ラベル その他 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル その他 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020/01/02

けっこう世田谷区には狭小神社がある


●それなりに、東京はおだやかな正月。

●働き方改革のためか、年末年始テレビも人気番組の一挙再放送をして、かつてのような騒ぎ方が減ったように感じる。



●そういえば年末の毎日新聞下段に、シルバー川柳の本の宣伝が載っていた。タイトルが川柳そのものなので、問題なかろう。

●「寝坊して雨戸開ければ人だかり」

●なるほどねぇ。しばし考えて得心。独居老人は増加中である。


2019/05/27

中傷チラシは立派な犯罪!

中傷チラシは立派な犯罪です。

記事によると約2年前の都議選の時の“事件”なんですね。

選挙が終わってしばらくたったから、「何もなかった」ということにはならないということ。

2019/01/04

「ワープロはいずれなくなるか?」という質問に30年前のメーカー各社はどう答えた?


30年前の雑誌DIMEの企画が1日に再録されている記事が面白く、興味深かった。

https://dime.jp/genre/644604/

題して

「ワープロはいずれなくなるか?」という質問に30年前のメーカー各社はどう答えた?



NEC「ワープロは文書を書く機械として特化されていますから、その必要性はなくならないんじゃないかな」
キヤノン「ワープロがパソコンに取り込まれることはないでしょう」
シャープ「人間の扱う道具は使いやすいことがいちばんだと思いますから、ワープロは文書専用機として残るでしょう」
東芝「そんなこと誰が言っているのですか。パソコンとワープロはこれからますます共存共栄していきますよ。今はワープロとパソコンの台数がほぼ同数ですが、将来的には、ワープロ10に対してパソコン1ぐらいの割合になると思います」
富士通「たとえば車の会社を考えてみてください。セダンをワープロとすれば、パソコンはトラックに相当します」
松下電器「5年前、パソコンの普及台数は100万台、今は120万台と伸びはゆるやかです。一方、ワープロは30万台が280万台にまで伸びています。この数字を見ただけでも、パソコン社会よりワープロ社会到来の方が早いと考える材料になります」
                      引用終了
わずか30年で、というと人によって、感覚の違いがあるかもしれないが、まさに、そんな時代があり、当時の各社の意見に疑いもなく、うなづいていた自分を思い出す。

しかし30年たって、今、「ワープロ」という言葉を耳にすることも、そんな“物体”を思い浮かべることすらない。

というより、生活のインフラの中に入って無意識な“存在”となっている。事実、入力はキーボードだし、画面を見ながら、という構造は変わっていない。

実はワープロの創成期に、産業用(会社用?)の少し大型のワープロを見る機会があった。そこには、黒電話の受話器を装着する部分があった。何でも、ワープロとワープロを電話線でつなぐとか。もちろんインターネットなどない時代。

その時思ったのは、ワープロとワープロを電話線でつなぐなら、すでにファックスがあるのではと、凡庸な発想。

そして、30年後。スマホの時代。ポチッとクリックすれば、翌日にはアマンゾンやヨドバシの品物が届く、なんて、想像できなかった。

今ある“景色”の延長線上(凡人の考える)の未来など、ないんだろうなぁ。



2018/11/19

ホボホボは、どっちでもいい?

「結婚は判断力の欠如、離婚は忍耐力の欠如、再婚は記憶力の欠如」という仏作家の至言があるが・・・。

まあ、「結婚」に例えるには無理があるけど。今更ながら「忍耐力の欠如の記憶」の「欠如」なのだろう。

「忍耐力の欠如」は、2016年6月に行われた英国のEU離脱の国民投票結果で発生。離脱賛成52パーセント、離脱反対48パーセント。

確かに「記憶」に残りにくい。いまどきなら「ホボホボ」。

今となってやっぱり離脱はいやだ!というのは国民投票の“過半数成立”というのが、判断基準として持続性がない証拠ではないのか。




2018/06/28

失敗の科学


この本は、まさに失敗の教訓が満載だ。その一つがマージナルゲイン
(小さな改善)というアプローチだが。

例えば、貧困のテーマとしてアフリカの問題がある。(著者は英国人)
具体的には、アフリカの貧困地域に『教科書を無料配布するプログラ
ム』は学力向上に効果があるのかどうか検証した話が出てくる。過去
の観測データでは、教科書を無料配布した学校には、テスト成績向上
の傾向が見られた。

ただし、今回の検証は、同じ地域での使用前・使用後というものでは
なく、アフリカの学校を2つのグループにランダムに分けて、一方の
グループには無料配布の教科書を配り、もう一方には配らなかった。

その結果は、成績の差はなかった、つまり無料配布の効果は見られな
かった。

なぜか?

