2016/05/31

議会が推進、区長が先送りだった庁舎問題



31日の読売朝刊に「大地震で継続使用できない恐れ」の庁舎の一つに世田谷区役所が挙げられている。


この問題は何回も触れているが、原因は保坂区長の無関心にある。

東日本大震災直後に誕生した区長であるにも関わらず、この本庁舎問題は議会が区長の尻を叩かなかったら、関心も示さなかったのは事実である。

以下は平成26年2月25日の私の質問である。

保坂区長は、世田谷区の最大懸案事項となる庁舎問題を余りにも軽く見ていた、あるいは逃げていたのではないでしょうか。

整備方針案の二ページ、災害対策というタイトルがついているところに、そのことが明確に書かれています。
 
読み上げますと、「平成24年6月から平成25年3月にかけて、災害対策本部の中枢となる本部長室等及び非常用の電源や水に係る諸設備の強化を図るため、第1庁舎と比べて耐震性の優れた第3庁舎を応急整備し、第1庁舎から本部長室等の移転を行いました」。
 
確かに、保坂区長は議会で言われてやりました。そして、それをもって災害対策に手を打ったようなことを言われていたと記憶しております。
 

問題はこの後の記述です。こう書かれております。「しかし、東日本大震災や、昨年の伊豆大島の土砂災害等の経験により、本庁舎に求められる危機管理機能は、以前よりも一層高まっており、88万区民の災害対策の中枢管理機能を果たすには未だ十分ではありません」。
 
いいですか、平成24年から区長のやったことは、区民に向けてちゃんと災害対策には手を打ちましたというようなメッセージを発信する材料にはなったかもしれませんが、でも、実態は「88万区民の災害対策の中枢管理機能を果たすには未だ十分ではありません」と書いてあります。

つまり、いまだに不十分ということであり、88万区民の災害対策の中枢管理機能は果たせないという、実に厳しい状況下にこの世田谷区は今もあるということです。
 
平成24年6月から災害対策本部室をとりあえず第3庁舎に移し始めたことは臨時的な対応です。

それから何をしていたのか、何もしていないのです。それはそうです。平成24年4月には庁舎計画担当部を廃止しているのですから。

結局、平成25年9月に調査計画担当課を復活させるまでの1年6カ月間の間、そのうちの10カ月を使って、災害対策本部室を第3庁舎に移しただけなんです。

以上は2年前の質問であるにもかかわらず、今も庁舎問題は迷走中である。(熊本地震の影響で、どうにか年内には基本構想が固まりそうだが・・・)

2016/05/30

世田谷区は規制緩和進めていますよ区長!


5月26日の福祉保健委員会で、家庭的保育事業を規制緩和する報告があった。

要は、小規模保育事業所A型で、朝夕の児童が少数となる時間帯における保育士配置について、現行では、保育士2人がつくことになっている。(0歳児と1歳児の二人の場合、)

これを7月下旬から保育士1人と、保育士でない者1人(区長が保育士と同等の知識と経験を有すると認める者)の組み合わせを認める、というもの。

簡単に言えば、保育士2人の配置を保育士1人と保育士資格のない者の2人でもよいとするもの。

世田谷区の実情からすれば、規制緩和は致し方ないことだと思う。しかし、規制緩和と監視強化はペアになっていなければ保育の質は低下する危険性にさらされる。

トップが規制緩和などしませんよ!みたいな言説をあちこちで振りまき、その実、規制緩和をしている(今回の規制緩和は区長決済事項)のだからタチが悪い。

委員会質疑で確認したところ、案の定、監視強化策は考えられていなかった。規制緩和には監視強化をというのは当たり前だろう。


ほど遠い世田谷区の児童相談所移管


改正法が成立して23区、世田谷区でも児相(児童相談所)が持てるようになった。

これを受けて、区長会の会長は「準備が整った区から順次、児童相談所の設置を目指す」と述べているが現実はどうだろう。

先日、福祉保健委員会で世田谷区にある児相(東京都所管)は世田谷区と狛江市をカバーしている問題を尋ねたところ、全然話は進んでいないとのこと。

法では23区に認めるとのことで、狛江市は切り離さなければならない。(財調との関連だろう)

