2010/03/28

予算委員会での質問その後


■3月15日の予算員会で終末期医療における「胃瘻(いろう)」の問題について質問した。現実に区立特養で起きている問題でもある。当日は現場からの声をもとに問題点を浮き彫りにしたつもりである■しかし時間が足りず、不足していた部分もあったかも知れないと思っていた。或いは私だけが問題視しているかも知れないと受け取られたかも知れない、と思っていたところ3月27日のNHKのサイエンスゼロという番組でまさに、このことが取り上げられていた■特養という介護施設と医療施設との行ったり来たりで、人生の終末期の医療のあり方が何ら問われず、これまできた■委員会質疑のあとで私の「望まれない医療」という言葉にカチンと来た委員もいたが、これは現実の問題として理想論として導かれる問題ではない■上ではその一部を引用アップしたが、来週再放送されるので全編を見ることをお薦め■されに3月17日に行った都市整備での「畦畔」に関する質問についても都政新報に詳しい。(クリックで拡大)

2010/03/15

畦畔(けいはん)問題のそもそも

■畦畔(ケイハン・あぜ道)の問題の起源は明治時代にさかのぼる■今日、普通に「土地の所有権」と言っているが、そんなに古くからある感覚(権利意識)ではない。特に農地に関しては明治に至るまで「所有」という感覚は薄い■ましてや江戸時代、農地の売買は禁止と決まっていた。さらに水戸黄門ではないが、殿様の命令は絶対である。領民にとって所有意識どころかあらゆる権利意識は殿様次第という不安定な時代だった。たった140年ばかり前のことである■そういう時代からの大改革が明治になって行われた。地租改正である。地租改正とは日本史で習った記憶はあるが、そのリアリティまでは知らなかった。その後の土地本位制の日本を考えるととてつもないターニングポイントだったと思う。その地租改正については2005年5月に放送されたNHKの「明治 税制改革」が詳しい(その部分をアップ)
 
■要するに地租改正とは廃藩置県で大名や殿様が消え、中央集権国家になることで、国家とともに国民が誕生したというエポックメイキングな出来事である■自分の農地の所有を国家が認める代わりにその農地に相当する税金を払えというのが大まかな流れである。しかしその過程は複雑かつ内乱に近い大紛争を経ている が、ほとんど伝えられていない■大紛争の部分を除いて簡単に言えば、農民にすれば米の生産性がある土地は所有したいが、生産性のない土地は持ちたくない。 この心理が現在に至る畦畔(ケイハン)問題の核心である■具体的にはこういうことである。田んぼの「田」の字を考えてみるとわかりやすい。畦畔(ケイハ ン)とは「田」の字の中の「十」の部分である。この部分は畦畔(ケイハン)であるから米の収穫はできない。農民とすればこの「十」の部分の面積は所有から除き たい、そうしなければ余計に課税されてしまうからである■そこで全国の農地から「田」の字の「十」の部分の所有権を申請しなかった■当時の政府は国土を 「官有地」と「民有地」と単純に二分したので、所有権の無い土地はすべて「官有地」になった。つまり「田」の字の「十」の部分は「官有地」になってしまっ たのである■ただし農業は「田」の字単位で営まれていたのでその中の「十」の部分がたとえ「官有地」であっても誰も関心を寄せなかったのだろう。そのこと がますます曖昧にしていく原因となる■その後、この状態を引き継ぐ形で土地登記制度へ移行していく。そして、農地が農地として利用されている間は、まだ問 題は表面化しなかった■しかし戦後、土地利用が多様化するなかで、例えば世田谷区のようにほぼ全域宅地化すると「田」の字の「十」の部分は問題となる■そ もそも農地の規模と宅地の規模はケタが異なる。農地にあっては些細な「十」ではあっても宅地とすれば結構な面積となる■さらに農地の形態が果たしてもとも と「田」の字であったのか「目」の字であったか、はたまた「日」の字であったか、昔の記憶が不正確なまま宅地化が進められると「官有地」即ち「国有地」の 位置は一層わからなくなる■世田谷区の道路は迷路だとタクシーの運転手さんは言う。現在でも地域によってはその通りである。それは農道のまま区道にしてし まったからである。そしてその周辺には畦畔(ケイハン)がある可能性が高い。(参考文献「明治国家と近代的土地所有」奥田晴樹)

2010/03/13

区側敗訴、最高裁判決

■ここ何年か世田谷区議会で議案として問題となっていた裁判結果がようやく出た■住民勝訴、世田谷区の敗訴確定(ちなみにこの裁判は区民によるもので議員は誰も係わっていない)■実はこの裁判、世田谷区民にとって他人事ではない。関係する人は推定で数百人から数千人と言われている。とにかく世田谷区がロクに調べもせず、国有地を区有地にしたものだから混迷は計り知れない■これこそ行政の怠慢が最高裁で決定された、ということである■記事にもあるとおり、国へ譲渡申請した土地は480ヘクタールで、本裁判のように民有地に紛れている畦畔(あぜ道)は1割とも2割とも言われている(480ヘクタールという大きさは目黒区の3分の1、千代田区の半分の面積であり、なぜか沖縄の普天間基地の面積とピッタリ同じ面積である)■この1割とも2割ともというのは世田谷区の公式見解である。とにかく調査していないのだからわからない■つまり区はわからない土地を指して区の土地だと主張して、最高裁に門前払いされた、ということである。このような裁判は二度とやってはいけない。そのことを議会で主張してきたのだが。

2010/03/11

世田谷ロール?

