2019/03/29

がん患者を公務怠慢ポンコツ議員として叩く世田谷区議会議員が!


立憲民主党の中塚さちよ区議は、自らのがん発症をブログで公表し、その治療をしながら区議会活動を続けている。入院および通院治療の期間があり、現在では、「がんサバイバー」として議員活動を頑張っている。


↑あべ力也議員が撒いているビラより

その間、10日間ほど公務(委員会等)を休むことになった。そのことを指して、ワースト1の「公務ポンコツ議員」とあちこちでビラを撒いているのが、あべ力也議員(5期当選)だ。

がん発症は、個人の責任だろうか?(中塚議員とは個人的には挨拶する程度に過ぎないが、この話を知って、いくらなんでもと、それはあんまりだろう、と思って書いている次第)

そんなことを広言する議員はまさに「他人くたばれ我繁盛」という公(おおやけ)の意識が欠如している人間である。

中塚議員は、10日間、公務を休んだことは事実なので、反論できない状況でいる。

しかし、上記のような事情を知った上でも「公務ポンコツ議員」と糾弾する世田谷区民はどれだけいるだろうか。

↑あべ力也議員が撒いているビラより

「がんは万が一ではなく二分の一」という時代である。91万都市世田谷区において、がんと戦いながら、あるいはがんと共生しながらも働いている人はいっぱいいる。

いくら“選挙対策”といっても、こういう他議員の貶め方は(結果的に自分はクリーンだと主張?)あってはならない。

明らかに自分が「障がい者差別」に通じかねないことをしている意識すらないのだろう。

議員の場合は、出産、入院、忌引きその他一切の理由を問わず、欠席となる。その旧弊の仕組みを逆手にとって、「ポンコツ公務怠慢議員」のレッテルを貼っているのだ。

ちなみに、驚くかもしれないが、あべ力也議員は、過去に(4年間ではなく)8ヶ月間で公務欠席32日という世田谷区政史上、私の知る限り、ワーストレコードの持ち主である。
しかも私事優先での欠席が明らかになっている。




そのことも原因で、全議員一致で、「議員辞職勧告決議」を受けていたのが、あべ力也議員なのである。(以上のことは3月の予算委員会で公的に確認済み。)

写真は予算員会で田中優子議員の発言中のもの。後方でワイシャツの胸をはだけて聞いているのが、あべ力也議員。(あべ力也議員の肩から顔をのぞかせているのは議事職員で、にらみつけているのではありません。)






2019/03/22

世田谷区、パワハラ・暴言議員の「あいつ」の存在認める

●本日の予算特別委員会で、区側が、区議会の暴言・パワハラ議員の存在を認めた。

●関係者ならすぐ察しがつく、「あいつ」である。

●その暴言等は区の職員を始めとして、後輩議員や、議会関係の業者さんも含め、「自分は区民の代表だ!」「先輩議員だ!」の一点張りで、とどまるところを知らない。

●議員対役人という構図を背景に、威張りちらす様は、まるで時代劇のごとくである。

●今の時代、あれこれ言っても、その実態はなかなか区民に伝わらない。しかしネットの時代である。

●暴言かどうかは、「聞いてみれば」わかる時代になっている。現在、その録音テープを探している。

●もちろん現職職員は影響を恐れて、そんなものの存在を否定するだろう。しかし暴言の被害者は複数存在すると言われているから、現職に限るわけではない。

●また選挙前だろうと選挙後だろうと、暴言は暴言であり、パワハラ認定されれば、それまでである。

●ちなみに予算特別委員会には保坂区長も出席していたが、表情から読み取るに「あいつ」とは一緒にするな、と言いたげに見えた。



2019/02/28

世田谷区・児童相談所は必然

91万都市である世田谷区に、児童相談所がないのは行政組織の欠落である。現在は東京都が児童相談所運営を担っているが、地方分権の流れからすれば時代遅れだ。

子供の環境は東京都で統一的な基準で測られるものだろうか。地域によって、人口構成によって、或いは土地の歴史によって、微妙に異なるだろうし、時代の価値観の変遷との距離感も地域によって異なる。