それは教科書が英語で書かれていたからで、貧しい子どもたちの大半は
アフリカの首都圏から遠い地域に住んでいたために、英語は第三言語で、
そもそも内容を理解しづらかったという、オチ?だった。

しかし、こういう検証がなければ、読まれない教科書を永遠に無料配布
していた可能性があるので、貴重である。

世田谷区もこれだけ広くて、人口も多いので、グループ分けの検証を積極
的にやって行くべきである。









2018/06/26

映画「万引き家族」を素人が語ってみる


外国映画祭で最高賞をとったこともあり、事前情報(内容)をある程度知らされていたが、上映2時間は、あっと云う間に過ぎた。

ただし、児童虐待の描き方は、公開直前に報道された「目黒5歳女児虐待死」事件には、かなわない。

以下、素人が感想をつぶやいてみる。

きっかけは、作品がパルムドールをとったから。たぶん、すごいなぁといった角度から簡単に乗せられた口。

しかし「万引き家族」という邦題から、挑戦的な仕掛けが内包されている。

「万引き家族」の英語表記はShopliftersフランス(審査員側)では家族という感覚がどうあるのか、不明。

映画評では、ことさら「擬似家族」とか反射ワードが放たれていたが、それって監督に乗せられている感じ。

「万引き家族」には「暴力」が見えない。

映画の面白さは、ありえないことを前提なしで、やってのけることに、ある。(たぶん「虚構」という部分だ)

「万引き家族」の「虚構」はどこに隠されているのか。

「暴力の排除」であろう。少なくとも「万引き家族」の内部での暴力は、その気配さえ微塵もない。(1回しか観ていないので記憶は定かではないが)

「貧困」と「触法」と「違法」に囲まれて、「小さな良心」が「大人の都合」をぶっ壊せない。

どう見ても、リリー・フランキーなんて、(これはあくまでも役柄のこと!)子どもに暴力で悪事を教えている役だろう。

リリー・フランキー、安藤サクラ、樹木希林、プラス子役とくれば、役者の実力で、ほぼ成立する映画だ。特に、安藤サクラは「百円の恋」での圧倒的な演技が忘れられない、を超えてありそうな主婦にうまく着地している。(敬称略)

最近の映画は、「暴力」を「余命何日」や「不治の病」に置き換えて、巧妙に前提から外している作品が少なくない。まあ、対局に「アウトレイジ」という系列もあるが。

「万引き家族」は天使たちの映画なのかもしれない。







2018/02/04

バブル破綻の兆候

上記写真は、左側が道路でそれに接する40坪の空き地である。コンクリトートの木枠が残されたまま荒地となっている。

この土地は私の家の近くで、近くに住む区民の方から直接聞いた実話。

この土地には以前、平屋で数人の家族で住んでいたという。それが事情で売却となり、更地となって、或る個人が購入。不思議なことに登記を調べると、東海地方の地方銀行が土地購入額の数倍の担保設定で融資していた。