 ■前夜からの雪が止み、10日の朝には世田谷だけなのだろうか、珍光景が出没したとのこと■そのことが11日の朝日新聞のコラムに載っていた。記事の写真。まさに雪がロール状にクルクルと巻いている。記事によると「家の屋根などから雪の塊がガラスの雪面に落ち巻かれたのではないか」とある■しかしそれは違う。確かに記事では近くに家の屋根があるのかも知れないが、屋根のない青空駐車場でも同じことが起きていたからである■実は世田谷区役所の青空駐車場で全く同じ珍光景を見つけたので撮影しておいた■まさに世田谷ロール。現在、予算審議の真っ最中。これが世田谷区の財政状況を暗示するものでなければ良いのだが。
 

2010/03/08

たとえば

■実験的に作成。見られない場合はココをクリック!

2010/03/07

自己満足の世界

田中優子議員のブログが“動いている"ので、一つ作ってみた。(でもこれって“終わった人"の追想みたいな感じもする)おーいまだ元気で生きてます!!中味の方はおいおいと■それにしても、こんなことが出来る世の中になるとは■情報公開としての活用を考えていかなければならない。

2010/03/04

説明できない多数決の危うさ


■3月3日放送の『みのもんた朝ズバッ!』での費用弁償の特集(下にアップ)は、かなり衝撃的だった。特に議会への交通費を上回る金額について、無感覚の議員の発言には、まさに知らないことは恐ろしいことだと思わずにはいられなかった■日本は法治国家であり、その立法は議会が担っている、(と言っても誰も信用しないだろう)実際は役人や官僚による行政が立法機能を運営している■その中にあって唯一といってもよいくらい、行政が“遠慮している分野”がある。それは議員自身にかかわる法律の分野である■“法律のプロである行政”が遠慮するとどうなるか。“立法の実戦経験の乏しい”議員たちが自分たちの法律を作るとどうなるか。もちろん“お手盛り”という身びいきが起こるのは当然として、それ以前に立法論もなく決めてしまうという暴挙がおこるのである■立法論とは別にむつかしいことではない。理屈が合うかという程度の論理性である。残念ながら議会というところは多数決で決めれば何でも正しい、という土着宗教のようなものが存在する。実はその宗教を広めたのは行政であり、役人である■長い間の自民党政権のもとで、政策立案とともに立法機能は行政・役人が、政治家は議会内での多数決に集中するように、分業体制が敷かれた。もちろん分業とは名ばかりで99パーセント行政が独占し、最後の1パーセントにも満たない出口部分だけを政治家にやらせようという魂胆である■しかし政治家側からすれば必ずしも悪い話ではない。なぜなら政治家からすれば面倒な仕事の99パーセントを行政がやってくれると思ってしまうからである■結果として、行政・役人の思惑通り、“政治家の宗教は多数決"、崇拝するのは多数派、ということになってしまった。要するに政策の中味についてはそれこそ分業体制だから行政にまかせっきり、ということである。分業体制とは相互不干渉ということである■そこで必然的に発生するのは、“行政・役人に絶対に損にならない政策"だらけということに■ 経済不況が20年も続くと、民間の生活水準が否応なく下がり続け、代わって露わになったのが公務員の厚遇ぶりである。それは法治国家にあって幾重にも法律に守られた鉄壁の身分保障というシステムである■政治が多数決に奔走しているウラで行政・役人は従順な下部のようなフリをして自らを守る法律を通させていたのである■公務員制度改革の本質はここにあるし、この公務員の“過剰包装"をなくしていくことが目的である■さて、ここからが本題であるが、ものごとを決めるのに多数決は合理的な手段である。しかし、その合理的な手段で決めたから、結論も合理的かといえば、必ずしもそうではないということである■現実に、昨今いくつかの所で多数決による政治決定が裁判所によって否定されているのである。多数決で決めても、その決めたことの合理性が説明できなければダメだ、といわれているのである■このことに多くの議会が無頓着である。特に公金の使途については合理的な説明が求められる■その最たるものが費用弁償なのである。それが冒頭の新聞記事である。前回にも書いたが、費用弁償については深い議論がされて来なかったという識者のコメントがある。議論無き多数決は通用しない時代に日本の地方政治もようやく突入したのである。ちなみに札幌高裁判決分の主な部分の写しを下にアップ。
1 費用弁償の趣旨
法203条3項は「第一項の者は、職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる。」と定め、同条5項は「報酬、費用弁償及び期末手当の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない。」と規定している。
この趣旨は、普通地方公共団体の議会の議員等が職務を行うため費用を要した場合には、議員個人に負担させるのでほなく、最終的には公費で負担することとし、議員が費用の個人負担を憂慮することなく、職務遂行に専心することができるようにしたものであると解される。
したがって、費用弁償の対象となるのは職務を行うため要する費用に限られ、この実質を有しないものを費用弁償の対象とする条例は、法203条3項に反し、同条5項により条例に委任された範囲を逸脱するものである。
また、法203条は、「報酬」、「費用弁償」及び「期末手当」について定めたものであるから、その文言上、「費用弁償」は、「報酬」及び「期末手当」に含まれないものでなければならない。