具体的に言えば、東京都の児童相談所は誰もチェックしていない可能性が高い。おそらく東京都の管轄にあっても、都議会議員はカバーしきれない。(たぶん)

世田谷区・児童相談所が開設されれば、児童相談所の責任者は議会説明員となり、常任委員会への出席と報告が義務化される。

児童相談所は、子育て支援の大きな流れの中に位置する機関であり、大仰な言い方をすれば、人間関係の基盤を育成する専門家集団である。

ともすれば、見たいものだけを見る、見たいものは見ないという風潮があるかもしれないが、議会はそういう風にはいかない。あるべきものをすべてチェックするのが本義であろう。

チェック無きところに進歩は望めない、と思う。

2019/01/26

消火器は「邪魔になるところ」に置いておく

1月17日は阪神大震災から24年。左は一昨年の糸魚川市大火の特集記事(東京新聞1月15日)震災後の戒めとして、耐震建築物や、重い家具等への対策は進んでいるのだろう。震災後の建築物は最低でも、築24年という年代物に入る。それ以上の住宅は徐々に減少している。

しかし糸魚川大火は少し前の出来事である。東日本大震災でも犠牲者は津波、水である。

世田谷でも火災事件が起きている(東京新聞1月15日)取り扱いは小さい。報じていない新聞もあるほど。冷え込みが厳しいことが遠因にあるのかもしれない。

犠牲になられた方またはその親族の方にはお悔やみを申し上げる次第であり、また火災に対処した地域消防や防火活動に当たられた方々には本当に感謝しかない。

2年前に、世田谷区の消防力(世田谷、玉川、成城)は、3署合わせて、ポンプ車24台で、平時での消火能力としては延焼の可能性は無いということである。もちろん火災時には、隣接区市からの駆けつけもあるので、世田谷区の消防力というのは仮の想定である。ちなみに東京都全体の消防ポンプ車は677台である。

都市は、耐震住宅や耐火構造と変わりつつある、とは言っっても人口90万8千人、世帯数47万9千(1月1日現在)の世田谷区において、東京全体のポンプ車が駆けつけても700台に満たない、というのが現状である。

もちろん、道路を広くして、延焼遮断帯を作る都市計画も優先されるべきだが、生活実態がそこに存在する以上、無理強いはできない。むしろ災害対策機能(災害時に働くべき公務員の職場の確保)の向上の方が現実的かもしれない。


実は、世田谷区は「消防活動が困難な地域と住宅密集地などで災害時に防災上の危険が高い地域」を公表している。(27ページ)

とにかく小さな火が世田谷区の最大の弱点である。

消火器?どこにありますか?

2019/01/04

震度6クラスはフツー?


■天災に正月もなかろうが、最近の震度は少し上がっているのではなかろうか。

■東京での地震、特に住宅密集地での地震で被害をもたらすのは、津波と並んで火災である。

■あらためて、一般に知られている備えを

寝室には家具を置かない。
寝室に家具をやむを得ず置く場合は家具の向きを変てベッドの上に倒れてこないようにする。
出入り口を塞がないように家具の配置を工夫する。
空き部屋に納戸を作り家具を集める。
各部屋の「内履き」を準備しておく。
消火器は「邪魔になるところ」に置いておく。
飲み水、食料の7日分を確保しておく。
隣近所とのつきあいを大事にしておく。
1981年(昭和56年)以前の住宅では耐震診断をしてみる。
自動車一台分の費用で「確実に命を守るための自宅の耐震改修」ができる。

「ワープロはいずれなくなるか?」という質問に30年前のメーカー各社はどう答えた?


30年前の雑誌DIMEの企画が1日に再録されている記事が面白く、興味深かった。

https://dime.jp/genre/644604/

題して

「ワープロはいずれなくなるか?」という質問に30年前のメーカー各社はどう答えた?