実は、土地購入者と地方銀行との間に、アパート建設業者みたいなのが入っていて、実際、このアパート業者が全体のビジネスプランを考えていた。

なんと、数人の一家が住んでいた土地に14の居室からなる木造2階の建物を作り、一室5万前後で貸すというプランという。

当然、近隣の住民はゴミ出しや自転車等の問題等々と心配は広がったが。

地方銀行は、現物も見ずに5万×14室で月70万、年840万の家賃収入と見たのだろうか?これなら貸せる!とでも確信したのだろうか。

近隣の状況から比べれば、このプランの居室はタコ部屋同然、しかも最寄り駅が格段に近いということでもない。この家賃で借りる人はいないと考えるのがフツー。

実は、このアパート業者の管理するアパートは都内にいくつかあって、見たところ全室埋まっている所はなく、むしろほとんど空室の方が多かったのが実態。

さて、当該の土地の売買があったのが2年前。1年前から工事が始まり、建築か?と近隣が思った矢先、工事が中途半端なところで止まった。

工事現場を撤退する業者に聞いたところ、(アパート業者が)カネを入れてくれない、とのこと。以来、基礎部分にコンクリを流しただけで表の鉄筋は錆びつき、約1年ほどたったころ、つまり最近になって、破産整理の不動産会社の人が現れて、購入者は破産し、お金を融資していた地方銀行も融資額の半額での土地売却を決めましたとのこと。

以上、個人情報も含まれるので漠然と記してみましたが、このような形での投資話が進んでいたことに驚き。

というのも、地方銀行と言っても、その地方では名門と呼ばれている銀行だそうで、こんな無謀なビジネスモデルで過剰融資をしているとは信じられないのだが・・・事実。

この土地はまだ売れてはいないので、地方銀行にとっては、いわゆる不良債権である。

需要がないところに、大量の貸室を作って大赤字。バブルの崩壊の一端である。都内には投資物件として買われているマンションもあるという。

この地方銀行の不良債権はこれだけなのだろうか。かつて過剰融資に走った、その名も都市銀行と呼ばれた銀行は13行もあった。今はいくつだろうか。いずれも不良債権整理でつまづいていったはずである。

バブル破綻の兆候は身近なところにあった。

財政危機につながるバブル崩壊


2月2日の毎日新聞夕刊によると、現在の景気では、3つのバブルが発生中とのこと。

一つは株式バブル。二つ目は仮想コインにみられるようなマネーゲーム化している個々の対象物。そして三つ目は限定された地域だけの不動産バブル。

上がるから買う、買うから上がるというループに陥っているのが上記の3つの経済現場。すでに仮想コインはバブルがはじけ始めている。

そもそもこれらの推進力となっているのが、日銀の緩和策と公的年金資金の投入。結果大量の資金が株式市場に流れ、さらに不動産投資信託にも流れているという。

本来、需要がないところに、日銀がお金を出しまくり、資金運用先に困った会社や個人が、単に上がるからという理由だけで事実上の投機に手を染めてしまっている、といったところか。

不動産も、ブランドのある地域や駅から5分以内という物件はバブルの対象になっているらしいが、それ以外の地ではバブルの波は及んでいない。

そもそもマイナス金利では、銀行はどうやって存在できるのだろうか。

記事では今回のバブルは限定的にお金が集まっているところだけだから、まともな民間企業は内部留保を十分に備えているので、大半の国民は好景気の実感がないのと同様に、バブルがはじけても、その被害はないだろう、しょせん富裕層の出来事のように書いているが、そうだろうか。

まあ、まともな民間企業が仮想通貨にそんなに深く突っ込んでいるとは思えないが、株式や不動産にはどうだろうか。結構内部留保をつぎ込んでいる可能性もある。

さらに根っこのところで国民の公的年金を使っているのだ。その巨大さ故、売ることは相場全体へ多大な影響を及ぼす。不動産ファンドも同じ。しかし売らなければ“換金”できない。ジレンマのバブルだ。バブルの究極は誰が先に売るか、である。

経済の歴史は富裕層の起こしたバブル崩壊が富裕層だけにとどまらないことを教えている。

私たちにできることは、富裕層のバブル周辺を指して経済は順調と叫ぶ日本のトップ(政府)をどこまで信用するかだ。交代するトップがいないのが日本の危機なのだが。

2018/01/31

都合の良い好景気

今週の新聞はあちこちで、「バブル期並み完全雇用」「失業率、23年ぶり2%台」「雇用改善、求人倍率44年ぶり高さ」などの見出しを踊らせているが、本当だろうか。

これは先にもあげた、「アベノミクスによろしく」でも指摘されていたことだが、一つの事実を、あたかも全体であるかのように伝える、昔の大本営発表と同じである。

それもあってか、各紙、“本当の”解説を行なっている。


雇用改善といっても、あまりにも偏りがある。総務省の発表では、職業別の有効求人倍率は、警備員や交通誘導員などの「保安」が 3.52倍から7.23倍に、飲食店などの「接客・給仕」は、2.11倍から3.85倍に上昇。