以上のとおり、法203条の文言解釈により、費用弁償の対象は、費用性(職務を行うため要する費用に該当すること)を有し、かつ、報酬性(報酬又は期末手当に該当すること)を有しないものでなければならない。

2 費用弁償における裁量の範囲

条例で費用弁償について定める場合においては、議員が実際に費消した額を領収書等の提示を受けてから弁償する方式(以下「実額方式」という。)が上記の趣旨に最も適合するものである。しかし、実額方式によると、事務が煩瑣となり、費用弁償に当たる側の事務経費を増大させることになりかねないから、「あらかじめ費用弁償の支給事由を定め、それに該当するときには、実際に費消した額の多寡にかかわらず、標準的な実費である一定の額を支給することとする取扱いをすることも許されると解すべきであり、そして、この場合、いかなる事由を費用弁償の支給事由として定めるか、また、標準的な実費である一定の額をいくらとするかについては、費用弁償に関する条例を定める当該普通地方公共団体の議会の裁量判断にゆだねられていると解するのが相当である。」(最高裁判所平成2年12月21日第二小法廷判決・民衆44巻9号1 706貢)。

被控訴人のいう「定額方式Jによる費用弁償を条例で定める場合においては、
1.いかなる事由を費用弁償の支給事由として定めるか、
2.標準的な実費である一定の額をいくらとするか、
について普通地方公共団体の議会の裁量が認められることは上記のとおりであるが、この裁量は、法203条によって法が条例に委任した趣旨に反しない範囲で認められるものである。したがって、1の費用弁償の支給事由は、費用性を有し、かつ、報酬性を有しないものでなければならない。
また、2の標準的な実費である一定の額をいくらとするかの裁量は、最終的には、定額方式における「定額」自体の合理性に行き着くものではあるが、「定額」を算出する過程で、職務行うため要する費用として想定される額を合理的に見積もり、その見積額に基づいて定められたか否かが問われることになる。

立法者(条例においては普通地方公共団体の議会)は、ある立法の必要性・合理性を基礎づける事実、すなわち立法事実を説明する責任を負うと解されるから、本件条例についても、「標準的な実費である一定の額」が合理的に見積もられたものであることは訴訟告知を受けた札幌市議会の議員又は条例の執行に当たる札幌市長において、積極的に主張立証すべきことである。

以上によれば、定額方式による費用弁償は、1費用性を有し、かつ、報酬性を有しない支給事由に基づき、2弁償される「定額」が合理的であるときに、裁量の範囲にあるものであり、適法であることになる。

3 本件条例における費用弁償の合理性

本件条例2条は、「議員が、定例会、臨時会、常任委員会、議会運営委員会及び特別委員会の会議に出席したときは、費用弁償として日額12、500円を支給する。」と定め、本件条例附則11項は、「平成17年4月1日から平成23年5月1日までの間に定例会、臨時会、常任委員会、議会運営委員会及び特別委員会の会議に出席した議員に対して支給することとなる費用弁償の日額については、第2条の規定にかかわらず、10、000円とする。」と定めている。
この規定によれば、本件費用弁償は、議員が議会の会議に出席したときに支給されるものであるから、費用弁償の対象となるのは、議員が議会の会議に出席するという職務を行うために要する費用に限られ、費用性のあるものでも、会議への出席と関係のない費用(例えば、議員の個人事務所の維持経費)は含まれない。
被控析人は、本件費用弁償が交通費(タクシー代も含む。)、日当(費用弁償においては、 会議出席に要する経費その他出席に伴う雑費をいう。)、事務経費その他の札幌市議会議長が職務を行うために要する費用を法203条に基づいて包括的に支給するものであることから、具体的費用、項目を想定して定めたものではないし、実費の算定が困難なものもあると主張する。

(1)被控訴人の挙げる上記の例のうち、「交通費」については、議員が議会の会議に出席するという職務を行うために要する費用に該当し、費用性があることは認められる。しかし、被控訴人は、交通費の見積もりについて、タクシー代も含むと主張するばかりで、具体的見積額を明らかにしない。札幌市議会の議会開催地である札幌市中央区から最も遠い議員の住所までの交通費を、公共交通機関を用いた場合の料金、自家用車を用いた場合の燃料代などの条件で見積もることは 当審に係属してからでも可能であったほずであるが、何ら主張立証がない。なお、会議に出席するために、タクシーを用いる必要がある場合があることは否定されないが、常に必要であるとまではいえず、常にタクシー利用を前提として見積もりがされたとすれば、その見積りには合理性がない。

(2)−般に、「日当」の語は多義的であり、
1.休業補償を含む(例えば、民事訴訟において証人となった者に支払う日当(民事訴訟費用等に関する法律18条1項))こともあるし、
2.昼食代を含む(例えば、出張など本来の勤務場所と異なる場所で勤務させるときに支払われるもの(国家公務員の旅費に関する法律6条6項))こともあるし。
3.1日を単位として支払われる報酬の意味で用いられることもある。