NEC「ワープロは文書を書く機械として特化されていますから、その必要性はなくならないんじゃないかな」
キヤノン「ワープロがパソコンに取り込まれることはないでしょう」
シャープ「人間の扱う道具は使いやすいことがいちばんだと思いますから、ワープロは文書専用機として残るでしょう」
東芝「そんなこと誰が言っているのですか。パソコンとワープロはこれからますます共存共栄していきますよ。今はワープロとパソコンの台数がほぼ同数ですが、将来的には、ワープロ10に対してパソコン1ぐらいの割合になると思います」
富士通「たとえば車の会社を考えてみてください。セダンをワープロとすれば、パソコンはトラックに相当します」
松下電器「5年前、パソコンの普及台数は100万台、今は120万台と伸びはゆるやかです。一方、ワープロは30万台が280万台にまで伸びています。この数字を見ただけでも、パソコン社会よりワープロ社会到来の方が早いと考える材料になります」
                      引用終了
わずか30年で、というと人によって、感覚の違いがあるかもしれないが、まさに、そんな時代があり、当時の各社の意見に疑いもなく、うなづいていた自分を思い出す。

しかし30年たって、今、「ワープロ」という言葉を耳にすることも、そんな“物体”を思い浮かべることすらない。

というより、生活のインフラの中に入って無意識な“存在”となっている。事実、入力はキーボードだし、画面を見ながら、という構造は変わっていない。

実はワープロの創成期に、産業用(会社用?)の少し大型のワープロを見る機会があった。そこには、黒電話の受話器を装着する部分があった。何でも、ワープロとワープロを電話線でつなぐとか。もちろんインターネットなどない時代。

その時思ったのは、ワープロとワープロを電話線でつなぐなら、すでにファックスがあるのではと、凡庸な発想。

そして、30年後。スマホの時代。ポチッとクリックすれば、翌日にはアマンゾンやヨドバシの品物が届く、なんて、想像できなかった。

今ある“景色”の延長線上(凡人の考える)の未来など、ないんだろうなぁ。



2019/01/02

財政規律の欠如の恐ろしさ

●首都直下地震と同じくらい“必然”と言われている日本の経済破綻。ただし論理的に現実性が近づいて来るに従って、これもあまりマスコミでは大きく取り扱われなくなっている。

●日銀が大丈夫と言っているから、政府が問題視していないから、だからといって経済の先行きが保証されているわけではない。

●基本は、現政権の「財政規律の欠如」にある。

●上掲新聞記事は昨年の11月24日の東京新聞。日本総研上席主任研究員の河村小百合氏が語っている。

●そこで一番興味深いのは、「財政破綻の可能性は20年以上前から言われているが起きる気配はないではないか」という疑問に答えるくだり。

●「危機は突然起き、ギリシャでも欧州債務危機前までは何の問題もなく、いくらでも国債を発行できていた」

●つまり、大地震と同じ。大噴火と同じ。いや、それ以上に前兆はないから恐ろしいと言われているのが財政破綻である。

●宵越しの日銀券など、お金持ちはパアーッと使うに越したことはないかも知れない。せめて景気は上向くかも知れない。


2019/01/01

歴史は繰り返す?相模武蔵地震

新年早々であるが・・・

暮れのニュース番組の中で、チョこっと、相模武蔵地震のことが取り上げられていた。東日本大地震のときには、貞観地震に関連して相当話題にされた地震である。



上はテレビ朝日の12月31日早朝ニュースの一コマだが、新潟中越地震と今から一千年前の越中・越後地震の震源が同じ、かつ東日本大震災と貞観地震も震源が同じで、その間隔が約6年ということ。

貞観地震の9年後に起きたのが相模武蔵地震である。相模武蔵地震とは今風に言えば、首都直下地震、ということになろうか。震源域がほぼ同じであるという。

今年は、東日本大震災から8年目。

何億年単位ともいう地球の歴史のサイクルをわずか1千年前のサイクルという狭さで測ってよいのかわからないが、昨年は9月6日に震度7の北海道胆振東部地震、また6月18日には震度6弱の大阪府北部地震等々、日本がちょっとない激しさで揺れている。

そして、紅白歌合戦の最中にも東北で地震が発生した。

東京では大きなイベントが控えていることや、インバウンドの風評を気にしか、マスコミはチョこっとしか、報道しないが、年のはじめに覚悟は必要だ。

2018/11/19

ホボホボは、どっちでもいい?