では、東京都が調整してくれるのかと尋ねると、そんな話にもなっていないという。これって準備以前の問題である。

世田谷区の前を見据えた業務は停滞しているのではないだろうか。

2016/05/08

日常生活支援センター長

今朝の朝日新聞にはキョトン。この4月から世田谷区社会福祉協議会の「日常生活支援センター長」のことが大きく取り上げられていたからだ。

世田谷区社会福祉協議会とは区の外郭団体で主に地域の活動支援、日常生活の支援、困りごとの相談等々のサービスを提供する社会福祉法人。(区の外郭団体という点で普通の社会福祉法人とは異なる)

新聞記事では、世田谷区のことが報じられているかと思えば、記事の肩書きが、「元国会議員政策秘書」とあるように、その国政における政治歴がズラリ。永田町では相当活動していたようで、世田谷区に関しては「昨年4月の世田谷区長選で、再選を目指す保坂展人氏の選挙の中核を担いました。」とだけ紹介されている。

その後の“就活”については桃野議員のホームページに詳しい。


しかし不思議な話ではなかろうか。保坂区長の中核スタッフである人物が世田谷区の外郭団体の人員募集に応募するというのはどういうことだろうか。(それも3月の予算委員会で取り上げるまで採用された事はほとんどの幹部職員すら知らなかったし、単に保坂区長に近いというだけの人物ではないことはようやくこの記事で判明?)


因みに世田谷区の外郭団体の事務方は区役所OB及び出向現役職員である。

常識的に考えれば、採用するにせよ、しないにせよ事前に保坂区長もしくは周辺に伺いを立てるだろう。

また応募する側も保坂区長と昵懇なのだから、差し障りがないか、相談はするはず。

一方で、外郭団体とすれば、絶対に採用したくない、というのがホンネであろう。

定年退職して年金との関係で現役の半分以下の給料で働き、いわゆる区役所流儀の仕事で毎日を回している身としては、外部の人間が中に入ることは秩序が乱れて嫌なのだろう。しかも対応を間違えれば保坂区長の機嫌を損ない外郭団体からも追い出される。

加えて議会と揉めている保坂区長直結の人物となれば、厄介である。

今回、倍率は1、専門性問わず、しかも「日常生活支援センター長」という何をするのか曖昧な職種である。

区の説明によると地縁パワーに加えて新たにNPOとの協働やNPO連携強化となっているだけで具体的な目的があるのか不明である。

で、今回の朝日の記事である。ここから読み取れるのは選挙における集票戦術家(選挙参謀?)の姿であり、勝つとか勝てないとか、言葉が出てくるような、まさに元国会議員政策秘書というのが本質である。

記事の締めくくりで、記者は「地域で活動する中で、未来を切り開く手がかりをつかんでいた」と書いている。

「地域で活動する中で」ということが「日常生活支援センター長」という仕事であれば、その背後にある集票戦術家(選挙参謀)という本質はどこに向かうのだろうか。

なぜなら永田町を離れた時に「もう一度外から力をつけたい」と述べているからである。

「日常生活支援センター」での活躍が、とんでもない覚醒を起こす可能性はあるかも知れない。それが世田谷区にとって良いことなのか、新たな火種になるのか、わからない。

2016/04/07

代表質問の余話

2月の代表質問で、保坂区長の無責任なツイッター発言を取り上げ、そのことが世田谷区の保育園待機児問題をこじらせている、と追及した。

保坂区長は今から4年前に、「子どもの遊ぶ声がうるさい」というクレームを紹介し、盛んに「子どもの声は騒音か?」という発信をツイッターで続けた。

そのことが、これまで、いわゆる“受忍限度の範囲内”と思っていた人たちに、「子どもの遊ぶ声がうるさい」と主張していいのだ、という風潮を煽ってしまっているのではないか、そのことを追及した。

これに対し、保坂区長は、ドイツの裁判の事例を出し答弁をそらし、ツイッターを見て広めたのはマスコミだと責任転嫁をし、むしろ社会問題化して都の条例改正(子どもの声は騒音ではないという)に至ったではないかと、“成果もどき”をいつものように答弁した。