しかし、議員が議会の会議に出席することは、本来の職務であって、何らかの休業を余儀なくされることではないから、1の意味での「日当」は、費用弁償の対象にすることができないし、監査委員も本件費用弁償が適法である理由の一つとして、「休業補償」を含まないことを挙げている(甲第2号証の2)。
また、議会開催地で行われる会議に出席するのは、議員が本来の勤務場所において勤務することにほかならないから、2の意味での「日当」も、費用弁償の対象にすることができない。さらに、議員は費用弁償のほかに、報酬及び期末手当を支給されているから、3の意味での「日当」も、費用弁償の対象にすることができないし、監査委員も「報酬としての意味を有する「日当」も含まれていない」と述べている(甲第2号証の2)。
したがって、被控訴人のいう「日当」は被控訴人が主張するとおり、「出席に伴う雑費」と同義であり、他の意味での「日当」は含まれない。

(3)被控訴人は、出席に伴う雑費という意味での「日当」及び「事務経費」について、例示を挙げることなく、様々な費用を含むと主張するにすぎない。
したがって、これらは、会議への出席に伴って生ずる交通費以外の費用をいうと解さざるを得ない。

なお、当裁判所は、平成20年9月12目の第1回口頭弁論期日において、被控訴人に対し、交通費以外の、議員の会議への出席に伴う雑費であるいわゆる「日当」及び「事務経費」の具体的内容を明白にするように求釈明し、被控訴人はこれに応じ、同年10月17日付け準備書面を提出したものの、求釈明に対する明確な回答は記載されていない。このことからすると、被控訴人は、議員の会議への出席に伴う交通費以外の雑費を具体的に観念することができていないのではないかとの疑問を払拭し得ない。

交通費は、特定性があり、かつ、費用性の明らかなものであるから、最も経済的な通常の経路及び方法により算定されたものである限り、費用弁償に上限は設けるべきではない。これに対し、交通費以外に、議員の会議への出席に伴って生ずる、具体的に特定されない種々の費用については、これが発生することが考えられなくはないが、特定性がないから、報酬性を帯びないものとするためには、合理的上限額を定めるべきであって、この額以下であるとき初めて適法であると解される。

国家公務員の旅費に関する法律6条6項の「日当」は、旅行中の昼食代を含む種々の費用に充てられるものと解されるが、その額は同法別表第一の一に定められており、「指定職の職務にある者」の日額が3000円とされている。これと比較するならば、議会が本来の勤務場所である札幌市議会議員にとって会議に出席するときの「日当」は、 上記の3000円から昼食代相当額を控除した額が合理的上限額である。

また、札幌市内各地から札幌市議会の会議に出席するための交通費を、公共交通機関による交通費をもとに算定すると、豊平峡温泉などの特に遠隔地からの場合(往復千数百円)を除き、市内各地から議会開催地である札幌市中央区まで往復約1000円以内の場合がほとんどであることは、裁判所に顕著である。

したがって、交通費及びこれ以外の、議員の会議への出席に伴う雑費であるいわゆる「日当」及び「事務経費」を費用弁償の支給事由とし、一律の日額として定めるときは、上記事情を考慮して算出される額が合理的上限額であるということができる。

(4)以上によれば、被控訴人の主張する費用弁償の支給事由のうち、具体的に特定される支給事由は交通費のみであり、議員の会議への出席に伴う雑費であるいわゆる「日当」及び「事務経費」を加算したとしても、日額1万円は、議員の会議出席に要する費用の3倍程度に当たることは明らかである。

(5)被控訴人は、原判決書別紙4の「各政令指定都市における費用弁償額」にあるとおり、他の都市における支給額の定めなどを考慮すると、日額1万円が不相当に高額とまでいえず、本件条例2条及び同条例附則11項に規定された費用弁償の支給事由及び額が法203条により札幌市議会に与えられた裁量権の範囲を超え、又はそれを濫用したものであることを認めるに足りる事情はうかがわれないと主張する。
原判決書別紙4の「各政令指定都市における費用弁償額」は「住民監査請求監査結果」(甲第2号証の2)4頁の表と同一であるところ、この表によれば、監査結果が出された平成19年7月25日現在で、政令指定都市における費用弁償の定め方は、札幌市と同じく、一律日額1万円としている都市が4市(仙台市、名古屋市、京都市、福岡市)ある一方全く支給しないこととしている都市が5市(さいたま市、横浜市、浜松市、大阪市、堺市)、公共交通費の実費を支給することとしている都市が1市(静岡市)、距離に応じて−定の幅で支給することとしている都市が2市(神戸市、北九州市)あることが認められる。したがって、政令指定都市において、費用弁償として一律の日額を定めるのは、上記の表の都市全体の半分にすぎず、必ずしも主流とはいえないし、都市の面積や人口によって一定の傾向が認められるものでもない。実費方式(静岡市)など−律日額以外の定め方をしている都市の実情を調査したが、札幌市においては採用することができない事情があったのであればともかく(被控訴人からそのような事情の主張立証はない。)単に一律の日額として定めた額が他の政令指定都市における費用弁償と横並びであることだけでは、合理性を基礎づけることはできない。