「結婚は判断力の欠如、離婚は忍耐力の欠如、再婚は記憶力の欠如」という仏作家の至言があるが・・・。

まあ、「結婚」に例えるには無理があるけど。今更ながら「忍耐力の欠如の記憶」の「欠如」なのだろう。

「忍耐力の欠如」は、2016年6月に行われた英国のEU離脱の国民投票結果で発生。離脱賛成52パーセント、離脱反対48パーセント。

確かに「記憶」に残りにくい。いまどきなら「ホボホボ」。

今となってやっぱり離脱はいやだ!というのは国民投票の“過半数成立”というのが、判断基準として持続性がない証拠ではないのか。




2018/10/22

公立中学校のあるべき方向

●塾が“必需品”のような義務教育(公立小中学校)は、当たり前だろうか?

●ちょっと、イイ大学に入るためには、塾に通って、付属中学や付属高校に入るか、予備校に通って大学受験、というのが通り相場である。

●10月の決算委員会で、会派としてのテーマは主に教育問題に力点を置いた(つもり)。すなわち暴力の排除と教員レベルの可能性だった。

●そんな中で、取り上げた、千代田区立麹町中学校の校長、工藤勇一氏の取り組みは、昨今“ブーム”にさえなっている。

●宿題は出さない、感想文は書かせない、修学旅行は自分たちで提案し実証する、等々。

●要は、自分で考え、稼げる人間になること。さらに大人になるって素晴らしいってことを体感させること、と勝手に解釈した。

●しかも、塾など必要としない、高度な受験教育も公立でやってくれる、というのだから、保護者の負担も減る。

●恐らく、学級式の授業など、時代遅れであり、いわゆる教師の役割は、生徒一人一人のパーソナル・トレーナー的なものが求められるのだろう。

●その萌芽が、麹町中学には見られる。

以下、昨今の都政新報での記事、また朝日新聞でも20日から連載が始まった。










2018/08/22

愚行の当事者としての今

小さい頃から、戦争の話は聞かされていた。率直に、なんと愚かなことを、当時(戦前・戦時中)はしていたのだろう、と義憤を感じ、また批判する側に自分はいると信じていた。

しかし、首都直下や、下の記事を前にして、十分予測できていたのに、何で何もしなかったの?と問われる立場にある。

すでに戦後において、原発事故という大失策を犯している日本。個人的には世田谷区における首都直下の問題を最上位において、少しでも被害を少なくしようと努めているが現在の区長の理解はあまりにも速度が違うので大変である。

そのことが、まさに後世の人々に何で、あんな愚かな判断しかできなかったのか、言われる立場と瓜二つである。

他区ではあるが、250万人?どうするの?わかっていたけど、できなかった。そんな雰囲気ではなかった。等々、戦後になって同じ言葉を聞いたはずである。

世田谷区は首都直下どうする?

批判は簡単、しかし「自分ごと」と考えるのは、次元が違うことに、歯がゆい思いがある。




『「お金がない」に騙されるな』に騙されるな!

8月22日朝日夕刊の社会学者の岸彦氏のコラム(?)にはビックリした。諧謔を弄したつもりかも知れないが、作家としても著名な人物が、こんなことを言ってしまって、どうすんの?

