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2014/01/28

細川・小泉演説 三茶


 1月28日夕方5時に三軒茶屋で細川・小泉コンビの演説が始まった。ものすごい聴衆。
 ちょうど日暮れ時で、じっとしていると結構冷える。今日からダウンを着ている小泉氏、細川氏のオーバーも実は小泉氏のもの。
 すでにお二人の主張は伝えられている通り。それでも細川候補の、原発は命にかかわる問題なのです。だから最優先の課題だという主張には深く共感。

 さらに小泉氏の、現在すでに原発ゼロであり、再稼働といってもチェックは今までとは比べものにならないほど厳格になっているから、ここ1年や2年では再稼働なんてできない、そんなことでモタモタしているうちに5年や10年はたってしまう、つまり原発は再稼働しても、ちょっとしたトラブルですぐ止まる、だから使いものにならない、だったら早く原発なんかやめて、新しいエネルギー開発に日本の人知を傾けた方が得策、という(言葉は正確ではないが趣旨は、そう受け止めた)話にはかなり納得。


2014/01/23

他人事ではない、笑えないCM

 21日のニュース。福島の原発事故は今もなお拡大している。その理由は放射線量が高く、人が近づけないので、何も手を打てない・・・
 原発は制御不能の問題を抱えている。

 “人が近づけなくなる”という事態は、もう一つある。言うまでもなく地震であり津波である。最近では火山噴火も。
 日本は制御不能の自然災害の問題を抱えている。

 これらが東日本大震災と福島原発事故の教訓だろう。

 そして南海トラフをはじめ首都直下等の巨大地震がいつ発生しても不思議ではないと政府は発表している。制御不能の最大値が近づいている。

 「原発再稼働はしない」という前提で日本を考え直さなければ日本の未来に禍根を残す。これが今の世代の使命であり役割であろう。

 あの震災の記憶を喚起することはタブーなのだろう。ましてやCMで取り上げるなど企業としてあり得ない選択だろう。しかし私たちのまわりはそんなに“平時状態”なのだろうか。

 下は一部で話題になっている外国の液晶テレビメーカーのCM。面接室の窓に4Kテレビをはめ込み高精度の画質であたかも外の風景と見間違えさせるという、ドッキリ系のCM。
  心臓の悪い人やドッキリが嫌いな人は見ないで下さい。↓


 人はあり得ないと思っていても、目にすると受け入れてしまう。今の日本の“平時状態”もこのくらいのものかも・・・だから笑えない。

 私たちは何を見せられようと放射能事故はあり得ないという確固たる自信を持てる(つまり原発はないから、廃炉にしているから)まず、そんな国でありたい。

2014/01/16

脱原発は地震大国日本を考えること

 都知事選で自民党は分裂選挙になると朝日新聞は報じている。かたや読売新聞は細川氏の東京佐川急便事件を取り上げている。「脱原発」のスタンスの違いでいかにもという感じで興味深い。

 さて、1月14日付の都政新報に連載中の「新東京都市計画物語」で、執筆者の越澤明氏が、今、東京の都市政策に必要なのはオリンピック開催準備ではなく、首都直下地震への備えである、と述べている。まさにその通りだろう。以下引用すると

「仮に、2019年に首都直下地震が発生したと仮定しよう。防災都市づくりの取り組みが不十分であり、密集市街地の各地で火の手が上がり、新国立競技場の屋根が落ち、被災した都民が仮設住宅に住んでいる状態では、オリンピック開催は可能なのであろうか?余震を怖がり、出場辞退を申し出る国々が相次ぐことは間違いなく、開催返上に追い込まれる。歴史上、2度もオリンピックを返上した世界でただ一つの都市として、東京は数百年後も歴史に名前が記憶される。またオリンピック開催中に首都直下地震が発生したと仮定しよう。今後、5年間の防災対策が不十分であれば、800万の帰宅難民が発生し、仮設トイレも不足し、大混乱する。その最中に、速やかに、安全に、世界各国のVIPや選手団、観光客、報道関係者を羽田、成田から帰国させなければならない。」



 2020年までに首都直下は起きるのか?誰にもわからない。が、都民にとって2020年以後も住み暮らし続ける東京である。

 要は東京のみならず日本国全体が避けて通れない地震災害というものに、どう日本人として向き合っていくかである。その意味ではグラグラ揺れる可能性のある日本に50を超える原発が稼働して大丈夫と言えるのだろうか。