(6)以上のとおり検討したところからすれば、本件費用弁償は、交通費及び出席に伴う雑費の弁償を行う限度では合理的裁量の範囲内にあるが、これを超える部分は。裁量権の範囲を超え、又は裁量権を濫用したものである。

本件費用弁償は、上記のとおり、一部に違法な部分を含むものであるが、費用弁償の具体的金額は、本来、条例によって定められるべきものである。
本件費用弁償の額は、必要と見込まれる費用額の3倍程度の日額が一律に支給されたものであるから、被控訴人においては、全体が違法な支出として、本件費用弁償を受けた者に対し、ひとまず全額を返還するよう請求すべきである。

4 結論

以上によれば、平成18年6月から同19年5月までの費用弁償額についての控訴人の請求は、理由がある。よって。これと異なる原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

札幌高等裁判所第2民事部

費用弁償

■ここでいう費用弁償とは議員が議会に通う交通費のことである。世田谷区は現在、一日6千円(2キロ以内は4千円)支給さ れる。もちろん実際には往復千円もかからない。つまり差額が“利得”となっている(この“利得”については受取拒否をすることができない。寄付に該当し重 罪扱いというまことに厄介な制度)■この問題については全国でも問題になっているし、『せたがや政策会議』でも7年前から一貫して実費支給に改めるべき だと議会の中で主張しつづけている■今般、ようやく議会で議論されるようになった。理屈が正しくとも“手続き”を経なければ合法化されないのが民主主義で ある。上掲の動画は3月3日の「みのもんた朝ズバッ!」でとりあげられた費用弁償特集の一部。大森名誉教授の費用弁償の経緯はわかりやすい。

2010/03/01

2月24日の代表質問

■昨日は一日中、津波警報であわただしかった。3メートルと言われると相当の恐怖だ。まさかチリの大地震で日本が水害とは考えてもいなかったが、5日前の代表質問で、まさにこの水害対策を取り上げたばかりだった■ましてや今朝の朝日新聞では外国人向けの災害情報が間違っていたとの報道。代表質問では区内の外国人向けの情報提供の必要性を訴えていたばかりである■世田谷区の場合、主に河川や豪雨対策であるが、地震から津波も河川を逆流することを考えれば、天変地異すべからく、避難所はどこか日頃からアタマに叩き込んでおいてほうが良い■それが今回の代表質問の骨子である。『せたがや政策会議』を代表して質問したのは田中優子議員。下の動画が見られない方はユーチューブへ。(ここをクリック)

2010/02/15

与謝野氏の質問

■与謝野氏の質問は、よく練られていた。集中力をもって質問を聞かないと、過った答弁となる■実際、与謝野質問では「母親と政治資金の話をしたか?」と聞いているのに対し鳩山首相は「母親に政治資金の無心などしていない」と勝手に勘違いして自分で“事件性”を盛り上げる答弁をしてしまった■このやりとりから浮かび上がったのは、“実感”無き首相の姿である。おそらく鳩山首相は母親からの資金提供を知らなかったのだろう。しかし母親との何らかのコミュニケーションで、カネに困っている情報は母親に伝わった。そこで母親は親心で首相には気づかれないように秘書にカネを渡していたのだろうと■与謝野質問もこんな想定で作られていた。それにしても母親と秘書が“内緒で”月1500万、年間1億8千万のカネを“入金”していることに“気づかない”とは、感覚がおかしい、総理としての資格がない、と畳みたかったのだろう■それを「無心などしていない」という方向に首相が引っ張っていったから、与謝野質問そのものが信ぴょう性に欠けるような報道になってしまった■率直に言って鳩山首相という人は“実感”が乏しいのではないかと、疑われる。例えて言えば、感覚障害のような状況である■風聞では鳩山首相の性格として、結局最後に会った人の意見に従う、とか言われている。事の真偽は別にして、影響されやすいということなのだろう。感覚障害の場合、自分では良いのか悪いのか、痛いのか痛くないのか、苦しいのか苦しくないのかわからない。“実感”が伴わないから。そこで敏感な人の意見に頼るしかない■カネの問題にしても、鳩山首相は「カネに困る」という“実感”がわからないのだろう。“実感”はないけど秘書が困っているように言うから、たぶん困っているのだろうと、考える■他人の感覚を頼りに考えるというトップは大丈夫だろうか。