「私がぼんやり考えていることも、間違いが含まれているだろう」「繰り返すが、私は難しいことはわからない」と予防線を張って、際どいことを言うのは学者さんとしてどうなのだろう。

特に最後の「みんな気をつけよう。私たちは、騙されてるだけかもしれないのだ。ほんとは財政を緊縮させなくてもいいのに、そっちのほうが都合がいいから、そう思わされてるだけなのかもしれないよ。」という子供っぽい言い方が、「ハーメルンの笛吹き男」のようで、もはやホラー。

いったい、どこの政府が「緊縮財政政策」をしているのだろうか。日本は現在、放漫財政の真っ只中にいる。

7月31日の日経「大機小機」によれば、「政府は今年の骨太方針で、民主党政権以来掲げてきた『基礎的財政収支の2020年度黒字化』という財政健全化目標の旗を降ろした」とあるように、財政緊縮など事実誤認もいいとこだ。

このコラム(?)を読んで、一番喜ぶのは安倍首相だろう。まさに「我が意得たり」と。「お金がないに騙されるな」と一番最初に叫んだのは誰あろう、総理大臣に、決まっている。

異次元の金融緩和を進める一方で、「国の借金」という毎年恒例の記事が最近、ほとんど見かけなくなったのも、マスコミの忖度か?

ゼロ金利政策というのも、もはや最低限の資本主義の国家運営の術ではない。この社会学者に問いたい。「お金がないに騙されるな」というなら、可能な限り個人的に大借金をしてみればいい。実質金利は史上最低水準である。社会学者としてまさにフィールドワークの当事者となって、「こんなに楽しい借金ライフ」を実践して欲しいものである。

お金がないことを理由に、権力を振るっている人がいるとすれば少なくとも地方自治を誤解しているとしか、言いようがない。




2018/07/04

利上げなら銀行打撃


安倍政権の、形式的には「丁寧な説明を」と言いながら、肝心の問題で「真相」を語らない。このことはモリカケ問題に限らない。

まさに経済政策も、ほとんど「麻薬経済」。有権者に痛みを感じさせないだけで、カーナビの表示は「経済地獄」に向かっている。

日銀審議委員の「経営が苦しいのは借りる人がいないからだ」には驚く。というより、「真相」の断片を語ってしまったのだろう。


「税と社会保障の一体改革」は?経済は嘘をつかない。もはや一体改革は不可能である。社会保障の新たな制度設計をやれる、野党も見つからない。

社会保障の現場は地方自治体である。ここ数年の首相夫妻による「首相夫妻ごっこ」に費やされた国の時間はまことに悔いが残る。








「魔女狩り」の結果


目黒女児虐待死事件で、6月19日の都政新報がコラムが、ある警鐘を鳴らしている。

亡くなった女児の無念、哀しさ、さらには聡明な頭脳であったろう未来を、奪った「失点」に、世間のバッシングが集中した。

このことに対して、コラムではイギリスで、11年前に同じようなことが起こり、英国の児童相談所の職員(正確にはソーシャルワーカーと児童安全委員会の委員長)が槍玉にあがり、英国紙はこぞって、この二人を非難し、解雇を求める署名運動を行い、160万筆を集めた、という。

その結果、何が起こったか?待っていたのはソーシャルワーカーの大量辞職だった。(それが「魔女狩り」の結果である)

現場の苦労も知らずに、世間が一方的に責めたてるのであれば、こんな仕事はやってられない、という大量辞職である。

この話の、詳細が載っているのが前回取り上げた「失敗の科学」(著マシュー・サイド)である。

公務員には様々な職種がある。社会的弱者と向き合い、悲劇的な場面に遭遇する仕事もある。その一つ一つを区民が知るわけではない。

現在、世田谷区は、世田谷区立の児童相談所を作ろうとしている。虐待とは何か、暴力とは何か、あらためて子どもの置かれている状況を身近で大人が認識することは必要な世の中になっている。






2018/06/28

失敗の科学


この本は、まさに失敗の教訓が満載だ。その一つがマージナルゲイン
(小さな改善)というアプローチだが。

例えば、貧困のテーマとしてアフリカの問題がある。(著者は英国人)
具体的には、アフリカの貧困地域に『教科書を無料配布するプログラ
ム』は学力向上に効果があるのかどうか検証した話が出てくる。過去
の観測データでは、教科書を無料配布した学校には、テスト成績向上
の傾向が見られた。

ただし、今回の検証は、同じ地域での使用前・使用後というものでは
なく、アフリカの学校を2つのグループにランダムに分けて、一方の
グループには無料配布の教科書を配り、もう一方には配らなかった。

その結果は、成績の差はなかった、つまり無料配布の効果は見られな
かった。

なぜか?