ドイツがどうしようが、都条例が改正されようが、世田谷区の保育園待機児問題は改善されていない。

マスコミが勝手に取り上げたのではなく、マスコミが取り上げることは何でも(区長としての責任を放棄してまで)ツイッターで発信する、その姿勢を指摘した。

実際に、見たこともないことを、あたかも見てきたようにツイッターで発信しマスコミを煽っていたことも指摘した。いわゆる「比喩的表現」事件のことだが。

区長の仕事は、まず「問題提起すること」ではなく、「問題を解決すること」に主眼がある。(ここが区長就任以来の保坂氏の認識の心得違いがある。すなわち、国会議員のつもりで区長をやっている、という)

私が求めた答弁は、「保育園で子どもの声がうるさいというクレームがあるという問題提起は逆効果だったかも知れない。少子化で、子どもの声を聞かずに生活する人が増えたため、そんな子どもがうるさいのなら保育園が近くにできては困る、と先入観を与えることになってしまった」というもので、

だから、今後は区長としての立場、保育園待機児問題を解消する責任から、発言には注意する、という内容だった。

なぜ、そのような“答弁”を期待したかと言えば、同じことをアエラ(2014年11月17日号)で保坂区長自身が語っているからである。
http://dot.asahi.com/aera/2014111900100.htmlhttp://dot.asahi.com/aera/2014111900100.html




2016/04/04

議会の知らない所で(すなわち区民の知らない所で)3


3月の議会では最終日、保坂区長に対し、その言動を改めよ、という決議が可決された。(上記事)まあ、戒告処分のようなものだが、議会が区長に対してするということはよほどのことである。要は区長としての言動が責任ある者としてふさわしくない、隠密行動が多すぎるということになるだろう。

が、また議会が閉会した翌日の記事がこれである。(再掲)


繰り返しになるが、3月議会(予算委員会)での最大の質問のひとつが補助54号線問題であり、なぜこれまで優先整備路線となっている2期工区と3期工区を、今後10年間の計画から外したのか?ということである。


保坂区長は明確な理由を答弁をしなかった。(これも理解できない言動の一つだったが・・・)


実は「再開発事業差し止め訴訟」の中で、原告は和解案として2期と3期を外せと言っていたのだ。結果として事実上、保坂区長が2期と3期を外し、それをもって訴えは取り下げられた、とみるのが自然な流れだろう。(権限は複雑で被告は都と国であり、世田谷区は参加人という立場。優先整備路線を発表するのは都だが、申請するのは区長)



もちろん、区民と区が争うことは好ましい状態ではない。訴訟がなくなることは良いことだ。

が、問題は、訴訟をなくすために2期、3期を外すことの妥当性である。

上図を見ても、2期、3期を外せば、事業計画全体の“ゆらぎ”は生じるだろう。1期だけでは、環状線につながらない、道路広場になってしまう。そういう考え方もあるだろう。

しかし90万都市として、木造密集地域をかかえる場所として、首都直下に耐えられるのだろうか、とも考える。道路は世田谷区だけのものではないからである。

さらに、問題は世田谷区のスタンス(これまで補助54号線に関して公表してきたこと)が今回の訴訟取り下げで変わったか、どうかである。

保坂区長は2期、3期を外したのは1期に集中するため、と理由にならないことを明言している。2期、3期を外さなくても1期には集中できるだろう。仮に本人にすれば決意の表れということであれば、事業全体は進むことになり、スタンスは変わらないことになる。

しかし、実際には、議会の知らないところで、言っていることとやっていることが違わないか、ということである。

今回の予算質疑では、私は、もう一つの大問題である高額本庁舎問題で手一杯で下北沢問題には触れられなかった。そういえば都政新報に、ちょっとイジられていた。(もちろん1千万円程度という認識は間違っているが!)