2010/02/14

霞が関文学論

■自治体の現場では保育園“争奪戦”の時期。一方国政では幼保改革が進まない■原因は「霞が関文学」を理解できない閣僚にあるらしい■これでは“政治主導”が聞いて呆れる■自民党政権は官僚をシンクタンクとして利用してきた。しかし利用する側が、いつのまにか教えてもらう側に退化し、末期はシンクタンクの暴走を止められなくなってしまった■民主党はこれに反対を唱えて政権交代をしたのであるから、シンクタンク、官僚の暴走を止めなくてはならない■しかし民主党の“治療法”は迷走している。権力という物理的な力で官僚の暴走を止めようとしているからである■それでは官僚の面従腹背を誘発させるだけである。基本的な“治療法”はもう一度、教えてもらう立場に政治がもどる、ことから始める、これしかない■幼保一元化って何?その説明を官僚から聞いていけば、どんな閣僚でも厚労省と文科省の再編が必要と気がつくだろう■或いは一体化って何?と尋ねていけば厚労省と文科省はそのまま、ということもわかるだろう。そういう質問をしないのか、出来ないのか?■自民党政治がおかしい、官僚の暴走がおかしい、そういう主張で政権をとったのなら、官僚と対峙し徹底的に“質問攻め”にすれば良い■質問は「おかしい」と感じる量に比例する。つまり自民党政治がおかしいと(本心から)思うから「どうしてそうなるんだ!」となるのであって、官僚の暴走がおかしいと(本当に)感じるから「どうしてそうなるんだ!」と“質問攻め”にできるのである■政治の源泉は「おかしい」と感じる力にある。自民党の凋落はこの、感じる力の退化にある■「霞が関文学」などというのは政治の退化のあらわれであって、閣僚諸氏が本当に自民党政権をおかしい、と思っていたか疑わしいということにもなる。(まあ地方議会でも役人にダメだと言われて疑問もなく従う改革会派の議員もいるし、あろうことか役人のご機嫌を損ねないのが議員の政治力だと錯覚している話を聞くが)

2010/02/10

議長に会派として申し入れ

 
■2月10日『せたがや政策会議』として川上区議会議長に、議員の費用弁償について申し入れを行った■上掲の動画は、昼に議長室において小泉幹事長が趣旨説明をしている模様(冒頭部分)■申し入れの内容は、3月議会に区長(行政)提案として、行政委員会の委員の費用弁償(交通費)がこれまでの1回出席あたり一律6千円というのを改め、実費にするということを受けて、議会としてもこの際、議員の一律6千円(議会に近い議員は4千円)も同様に実費に改めなければ、一貫性がないのではないかという内容■具体的には、区長(行政)提案と一緒に議員の費用弁償の改正条例を出すべきではないかということ■と、いうのも議会では議会改革の検討会があり、すでに議題に、この議員の費用弁償はあがっている。ただし順番から言えば3月議会よりずれる“順番”になっているので、できるなら、3月議会に、検討の時期を早めてもらいたい、世田谷区として行政委員会も議会も同時にやるべきだ、というのが申し入れの内容■川上議長も『せたがや政策会議』の考えについては今後、議会運営委員会の理事会での調整になるだろうという見通しを示し、この問題については一歩前進した。

2010/02/08

議会のことが問われている

 
■昨年末、世田谷区の特別職報酬等審議会委員懇談会から区長あてに意見書が出された。内容は行政委員会の報酬について月額制、日額制のどちらが妥当かという判断に関するもので、現状の月額制を妥当としつつも減額を求める判断 が示された■昨夏から5回に渡っての長時間の審議をすべて傍聴させてもらったが、選挙管理委員会、教育委員会、監査委員、農業委員会の4つの行政委員の「仕事の差」についてまでは議論が届かなかったのは残念。しかし報酬審の委員が行政委員の仕事に関して資料を通して議論をしたことは画期的なことであった■そもそもこうなったのも議会からのプッシュがあったからである■5回の傍聴を通じて、いつも議論の中で委員が疑問を呈したのは費用弁償のことであった。費用弁償とは交通費のことである■1回6千円というのは、全委員の感覚としても高すぎるのではないかという疑問である。議論の中では交通費としての実費、それも公共交通機関を根拠とする交通費にした自治体の例も挙げられ、審議はその方向に集約されていった■そして出された、費用弁償(交通費)の意見が上記である■要するに一律6千円などというのはおかしい、鉄道・バス等の経費から算出した実費に改めよ、ということである■区長に付属する審議会の意見は、通常“行政化”される。2月8日の企画総務委員会で、早速、行政委員の費用弁償(交通費)を一律6千円から実費に改める、条例改正案が3月議会に提出されることが報告された■一歩前進であり賛成は当然のことである。議会としてはこの改正の主旨を判断して賛否を決める訳である■実は議会も区役所(本会議場)から2キロ以上離れている議員は一律6千円、2キロ未満は一律4千円ということになっている。交通費は行政委員も議員も同じである。「立法府」として責任がある以上、賛成するとなればそれなりの“整理”をしておかねばならなのは当然である■報酬審の意見は、議会に対しても暗に言及していることは明らかであるのだから。

世田谷の開国は窓口から?

■昨年7月法律改正が行われ、外国人も住民票の交付サービスが受けられるようになる。(ただし実施は平成24年ごろから)世田谷区で対象となる外国人住民は約1万6千人■実は、この外国人という対象について理解が乏しい。つまり外国人って何?ということである■そりゃあ日本人でないということだろ、と即答できる。日本国籍の有無だろうと■それは正しい。しかしそこから先が難しい■住民って何?或いは世田谷区民って何?というとあやしくなってくる■例えば住民税(課税対象)には日本国籍の有無は関係ない。しかし義務教育に関しては日本国籍がなければ“必修”とはならない、つまり日本国籍を有すれば学齢期に公立、私立のどちらかの小学校、中学校で勉強しなくてはならない。しかし日本国籍が無い場合、公立、私立の小学校、中学校で学ぶことも“選べる”と言う程度で、何ら義務化されていない(簡単に言えば、親が教える、或いは放っておくという選択も可能。※誤解のないように言えば、世田谷区では外国籍の学齢期にある子どもの親に事前に公立学校への入学の意思があるか確認し、意思があれば入学は問題ないということである)■また「住民」となると日本国籍の有無は関係ない。これも例えば世田谷区での住民監査請求は日本国籍の有無に関係なくできるからである■実際、日本人、外国人、区民、住民というとらえ方は多くの問題を含んでいる。そもそも外国人登録と住民基本台帳では制度設計がまるで異なる。それを国の役人の都合で無理やり“合体化”させてしまったのを当時の自公政権が“鵜呑み”にしてしまったのである■具体的に考えて、平成24年に世田谷区の出張所・まちづくりセンターに住民票を取りに来る外国人に、どのようなコミュニケーションを図るのだろうか?案内板?案内人?表記?■大河ドラマ「龍馬伝」は現実である。外国人登録と住民基本台帳の一体化はまさに鎖国政策の終了を意味している。