一方で、「一般事務」は、0.18倍から0.35倍に、「営業・販売関連事務」は、0.64倍から0.89倍に上昇したものの、1を切っている状態で、仕事が足りない状況。

そういえば、アニメ「サザエさん」の提供が東芝からアマゾンに変わるとか、あのNECが今後3千人のリストラ、昨年のニュースでは、メガバンクのみずほが1万9千人減、100店減(今後10年間かけてらしいが)という状況だ。

銀行が縮小するということは従来の資本主義が機能しなくなることを暗示しているのだろう。最近は仮想通貨なるものもある。自治体運営・行革は非常に難しいところに来ている。




2018/01/30

言葉だけの政治



さて、公開されたデータをもとに現在の経済状況を説明してみた本、「アベノミクスによろしく」によれば、景気が良いというのは、円安と株高と人手不足を、政策的ななトリックまぶして錯覚させられているらしい、結果多くの国民に実感が行き渡らない。

根本的には「需要がない」、ことに尽きる。らしい。



真山仁氏の「オペレーションZ」も借金大国ニッポンの財政破綻を描いていが、社会的弱者すなわち、どんな悲惨さが起きるのかという視点から、もっと書いて欲しかった。

例えば、国民健康保険は、1960年代に日本で整備されたというが、当初は同一疾病の給付期間は3年という限度があり、それを越えると保険給付は打ち切られた【島崎謙治著「医療政策を問い直す」より】という。

結局、昔にもどるとなると福祉に優先順位をつけろ、ということにつながる。財政破綻とは福祉の崩壊を意味する。

それにしても、昨年からの国政における野党の失態は、ある意味国民から政治への信頼をめちゃめちゃにし続けている。

一方で、与党は(たった一人かも知れないが?)憲法改正だと叫んでいる。そもそも勝手に解釈改憲できるのなら、憲法改正手続きなど必要無いのでは。

政治の言葉が軽い。人ごとではもちろんない。

2016/06/24

質問力

こんな人生もあったんだ、と驚きの一冊。

イメージは誤解と隣り合わせだ。

小倉氏といえば、クロネコヤマトの宅急便の創設者であり、現在のネットビジネスのインフラを築いた経営者として有名であり、かつて国の規制と戦い抜いた勝者でもある。

筆者は小学館ノンフィクション大賞を史上初満票で受賞した森健氏。それまで誰も光をあてなかった疑問からドキュメントは始まる。

いわば、質問力(疑問力)がこの本のすべてといっていい。その質問(疑問)を丁寧に追っていく過程が素晴らしい。なぜ小倉昌男氏は、晩年それまで公表された人生の中で、なんの関係性もなかった福祉にのめり込んでいったのか。


同じく興味深く読んだのが「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」。

こちらも経営の極意は質問力(疑問力)だと喝破している。

この世の中おかしくない?なんでこんなことできないの?なんでこんなものないの?

交渉会派から離れて、質問力トレーニングしてみようと思う。

今、政治は何でもあり、何もできない状態に落ちている。

2016/02/13

国家資格


2月10日の「クローズアップ現代」を見て驚いた。いわゆるマッッサージ業界では、国家資格を持つ者に効能表示が許されず、国家資格ではない業者には効能表示は“野放し”状態だというのだ。



身体構造もわからないまま、施術をして、毛細血管が破裂した被害もあるという。国家資格及び非国家資格には気をつけないといけない。表示だけではわからない世界である。

2015/04/23

また出た保坂区長の、“見直し発言”


23日の朝日新聞が報じているが、また保坂区長は世田谷の“政治的火薬庫”と化している下北沢再開発で「見直し発言」をしている。

事実上の再開発事業ストップ発言のようである。しかし4年前の区長選でも見直しを公約に掲げた保坂区長、就任後には明確な方針を示せず、今日に至っている。

にもかかわらず、またこの時期にである。

道路はつながってこそ道路であり、つながらなければ単に公共空地でしかない。地元の人にとってはそれでも良いのかも知れないが、通れない道路というのは隣接している住民にとってはどうなのだろう。