議会の知らない所で2



先日来の下北沢を巡る訴訟は原告が取り下げ、上掲記事の通り東京都も同意し、終了となった。

これに関し、都知事は次のようなコメントを発表した。青字部分。

補助54号線は、下北沢周辺はもとより補助26号線や環状7号線につながる道路ネットワークを形成し、交通の円滑化や防災性の向上等を図るために必要不可欠な道路です。事業中の1期区間に集中するため、2期・3期区間は第四次事業化計画の優先整備路線としていませんが、施工者である世田谷区が、事業中の1期区間の整備を推進するとともに、その進捗状況を踏まえ、隣接する2期・3期の区間の事業化に向けた準備も進めていくこととしています。


これを見る限り、訴訟の前後で何が変わったかといえば、補助54号線の2期・3期区間を第四次事業化計画の優先整備路線としなかったことだろう。ただし事業化に向けた準備は進めるとも。

2016/04/01

議会の知らない所で和解案が進行していた


昨日は東京新聞も伝えていたが、記事の背景が、わかってきた。

要するに「再開発事業差し止め訴訟」で裁判所は昨秋、和解条件を原告側に求め、それに従って原告側は以下の通りの和解案を昨年末に出してきたようである。

1、小田急線上部利用については「みどりの基軸」の観点から公共的利用が図れるよう、計画を見直し、国、都は最大限これに協力する。

2、補助54号線及び区画街路10号線については、二期及び、三期工区を優先整備路線としない。二期及び三期工区の事業化について都市計画の変更を行う。第1期工区については道路専用許可特殊制度を利用して、「みどりの基軸」として小田急線上部と有機的につながらう歩行者中心の街作りを進める。

3、下北沢の建物の高さ制限60メートル、45メートルを中低層並みに見直す。

これに対し、世田谷区が裁判所で3月30日に述べたのは以下の通り。


 原告らが、平成27年12月28日に、「下北沢再開発の『見直し』意見書」(福川意見書)を踏まえて、「原告らの和解に対するスタンス(和解案の概要)」を提案し、裁判所からは、本件紛争を円満に解決し、下北沢における道路整備及び街づくりに関するさまざまな意見の対立を超えて、自治の担い手である住民と行政の協働を形成することにより、下北沢の魅力を更に発展させていくことが大切であるとの認識の下に、平成28年3月16日付けで早期解決の勧告がなされたことを受けて、参加人世田谷区は、次のとおり、意思を表明する。

1 参加人世田谷区は、「防災とみどりの基軸づくり」をコンセプトとして、東京都及び小田急電鉄と協議、調整を経て、さらに区民の皆様からのご意見を受けまとめた「世田谷区小田急線(代々木上原駅~梅ヶ丘駅間)上部利用計画」(以下「小田急線上部利用計画」という。)を基に、今後は、事業完了まで、小田急電鉄と調整しつつ、各事業者の設置する施設等が整合性をもって配置されることにより、駅を中心ににぎわいのある街づくりを目指し、区民等の憩いの公共的な空間となるよう整備を進めるものとする。

2 参加人世田谷区は、平成18年10月18日付けの事業認可処分に係る補助54号線(第Ⅰ期区間)及び区画街路10号線のうち、区画街路10号線については、「防災とみどりの基軸づくり」を基本コンセプトとする小田急線上部利用計画を基に、交通結節機能のほか、防災や環境も考慮した生活拠点にふさわしい機能を確保するとともに、補助54号線(第Ⅰ期区間)については、都市計画道路としての機能(交通ネットワーク機能、防災・災害対策機能、街の賑わいづくりの創出)を確保しつつ、周辺と調和した連続性のある街づくりを進めるものとする。また、これら都市計画道路における「道路占用許可の特例制度」については、既に検討に着手しており、「道路区間を活用したまちのにぎわい創出」を目指して、歩行者に配慮した活気ある街づくりを進めるものとする。

3 参加人世田谷区は、世田谷区の都市計画に関する基本的な方針である「都市整備方針」において、“広域生活・文化拠点”として位置付けられている下北沢が、「生活と文化を育み、地域の“心”となる安全で住みやすいにぎわいの街」となるよう形成に努めるものとする。また、下北沢駅周辺においては、「下北沢駅周辺地区地区計画」に基づき適正に街づくりを進めるとともに、その街づくりの過程において、区民等の意見を幅広く頂きながら、下北沢の良好な街並みの維持・発展について必要な対応をするものとする。