■ちなみに、このことは世田谷区の区民生活委員会で平成21年11月12日に担当課長より報告されている。ただしこのような、まさにとりつく島がないような報告では、何のこっちゃわからない。案の定、中味に関する質問はないまま委員会ではスルーされたが。(以下議事録より)


○委員長 それでは、(5)住民基本台帳法等の改正に伴う制度変更について、理事者の説明を願います。

◎地域窓口調整課長 それでは、住民基本台帳法等の改正に伴う制度変更についてご報告させていただきます。
まず、主旨でございますが、平成二十一年七月に公布されました住民基本台帳法及び入国管理法等の改正に伴いまして、住民基本台帳カードの継続利用と外国人住民の住民票作成が実施されることになりました。
今回の法改正の背景でございますが、住民基本台帳カードの継続利用制度につきましては、住基ネットサービスの利便性を高めていく施策の一環として実施されるものでございます。これによりまして住民基本台帳カードのさらなる普及が進むものと考えております。また、外国人住民の住民票作成につきましては、全国の外国人登録者数が過去最高の二百十五万人に達し、この十年間でも約一・五倍にふえている現状がございます。このため、これまでの外国人登録制度を見直し、外国人住民の利便性の増進及び市区町村等の行政の合理化を目的として、外国人住民を住民基本台帳法の適用対象に加えるとともに、外国人住民に係る手続のワンストップ化を図るために法改正が行われました。
2としまして、制度変更の概要でございますが、住民基本台帳カードの継続利用が平成二十三年七月から施行される予定でございます。これまで自治体間を越えて異動——転出、転入した場合に利用できなかった住民基本台帳カードが、引き続き利用が可能となるものでございます。
続きまして、外国人住民の住民票作成が平成二十四年七月から施行される予定でございます。これまで外国人登録法により登録されている外国人住民に対し、新たに日本人と同様の住民票を作成し、基礎的行政サービスを提供することとなります。特に、一つの世帯に日本人と外国人とが含まれる混合国籍世帯の場合、従来、外国人区民は外国人登録原票に、日本人区民は住民基本台帳に記載されていたものが、同一世帯の住民票として取り扱われることとなります。
対象となります外国人住民は、区内には約一万六千人いらっしゃいます。
対象としましては、中長期滞在者、三カ月以上の在留許可がおりている方々でございます。次に、特別永住者、また、出生による経過滞在者などが対象となります。
新たな制度としましては、外国人住民を住民基本台帳に記載する、住民票を作成するということでございます。これに伴いまして、外国人登録制度の廃止、現在ございます外国人登録原票の閉鎖を行う予定でございます。
日本人と同様の取り扱いとなる新たな行政サービスとしましては、転入、転出等の届け出の受け付け。また、証明書の発行、これは住民票の写し、閲覧制度など。また、住民基本台帳ネットワーク関連サービスの提供、住民票コードの付番、住民基本台帳カードの交付など。また、住民基本台帳法上の通知、郵送請求への対応、不現住実態調査などが行われる予定でございます。
3としまして、今後の予定でございます。平成二十一年十月から二十二年六月まで実施体制の検討を行う予定でございます。平成二十二年七月から二十三年十月ごろまでにシステムの構築、平成二十三年七月ごろに住民基本台帳カードの継続利用の開始、平成二十三年十二月ごろに国で定める基準日において仮住民票の一斉送付が行われます。また、平成二十四年七月ごろから外国人住民票の施行が全国一斉に始まる予定でございます。

枝野氏ガンバレ!

 
■昼のNHKニュースでやっていた、今朝の模様。その通りだ。国民の率直な声を代弁するのが政治家。古い政治からの脱却には与党も野党もない。党員はもっと声をあげるべきだ。

2010/02/07

10回目の“クランク街道”いも煮会

 
■見上げれば真夏のような青空なのだが、逆に放射冷却とかで空気が澄んでいる分、寒い。そして恒例の「いも煮会」。毎回食べるだけで恐縮しながらも記念すべき10回目。今回はこれまでで最高の大鍋。立ち上るものすごい湯気がたまらない。おいしかった。