東京都としても道路の“切り売り”をしているわけではないから、つながらない道路など認めないだろう。

言ってみたものの、明確な方針すら出せなかったことだらけの4年間を知る者としては、またか、とため息ばかりである。

2015/04/15

まさかの坂

「まさかの坂」というのはあるんだなと、15日の東京新聞の記事を読んで思った。

 三鷹市の話。市長候補予定者が13日に急病で倒れ、立候補不可能に。ええっ、1週間遅れたら選挙戦のさなか。

 事実上の現職の後継者と目されていたので先に引退を表明した現職が、急遽、引退を撤回して再出馬に。こんなドタバタは聞いたことがない。

 倒れたのが13日、告示は19日。現職も半分引退人生を設計していたであろうと思う。

選挙は終わるまでわからない。

2015/02/20

選挙法違反の警告

以下は「警告状況報告書」という警察(警視庁)の文書(本物のコピー)である。現職の区議でも、こんなことしている。(地域、時期等を伏せるために黒塗りを増)まあ、察しがつく人はいるかもしれないが。適用法条が公職選挙法143条16項ということは個人名だけののぼりかもしれない。

2014/04/01

糖質制限食の安全性を確認

近ごろ話題の書「炭水化物が人類を滅ぼす」(夏目睦・著・光文社新書)は、「現在の栄養学(食の科学)が、じつは科学から程遠いところで成立しているから」結果として人類は滅びるという話である。
著者の言いたいのは「間違った栄養学が人類を滅ぼす」ということであろう。そしてその“立証過程”が実に面白い。次の一文などハッとしてしまう。
「体温は最高でもせいぜい40度Cであり、この温度では、脂肪も炭水化物も「燃焼」しない。つまり、人体内部で食物が「燃えて」いるわけがない。そもそも、細胞内の代謝と大気中の燃焼はまったく別の現象である。」(P167)確かに言われてみればそうである。ここから栄養学が、物理学的燃焼を栄養学的カロリーに置き換えている問題をさまざま論証している。

そういえば、日経新聞に糖質制限食はいろいろ問題視する向きもあるが、調査したところ逆に糖質制限をした方が、心血管疾患で死亡する危険性が低く、特に女性において顕著だったという記事があった。これなども著者の主張を裏付けるものだろう。

生活習慣病が現在の医療費増大の根源にあるとすれば、食生活の改善とか適度な運動以前に、ひょっとして“食生活の常識”から問いなおして行く必要があるのではなかろうか。

2014/03/29

ふざけた野郎は許せない?後藤さん!

連日マスコミを賑わせている、野党(?)の党首。
8億円は何に使われたのか?
自分でわからなければ、“強力な助っ人”に頼めば良い。後藤さんのスピーディーな正義が光る。

2014/03/14

GPS地震予知 当たる?

 3月9日にフジテレビ(Mr.サンデー)で放送された東京大学名誉教授村井俊治氏の「3月ぐらいまで」に南海地震が起こるという予測が当たった。(のではないだろうか。)

3月14日午前2時6分に西予市を中心に震度5強の地震が発生した。村井名誉教授は地震の専門家ではないものの、むしろ専門家でないから独自のGPS情報で土地(地盤)の位置変化をに着目した予測技術を編み出したという。これからますます注目されるだろう。

2014/03/04

勝ったのは

3月4日の朝日新聞のど真ん中、見開きの全面広告には驚いた。
ライバル社の商品を並べての勝利宣言。500人の調査だけど・・・。広告業界もグローバル化なのだろうか。
勝ったのはペブシ、しかし買ったのはコカコーラ、なんて・・・反撃広告も日本語ではあり。

2014/02/14

本当は薄っぺらな政権?