以上

実は、予算員会で議論が集中したのは、なぜ二期、三期を優先整備路線から外したのか、とうことだった。

この裁判の流れから見ると、和解の条件が二期、三期を外すことだっということがわかる。(そういうことだったのか)

ただし、今回の区の意思表明においては二期、三期については一言も触れていない。(権限ないし)

原告は訴訟を取り下げたが、取り下げの同意については国、都が持ち帰り、検討するということらしい。(なお、2週間ルールで放っておくと同意したことになる)

議会・予算委員会での他会派の質疑を聞いた限りでは、二期、三期を優先整備路線から外しても、現状の進捗状況のベクトルは何も変わらない、と保坂区長は述べていたように記憶している。

2016/03/31

またいっぱい食わされた?


あれれ。ついこの間、保坂区長は補助54号線は大事だし、やらないわけない、という答弁をしていたのだけど・・・。こりゃ、どっちかがいっぱい食わされている?

2016/03/30

私の新聞 今日折り込み!





本日の新聞折り込みに入れました。多くの区民が詳細を知らない本庁舎整備についてお伝えしています。お読みになりたい方はこちらからダウンロードできます。





2016/03/17

世田谷区の庁舎問題のキモ(その4)建物保存しても景観は失われる


前項で、昨年3月の中間まとめで示された10パターンのうち4パターンが仮駐車場の用地が現在も見つからず、実現性がないと断じた。

残り、6パターンのうち上記3パターンが現庁舎を何らかの形で保存する考えから構成され、かつ前記4パターンのように仮駐車場がいらないパターン。(結局、保存する部分を少なくしたということ)

しかし、これには決定的な問題が。すなわち、新築部分が7階建てになってしまい、しかも第1庁舎を残すにしても現在の5階建てを4階建てに減築しなければならないという、現在の風景を残すどころか、異様な空間ができてしまうという事態に。

そもそも、現在の敷地内の建物の延床面積は2万4千平米であるのに、保坂区長はこの同じ敷地に最低でも4万5千平米の庁舎を建てると宣言したのが2年前。現状の1.8倍の面積である。下は現在の庁舎の配置図。第1庁舎、第2庁舎ともに5階建てである。この敷地空間を維持しながら床面積を増やすとしたら7階建てに膨らむのは当然である。
すなわち、上記3パターンは庁舎保存はできても景観が台無しで、何が目的かわからなくなったパターンというのが結論である。

世田谷区の庁舎問題のキモ(その3) 日本語が通じない答弁


上は昨年3月の庁舎問題の中間まとめで出された新庁舎の10パターンのうちの4つ。クリックして、拡大してみるとおわかりの通り、この4パターンはいづれも、「敷地外に仮駐車場を確保する必要があるが、現時点では、適地を見出すことはできていない」とある。

つまりその時点で、出来ないものを保坂区長は出している。いづれも現庁舎を何らかの形で保存するパターン。それから1年、今月(3月10日)の予算委員会で改めて、敷地外に仮駐車場の土地は見つかったのか質問してみた。



大庭委員
具体的にいってくださいよ。もう時期が時期なのだから。どこが可能性があるのですか。どこに。隠すことではないではないですか。(仮駐車場用地は)近隣どこですか。どこか確認しているのですか。

岡田総務部長
現時点でここだということが出来るものは持ち合わせていません。

大庭委員
それでは可能性がないということでしょう。そしたら、実現性はないということでしょう。実現性はないというふうに答えてくださいよ。

岡田総務部長
可能性はあると思っております。

こんな調子。信じられますか?

この新庁舎の前提は、現在の敷地に現庁舎のまま仕事をしながら、一方で新庁舎を作るという、難易度が高いミッションなのです。更地に自由に建設するのとは違います。ちなみに現在の庁舎は下の通り。

上記の4パターンはいづれも北側の来庁者用駐車場に第一弾目の庁舎を作ることから、その分、敷地外に新たな仮駐車場が必要という理屈なのです。(西側の立体駐車場は庁有車等の駐車場です。)

もちろん上記、総務部長の岡田氏は保坂区長の「言葉の抽象性」による矛盾隠しに従わざるを得ない立場なのです。

2016/03/08

世田谷区に児童相談所を移管できるよ保坂さん!


