

●すでに新聞は日米関係の悪化を伝えている。民主寄りと言われる朝日新聞でも「結論の先送りは、日米合意の早期履行を迫る米国、普天間の早期の危険性除去を求める沖縄のいずれの期待も裏切った。首相のやる気が疑われ、日米合意の白紙撤回とうけとられかねない。政権内には手詰まり感が漂っている。」(5日朝刊2面)さらに日米のやりとりを読売はリアルに報じている(左参照)●「鳩山政権の不誠実な対応がオバマ大統領の顔にどれほど泥を塗ったか」と言ったのは駐日米国大使。すごいこと言う。言われたのは日本の外相と防衛相。それも昨日のこと。さらに米国政府で「もう、首相を信用している人はだれもいない」だって●これって最悪の関係だろう。コトは交渉事である。外国(米国)との交渉事と国内(沖縄県)での交渉を同列で論じることはできない。(同列なら沖縄は独立国ということになる)ましてや国会の“固定した数”の論理で外交・安保を判断するというのは間違った民主主義である(県外と主張しているのは社民と国民新党および共産党くらいで、参院の国会勢力の1割程度。しかも「県外」の実現性のある対案は無い。これでは単に「出て行け!」ということか?)●つまり社民の主張は国会の中では圧倒的に少数にすぎないのに、連立ということで、その主張がまかり通ってしまうというのは、政府として民意を取り違えている●朝日は編集委員の星浩氏が5日の朝刊で「首相の12月危機」というコラムを掲載して鳩山政権を冷ややかに見始めている●年内見送りはあくまで日本政府の都合である。逆に年内に相手がどう出てくるかはわからない。今後、オバマ大統領の「重大な決意」があるかもしれない。時あたかも、もうすぐ12月8日である。(関係ないか)

※国の予算は決まらない、税制はまとまらない、地方負担はあいまいと地方自治を取り巻く環境は困り切っている。おまけに経済政策はバラバラで現実に区の生活保護世帯が急増して都の平均を上回っている。かつてない緊急事態である。にもかかわらず、政権の判断はモタモタしている。「生活が第一」のためには、やはり国がしっかりしなくてはどうにもならないことを今まさに実証している。だから外交・安保で国政選挙は選ばないとダメなのである。生活に直結する手当の話を大きくして国政選挙をするのは、やはり禁じ手なのである。何度も書くけど、地方自治のテーマで国政選挙を戦えば、国政のテーマで戦っている政党より身近に感じられることはあったり前なのある。まあそれが最大の勝因とは言わないが。

2009/12/03

行政の代理人?

●都議会の自民党の“立ち位置”がわからない●「議決された予算が執行されただけで、決算に問題はない」●と言うなら決算委員会は必要ない。公認会計士にチェックさせれば済む話である●地方議会は行政をチェックする機関である。つまり議会は行政と対峙関係にある●その点を踏まえて議員というものを考えなければならない●にもかかわらず自民党の“主張”はまるで行政の代弁者のように聞こえるからおかしい●数字が合っても無理な政策は、無理な決算を招くのである。あの夕張市の決算も数字は合っていたのである。

2009/12/01

政権のDNA

●怖い話である(11月28日毎日新聞「近聞遠見」)●今から四十年近く昔のこととは言え、今はなき社会党のスター政治家が、政権の中枢にいた田中角栄大臣から、何と大臣室で現金を受け取っていたという話だ●こう書くとナマナマしいが、その手際の良さがいかにも“角さん”らしいと書かれては、まるで世話物を見せられているようだ●「カネはあって邪魔にならんよ」その一言で受け取ってしまった。額は百万円。現在にすれば五百万くらいになるだろうか●スター政治家のフトコロ事情には触れていないが、常識的にみてかなり苦しかったのではなかろうか●そうでなくては、いくら昔の時代感覚といっても「邪魔にならない」という理由だけで貰うだろうか●結局この話は、田中角栄という不世出の金権政治家の「人の弱みにつけ込んで」政治を動かすテクニックの一端を示している●もっとも「つけ込んで」いることを、感じさせないのが神業であろうが●その後スター政治家は反戦平和で名を馳せたが、金権政治にはジャーナリスト出身議員としては触れなかった●発信力のあるテレビ出身議員への“口止め料”とすれば田中角栄氏にとっては“安かった”のかも知れない●そして現在、その角栄氏の“愛弟子”が政治の中心にいる。さすがに金権政治は御法度の時代である。しかしながら、新人議員には“落選の恐怖”を、中堅議員には“政権ポスト”をチラつかせながら統率するのは、有権者からは気分の良いことではない。ましてや議員立法や質問を制約したり、請願の紹介を自粛させたりと、選挙に勝ったらまるでやりたい放題の観がある●それもこれも選挙大勝の原動力が小沢一郎氏だったからであるが、彼の選挙手法は何か。見るところ、“師匠”と同じコトを国民相手にしようとした、としか思えない●大臣室で国会議員に現金を渡すのは金権政治そのものである。しかし選挙を通じて国民に現金を渡す公約を掲げるのは何?政治というのだろうか●子ども手当、農家の戸別所得補償、高速道路無料化。困っている人からすれば喉から手が出るほど、であろうし、余裕のある人でさえ「カネはあって邪魔にならんよ」ということであろう。そのことからすれば「コンクリートのバラマキから人へのバラマキ」というのは至言である●さらに国政問題を地方自治の問題に置き替えた選挙戦略は、有権者の生活実感に沿ったものでわかりやすかった、反面、本来の国政のテーマである経済・外交・安全保障の問題を有権者の視界から遮ったのも事実である●要するに地方政治のテーマを国政選挙でやって大勝したということである●大勝した結果、何事か大きな改革をやるには一党独裁的な、つまり昔の「一致団結箱弁当」のような体制がやりやすいと考えるのはあまりにも短絡的である。改革を仮に終えても独裁体制は残り続けるのが歴史の通例である。それどころか改革ができない理由を隠すためにモンスター化することのほうが多い●だから独裁は悪であり、独裁体制への方向は許してはならない。かと言って自民党がああではね。まことに怖い話である。

2009/11/30

待ち人・・・

●行政刷新会議の行った「事業仕分け」は予算査定の公開という手法で、大きな問題提起を行った●蓮舫議員は様々な批判もあるなか孤軍奮闘しているし、今回の最大のスポークスパーソンだろう。今日あたりは盛んに「横串」という言葉で表現していたが、縦割りの弊害ということである●しかし今回の一大イベントで明らかになったのは、実は「公務員制度の疲弊」或いは「時代遅れの公務員制度」というものである。これが最大の結論である●私は何よりも事業仕分けの担当者の口から「結局、公務員制度を改革しなければ根本的なムダ遣いはなくならない」という発言を待っているのだが・・・。