2010/02/05

親が借金してのお年玉、子どもは幸福だろうか

■世田谷区の新年度予算の発表があった。新聞タイトルにある“待機児対策”というのは定員1484名分の拡充、具体的には認可保育園整備予定20カ所、認証保育所整備5カ所等という部分と、私立保育園運営費・認証保育運営費や病児・病後児保育事業費ということ■つまり新規開園の費用と従来の園の運営費の合算である■一方で、世田谷区の予算における「子ども手当」は121億円である。上記の待機児対策の110億円とは別に、である■政権交代の効果だという。しかも新年度の121億円はマニフェストの半額、次年度は満額支給ということで、世田谷区の場合280億円になるという(新年度の121億円は支払い期日の関係で10か月分しか計上されていないので倍以上になる)■これには唖然としか言いようがない。これまで散々議論しても保育関連の予算は100億前後で、もはや乾いた雑巾をさらに絞っても、という状況から、それを遙かに上回る120億やら、280億円もが天から降ってくるのである■天から降ってくるというのは原資が国から降りてくるということで、国の事業を区が事実上肩代わりしている、と言う意味である■もちろん国の財政事情を見ればわかるとおり、原資のその元は国の借金である。借金である以上、この政策は続かない。

2010/02/01

「一方的に言いたいことだけを言うのは説明とは言わない」

■先日、小沢氏の会見について枝野幸男氏が述べた言葉である。小沢氏からすれば「会見で説明している」ということになるが、その内容が“自己主張調”では、とても「説明」とは言えないだろう■小沢氏の言動は「形式」の部分で止まっている■今は「中味」が問われる時代である。にも係わらず「形式」さえ整っていれば「中味」の曖昧さは関係ないという姿勢は、支持されない■同じことは社民党の福島党首の沖縄米軍基地問題の発言にも見られる■主張と問題解決(閣僚として)はリンクしていなければならない。県外、国外を主張するならば解決策が伴うのが閣僚としての責任だろう■要するに、もはやコトバだけで現実を勝手に糊塗できる時代ではない、ということである■県外、国外に頑張ります!その手だても示せず、そうなるように頑張ります、と国の大臣が言うのは、戦時中の一億総火の玉の精神論と同じである■誰も大臣のコトバなど信用していない。いや、ひょっとして夢のような解決策があるのかも知れない。とするなら小沢氏同様、その「中味」に触れなければ世論は納得できないだろう■おそらく地方自治レベルでは政治のコトバはもっと大切にされていると思う。逆に言えば、コトバへの責任追及は厳しいのではなかろうか■少なくともコトバをもった大切にしなくては政治はもたない気がする。

2010/01/30

ゴールデンスランバー

■現在公開中の「ゴールデンスランバー」を観た。内容は権力側(警察)によって首相暗殺犯に仕立て上げられてしまった男の話である■映画の中で、新聞もテレビもウソばっかり伝えている、といった主人公のセリフは今の世相とリンクして生々しい■主人公には覚えのない証拠が次々にマスコミによって報道され、誰も信じてくれないなか、昔の友人たちが様々な協力をする、というストーリー立てだが■とにかく権力側の犯人に仕立てあげて、徹底的に捕まえるという姿勢が凄まじい。もちろん娯楽作品ではあるが、故意に世論を操作することは意外に簡単なのかも知れない、とも思ってしまった■例えば主人公を犯人に貶める道具は監視カメラに映った映像である■それが犯行の証拠として自然な形でマスコミに乗った瞬間からまぎれもない犯人になってしまう。しかしそれは、ねつ造である■全編通じて、世の中はイメージだ、というメッセージがある。確かにイメージは本質を映す場合もあれば、逆に作られたイメージでは虚像にすぎない場合もある■原作は長編であり、映画では、犯人に仕立てられた男の視点だけを映像化している。それでも原作に忠実な作品になっている。ラストシーンは映画文法に沿った好きな終わり方で楽しめた。

2010/01/29

東西の移動から南北の開拓へ


■夕方(1月27日)のNHK首都圏ニュースで世田谷区のコミュニティサイクル事業が紹介されていた。今回は京王線の桜上水駅と小田急線の経堂駅をつなぐレンタサイクル■区内移動という視点だけから考えていたが、利用者の現実はどこに行くか、によって路線(京王線か小田急線か)を選ぶ、賢い利用が進んでいる■とにかく世田谷区は南北の移動手段が少ない。さらに意外に勾配がある。区では会派の田中優子議員の提案もあって電動アシストの導入に踏切り、人気も高いようである(最近の電動アシストは初期のものと違い性能が格段に違うらしい)■現状では環八の内側の地域が主体のようであるが、外側にも文学館、美術館等があり、非ビジネス系の施設がある。不況の時代に非ビジネスでもないかも知れないが、東西の移動(新宿や渋谷方面への通勤)を改めるという、基本的な考えがある■簡単に言えば「職住近接」というものである。もっと言えば「職・住・学・保育・介護・遊・食、近接」ということだろうか■鉄道に依存しない生活、なんて言えば鉄道会社は困るかも知れないが、実際、団塊の世代等の退職が進めば、新宿や渋谷方面に通勤していた生活も変わらざるを得ない■かといって隠居という肉体年齢ではない。東西移動が減る分、南北移動を充実しなければならない。さらにそれを世代間を超えて、つまり退職者だけの問題ではなく、若い世帯も中高年の世帯も満足する地域空間に持っていくのが行政の仕事でもある。(なお動画については一部個人情報にあたるところは処理)