それは教科書が英語で書かれていたからで、貧しい子どもたちの大半は
アフリカの首都圏から遠い地域に住んでいたために、英語は第三言語で、
そもそも内容を理解しづらかったという、オチ?だった。

しかし、こういう検証がなければ、読まれない教科書を永遠に無料配布
していた可能性があるので、貴重である。

世田谷区もこれだけ広くて、人口も多いので、グループ分けの検証を積極
的にやって行くべきである。









2018/06/27

教育虐待と「七褒め三叱り」


「教育虐待」という言葉が新聞に載った。(6月27日朝日新聞)この言葉は前々回触れた「ルポ児童相談所」(著大久保真紀)で初めて知った。

一部を引用すると、

一流大学を迫る教育虐待

「しっかり勉強しろ!!」
保護者からそう言われ、参考書で頭をバンバンたたかれた高校生が、学校で先生に助けを求めた。連絡を受けた児童相談所のワーカーが、高校に趣き、本人に話を聞くと、保護者が一流大学に行くように執拗に迫ってくるという。児童相談所は心理的、身体的虐待に当たると判断、すぐに一時保護した。(引用ここまで)

えっ、高校生まで、と思ったが、ここで取り上げているのは様々な事情を抱えている場合が多いので、年齢は別にする。

よく云われる「あなたのためだから」症候群である。

先日行われたシンポジウムでも、「体罰という言葉は、ごまかしにすぎない。体罰と言うから紛らわしい、暴行と言うのが正しい」という趣旨の発言があった。

ましてや、心理的に追い込むことも虐待となると、範囲は広がる。

では、予防注射は?となり(もちろん健康のためであり虐待でない)、心理的には秋田の「なまはげ」は伝承芸能なのか??また全国にある「泣き相撲」は?

ともあれ、親が子どもに言うことをきかす為に「またお医者さんに注射してもらうよ」とか言う場面はある。あるいは手は出さないものの、怒鳴る場合もある。

しかし、今の時代、怖がらせることを持って、子どもに何かをさせるのはNG。

昔から言うように、「七褒め三叱り」が王道であり、叱り方こそ大人の知恵の働きどころだろう。

褒めるにしても、叱るにしても、子どもを対等の目線で観察しなければできないことである。それが親であろうとなかろうと。そこには「しつけ」という考え方は存在しない。















2018/06/26

このアンケート調査、全部の小五には無理じゃないの?

何だろうな。子ども・若者部(区の組織)から情報提供があった。明日以降、「子どもの生活実態調査」を行うという。

その質問票が手元にあり、マジマジと見てみた。小学5年生と中学2年生の全世帯に送付するといいう。

とりあえず簡単に云えば、小学5年生向けの質問票を見た結果、どうなんだこれは?と感じてならない。

上掲はその質問票の最初のページ。これが15ページまである。質問項目は45問である。

いくら私が老化したとは云え、45問はきついのではなかろうか。ざっと数えて「おねがい」と質問部分だけで、約4千字もある。(漢字は一字として換算)

回答部分の文章を含めると1万字近くなるだろうか。マジメに読んで回答すると、小一時間は掛かる。

何のモチベーションも無く(目的として“世田谷区の子どもたちが、“いきいきわくわくするまち”にするためにということが書かれているけど)、そもそも45問に答えることに耐えられるだろうか。