世田谷区の街としての魅力を、「住み心地の良さ」とすれば、その一つに、子どもがのびのびと育つ環境が担保されていることがあげられよう。

しかし残念ながら、子どもへの虐待は存在し、親としての責任を放棄している人間も少なからずいる。従来なら、“家庭”に行政は介入しないことが常識だったが、現在はそうも言っていられない。その意味で世田谷区に児童相談所を東京都からの早く移管せよ、という私たちの会派の主張は、街の魅力アップにつながる考えである。

なぜなら、児童相談所が抱える問題を私たちは東京都を通じてしか知り得ない状況にあり、その具体策についても区議会は門外漢の扱いだからである。

さらには東京都が都全体として抱える児童相談所での問題、主に虐待問題だろうが、それがそのまま世田谷区に当てはまるとは思えない。

世田谷区の虐待問題と、例えばA区の虐待問題とはその構造や社会環境は異なるのではないかと推量するからである。

厚労省の専門部会の議事録を読むと、都道府県でも児童相談所の役割は随分と異なることがわかる。少なくとも、子どもへの虐待が横行する街に住みたいと思う人がいるだろうか。その芽をつみとりまっとうな人生(価値観はいっぱいあるけど)を送れる支援を子供たちに公共の責任で行うことが、急務である。

保坂区政の本領が問われる法改正である。おそらく福岡市の事例が参考になるのだろう。


2016/02/13

国家資格


2月10日の「クローズアップ現代」を見て驚いた。いわゆるマッッサージ業界では、国家資格を持つ者に効能表示が許されず、国家資格ではない業者には効能表示は“野放し”状態だというのだ。



身体構造もわからないまま、施術をして、毛細血管が破裂した被害もあるという。国家資格及び非国家資格には気をつけないといけない。表示だけではわからない世界である。

2015/12/19

世田谷区の庁舎問題のキモ(その2)

三島由紀夫が「文章読本」の中で、小説において、美女と書けば、その人が何の裏付けもなく美女となる、というようなことを書いている。


それは言語の抽象性によって、読み手が自由に想像してくれるからで、これが小説の映画化となると、その美女役を誰が務めるかで、様々な考えが出てくる。

左は12月12日の朝日新聞に掲載された、保坂氏の小学校からの民主主義のトレーニング体験から現在の「自分の意見をまとめる」「徹底的に話し合う」「解決案を提案する」という仕事に繋がっていると述べている。

上手いこと言うなぁとつくづく。

現実は
「自分の意見をまとめる(けど誰にも話さない)」
「(考えが合う人とは)徹底的に話し合う」
「(多数の)解決案を提案する(が一つには決めない)」

常に三島の言う「言語の抽象性の範囲」でしか活動していない保坂区長は、具体化する段となると途端に「停止状態」に陥る。

庁舎問題の2年近くの迷走は保坂氏の政治姿勢にある。

2015/12/12

世田谷区の庁舎問題のキモ(その1)

庁舎問題について、保坂区長と議会の主要会派との考え方の違いを整理してみる。

極々、単純化してみると、

前川國男氏の設計した世田谷区役所の“保存”に区民の税金80億円を増額してまで、価値を認めるか否かという点にある。(総事業費300億円→380億円)

議会の主要会派は、そこまでの価値は認められないだろう、というスタンス。

しかし保坂区長は、80億円の価値を認める、と言って譲らない、というのが対立の構図。

しかも保存となると金額だけではなく、庁舎の配置パターンが制約を受ける。これが目に見える「違い」となり「機能性」の制約要因につながる。

前川國男は建築の世界では「巨匠」である。しかし庁舎を「芸術品」として見るか、「実用品」として見るかは、税金の使われ方として、その額(80億円)がふさわしいかどうかが判断の分かれ目となる。