 3.11の時さえ、東京は風向き一つで全都民避難という事態に陷っていたことを忘れたのだろうか。まさに風ひとつで現在の東京は安閑としていられる。そんな安全度だったわけである。(今も4号機ほかの事態急変によっては同じ危険度)

 先日(1月10日)世田谷区の都市計画審議会で世田谷区の都市整備方針案が答申の運びになったが、上記の越澤氏のような切迫感のある内容とは言いがたい。少なくとも何を重視しているのか区民には伝わらないだろう。

 ちなみに私たちは2003年9月17日の代表質問(質問者は田中優子議員・当時の会派は「せたがや政策会議」)で「住んでよし、学んでよし、働いてよし、訪れてもよしのまちづくり構想として世田谷の背骨をつくろう」という提案をしている。
 職住近接(セッキンじゃなくてキンセツ)を図ることにより、保育・子育て、介護の問題のみならず、商業振興(個人企業の起業等も)の問題も解決が図られるのではないかというもの。
 10年たっても古いどころかますます当時の先見性は高まっていると思う。世田谷区の都市整備方針は東京都全体の中での位置関係や人の流れを読み込まないで考えているところに問題がある。

 それにしても、2020年7月24日に東京オリンピックは始まるが、それまでに有楽町火災のようなパニックに至るグラッというのは来ないのだろうか。
 首都直下があっても「お・も・て・な・し・ポッ」はできるのだろうか?

 明日で阪神淡路大震災は19年である。

2014/01/11

あの話・・・

 昨年11月の日本記者クラブでの小泉元首相の「原発ゼロ宣言」は安倍政権への警告だったのだろうか。今年は選挙がない、安倍政権は長期政権になる、とのマスコミ風潮が一変しそうだ。
 朝日の報道では、田中秀征・元経済企画庁長官を介して細川氏と小泉氏が会って、出馬になったという。 実は田中秀征氏と親しいウチの会派の田中優子議員から昨年末、田中秀征さんが“今年はいろいろあったが、一つだけいいことがあった。それは都知事が辞めたことだ”と話していたということを聞いていたが、まさかこんなことだったとは。

2011/05/07

生活を見直すきっかけに

 首相だからできる決断として、唯一記憶される記事になるだろう。今は「反原発」も「原子力推進」もさらに「脱原子力」もたいして区別する意味はない。
現在起きていることは“日本における原子力発電の信頼が無くなった"ということである。もっと言えば3.11以後、原子力発電はとてつもない被害を発生させるものだということを日本国民が“体験”してしまった、ということである。体験はどんな理屈より勝る。
もちろん他人事ではない。こんな被害が出るなら(東京の場合、水道水の放射能汚染が決定的な認識になったと思う)節電して少しでも原発を止めるべきだという積極的な生活態度は十分支持されると思う。この夏、私たち国民は試される。

※菅首相の行動が政治での世界で評価されないのは、本来首相の仕事である国の方針(国策)として原発の見直しを決めない中で、個別具体的な問題に手を突っ込んでしまった点にある。しかしながら今回の決断は国民の多くは支持するだろう。となれば首相の仕事はまず国の方針の変更をすることであると批難し続けても、それは官僚の仕事だろうと矛先が変わる。“日本における民主党政権の信頼が無くなっていた”ことと“日本における原子力発電の信頼が無くなった”という間で官僚はやる気が試されている。

2011/05/05

河野太郎氏ほえる

 朝日(5月5日)に自民党の河野太郎氏のインタビューが載っていた。「最大の問題点は使用済み核燃料など高レベル放射性廃棄物、いわゆる『核のゴミ』を捨てる場所が日本にはないのに、原発を増やそうとしたことだ」との発言はまさに国策が問題を先送りしている点を突いている。
 激烈なのは、自民党内で東電と原発を守る動きがあるが、との問いに対して「甘利明氏の会議がそうだ。推進派がズラリと並び、引退した加納時男氏まで座る。次の選挙でそういう議員を落とすしかない。国民の目が必要だ。3月11日で隠してきたうみが全部出た。自民党がやるべきことは謝罪だ。利権で原子力行政をゆがめたのだから。政府には原子力政策を推進した中曽根康弘元首相に近い与謝野馨氏がいる。与謝野氏の発言は、明らかに東電を守ろうとしている」 と発言している。なお加藤時男氏とは元東電の副社長で自民党から2期参院議員を務めた人物。
 当たり前の声が社会に出てくることは、それだけ社会が健全だということである。電力使い放題の社会をちょっと変え、新たなエネルギー源の技術開発を進める。この繰り返しをすることで安全な社会をめざさなければならない。