私の場合、いくら小学5年生を想像しても、数問で飽きた。

もちろん、子ども・若者部が尋ねたい意図はわかる。しかしこれでは、回答者(小学校5年生)の心理は、圧倒的に無視されている。

まさにこういうのが「お役所的」というか、「公務員のおごり」である。

問題はこれがアンケート調査であること。この調査結果が世田谷区の政策に影響を与えることである。

手続き的には、瑕疵がないとしても、実際、小学校5年生のどれだけの回答があるか、である。

冷静に約4千字の質問をこなす読解力がある子ども以外は、まず回答の精度は信用できるのか。

私ですら(何の基準になるのか不明だが)途中でひどく面倒くさいと投げ出したいと思う。

それでなくとも45問というのは、欲張り過ぎるだろう。

役所として、いろいろと聞きたい(アンケートしたい)というのはわかる。しかし、小五にソッポを向かれたらアンケートの信頼性に疑義を生じかねない。

百歩譲って、小五の中からのSOSを探ることが第二目的としても、45問のプロセスでたどり着くだろうか。


児童相談所の移管or設置?


目黒の5歳女児虐待死の事件以来、「児童相談所」の問題がクローズアップされている。

気づかれた人もいると思うが、目黒区で起きた事件は「品川児童相談所」が担当。

「児童相談所」は、東京都に11カ所しかない。従って複数の市区町にまたがっている。


ちなみに世田谷区は狛江市と一緒で「都立世田谷児童相談所」の管轄である。世田谷区の施設ではない。

“目黒事件”を受けて、「児童相談所」強化の声が強まっている。そこには問題がある。

現在、「児童相談所」は都立である(上表)。東京都福祉保健局が仕切っている。

90万人口の世田谷区で、「児童相談所」のような重要施設の権限を、都まかせでよいのだろうか?

例えば、親の意に反して子どもを一時保護(親子分離のこと、ただし2ヶ月内)の職権は「児童相談所」すなわち都・福祉保健局が握っている。世田谷区にはない。

世田谷区では、東京都の「児童相談所」権限の移管をすすめている。やはり地元のことは地元でやった方が、子どもたちの最善の利益が確保されるだろうということである。

虐待は虐待を生み、やがては社会全体を傷つける可能性がある。決して他人事ではない。「万引き家族」周辺だけで完結する話しではない。絆があろうがなかろうが、社会は繋がっている。だから虐待の芽を摘む必要がある。だから暴力の芽を積む必要がある。

児童虐待を始めとする子どもを取り巻く問題は、増加の一途である。職員数、分けても専門職である児童心理司、児童福祉司の増員は急務である。

「児童相談所」の今後は

・職員増+東京都がやり続ける
 
・世田谷区がやる(必然的に職員数は増+きめ細やか迅速)

という岐路に立たされている。東京都が納得し移管すれば話は早いが、頑として権限を手放さない場合、世田谷区長が設置に動くか、政治決断となろう。

念のため、世田谷区がやる場合、親子分離の一時保護所や児童養護施設は、23区内その他の自治体との協定で、広域分散となり、誰がどこにと、すぐわかってしまうことはない。

その他財源の関係もあるが、これはまた別の機会に。

世田谷区は未だに「地方公共団体団体」ではありません。それどころか2000年(平成12年)までは東京都の「内部団体」でした。区議会すら擬似的会議体と東京都の役人に言われたらこともあります。現在、23区は「特別地方自治体」という位置付け。

一番上に載せた「ルポ児童相談所」は最新の情報書であり、手続き論のみに囚われていては何も良くならない、ことがわかる。このことについてはまた。



役人と役者の間


日本の金融はどうなっているのか。アベノミクスも、モリカケ問題同様、日銀役人は何でもやるのだ。

しかし、じっくり考えてみれば、小手先の禁じ手であることがわかる。

首相の身内の失敗も、経済政策の失敗も、無かったごとく取り繕わなくてはならない、今の役人稼業。

取り繕うことが役人の目的化しているとすれば、それは能力の無駄使いだろう。

「税金の無駄使い」の背後には必ず「役人の能力の無駄使い」がある。