仮に前川建築の価値を認めたとしても80億円とは途方もない額である。

保坂区長は「芸術品庁舎」に380億円かけたい、と主張しているのに対し、議会側の主要会派は「簡素で機能性が高く廉価な庁舎」で良いと主張しているのである。

このことが第一のキモである。


2015/10/24

無理は禁物


今どき、『景観を重視』した本庁舎建設など許されるのだろうか。

災害対策本部機能、行政効率の向上、結果として区民サービスアップが主目的であろう。

それを様々な経緯があろうとも『景観重視』とは首長の判断としてはアウト。

今回の定例会(決算委員会)で改めて、平成19年度にまとめられた本庁舎整備案を、現在求められる仕様に直して、区側に見積もりさせたのが下の比較表。


事業費、工期からしても、『景観重視』の保坂案には“無理”がある。無理を強行すれば、行政は傷つくのが私の経験則である。

2015/10/12

本庁舎でつまづく保坂区長



23区で最も老朽化・分散化が進んでいる世田谷区本庁舎群。築52年の現在、いまだに入口論で迷っているのが保坂区長だ。(仕事が遅いのは前期4年で、いやというほど知らされたが)

昨年3月、現在の場所で建て替えることを決めてから、何も進んでいない。

昨年来、不可能案も含めて10案出してみたものの、直後に、これ以外の案にしてみたいと平気で撤回する様は、マンガのような展開。

さらに今回示された新3案では、特に求められる災害対策機能を横に置いて、「区役所の景観」を最優先とは。その象徴が中庭。(下の景観)

別段、このような景観を残すことは可能なのだろうが、保坂区長は“このような”ではなく、「この景観」を残すのだ、とバカボンのパパのようなことを言っている。実はこの景観はある一定の地点に立たないとわからない。実際には下の写真のように赤いポストの先は駐輪場になっているし、画面の左側は生け垣で囲われて何も見えない。つまり、この景観は赤いポストの先、20メートルくらい奥に行かねば、見られない景観である。




このことについて、議会が反発している、と伝えているのが上掲の都政新報。

記事では

自民党の山口裕久氏が「世田谷らしさを聞かれて、『中庭』とは答えられない。本庁舎本来の機能を考えると、あまり中庭にこだわるべきではない」と指摘。

公明党の高橋昭彦氏は「大きな課題は老朽化に対応して分散化を解消する。それに加えて災害対策の中枢機能だ」と主張。

民主党・社民党の風間穣氏は「3案から選ぶことは出来ない。景観より重要なのは区民の利便性。もう一つは災害対策を含む安全の確保だ」と強調。

F行革の大庭正明氏も「庁舎は一つの機能としてまとめないと非常時に機能しない」と指摘。「建設当時のロケーションや雰囲気や既に失われている」と景観重視の姿勢を厳しく批判した。

               以上記事から引用

まだ態度を示していない共産党をのぞく主要会派が保坂区長の庁舎整備の方向に反発している、その会派の議員数は7割に達している。

言うまでもなく庁舎問題は世田谷区最大の税金の使い方に直結する。区長の内容を伴わないノスタルジーに付き合う余裕はない。

2015/08/27

図書館のありよう

新学期が始まるのを前に、鎌倉市図書館のツイートが効いている。


27日の朝日新聞でも反響の大きさを伝えている。


さらに今日も。


図書館のありようを考えさせられる。

貸し出し業務だけが図書館の本質ではない。(ちなみに26年度の世田谷区の全図書館の貸し出しベスト10は東野圭吾氏と宮部みゆき氏が半分以上を占める。推理小説って犯人と犯行動機を一度知ってしまうと・・・ね。)

2015/07/26

段取りのいい加減さの果てに



つくづく思い出すのは、安倍首相の前回(2007年9月)の辞任劇。7月の参院選で大敗し、引責辞任を頑なに拒否し居残ったものの、体調不良のため、本会議での質問を受ける、まさにその直前に辞任という、メチャメチャな「段取りのいい加減さ」に驚かされた。(仮に辞任の理由が他にあったとしても)

今回も、「解釈改憲」という「段取りのいい加減さ」をいかんなく発揮し、安保法制を強行している。

しかし「段取りのいい加減さ」は視点を変えれば「見通しの甘さ」「決断の遅さ」に通じる。結果、「算段がつかなくなった」のが前回の辞任劇である。

「支持率」だけは「解釈」で変えられない。