 13日の毎日新聞の大型コラム「御厨貴の政界人物評論」には驚かされた。官房長官の菅義偉氏のことを取り上げているのだが、言葉を慎重に選びながらも安倍政権への酷評としか言いようのない筆致である。
 まず菅官房長官が官僚を束ねているのは“反専門性”だと云う。「・・・縦割りに縮こまる官僚の姿に・・・官僚の習性を読み取った菅は情報の『錯綜』という情報を効果的に用い、専門性をもって政治家に対峙する官僚組織を反専門性で『グリップ』していく体制を確立する」
 “反専門性”なる言葉が異彩を放つが簡単に言えば後段で示される“選挙感覚”とでも云うのだろうか。「多くの課題は専門性に依拠する縦割り官僚制では解決できないから」ということらしいが、だからといって日本国の舵取りが“選挙感覚”で解決できるとは思えない。

 そんなことだから、とんでも無いことが起こる。以下は時事通信の電子版のニュース。

安倍首相に批判相次ぐ=解釈改憲めぐる答弁―自民総務会

2014年2月13日(木)12:57

 13日の自民党総務会で、集団的自衛権行使を可能にする憲法解釈変更をめぐる安倍晋三首相の国会答弁に批判が相次いだ。
 問題視されたのは12日の衆院予算委員会での発言で、首相は解釈変更について「政府の最高責任者は私だ。政府の答弁について私が責任を持って、その上で選挙で審判を受ける」と強調した。
 総務会で村上誠一郎元行革担当相は「首相の発言は選挙で勝てば憲法を拡大解釈できると理解できる。その時々の政権が解釈を変更できることになる」と非難。村上氏の主張を、野田毅党税調会長が「正面から受け止めるべきだ」と支持し、船田元・憲法改正推進本部長も「拡大解釈を自由にやるなら憲法改正は必要ないと言われてしまう」と指摘した。
 野田聖子総務会長はこの後の記者会見で「誤解を招くことがないよう(首相に)提案したい」と述べ、総務会の意見を首相に伝える考えを示した。 

 首相の発言はコンビである官房長官との共同制作である。
 “選挙感覚”第一主義のコンビであるから憲法すら恐るるに足らずという不見識な馬脚を晒してしまったのである。このあたりは仲の良い大阪市の橋下市長の影響を受けているのかも知れない。「菅は、舛添要一や橋下徹という異質の政治家との交流から、早くに政治家の古いしきたりにも見切りをつけていた。」と筆は進む。古いしきたりとは保守政治の源泉ではないのか?
 「国民にとって大事なのは目先のことであるとすれば、まずは経済、それも景気回復ではないのか。この基本に立ち返ったことが、安倍ー菅のこの一年の選挙における勝利をもたらした。」
 もっともらしいが、日本国の舵取りが国家百年の大計どころか、目先の選挙だけで政権運営をしている危うさを指摘している。
 さらに「菅は『政局通』でも『政策通』でもない。政治に過剰な思い入れをしない。」と断じている。これは政治家にとって誠実な評価だろうか。簡単に云えば、選挙テクニックだけで中身のない政権運営をしている、そんな思いを筆者は感じているとしか思えない。
 それは官房長官というナンバー2だからこそであり、中身はナンバー1である首相が考えるものという立場をわきまえているからとも評している。「実力長官は、次なる首相へのささやきに身を任せた時、破綻を招いた。当然菅はそれを自戒する。」
 このコラムから見えてくる安倍政権とは、「菅がつき、菅がこねし天下餅、すわりしままに食うは安倍」という構図である。しかしながら、せっかく菅官房長官が官僚の専門性を超える“反専門性”という“選挙感覚”で作り上げた天下餅を、安部首相は古い日本への回帰という別の角度から食べ始めている。“右より感覚”とでも云うのだろうか。
 菅官房長官の“選挙感覚”で稼いだ政権力を、安部首相が“右より感覚”で消費している感じとでもいうのだろうか。そして菅官房長官の“選挙感覚”は目先の経済ということである。これを逆さまに見れば、目先の経済が落ちれば連鎖的に安倍政権は終わる、ということである。
 しかもこのコンビの共通性は専門性がないということ。そのことは上記の時事通信のニュースでも端的に表れているし、先般の「特定秘密保護法」の余りにも杜撰な作りにも出ている。
 ましてや財政再建や社会保障に至っては床屋政談レベルなのかも知れない、と疑ってしまう。