2014/09/11

88万人のコミュニティデザイン&読書感想文


 出版社によると当初の発売時期は昨年春。それが秋に伸び、今年の春に伸び、結局、今年の9月9日にやっと出版。この遅れに遅れたことが著者の政治姿勢そのままかもしれません。(別の言い方をすれば、遅れに遅れたことがいかにも著者らしい?)

 本の構成も、これも当初は半生を記す予定だったらしいが、結果的に7章立てのうち最初の1章に10代から20代の記述があるのみで、あとは朝日新聞デジタルに連載した「太陽のまちから」より70本を選んで再編集、加筆した代物。さて読んでみると・・・

 「まえがき」から感動!

 「私は実務家に徹しました」「私はできもしないことを大言壮語をするタイプではありません。力もないのに、アドバルーンを勢いよくあげて一瞬の世間の耳目を集めるようなふるまいは根っから嫌いです。政治は結果が全てです。」(4P)
 
 実務家の意味はわからないけど、余計なことにとらわれず、区長としての課題をコツコツ解決してきました!という矜持の表れなのでしょう。さらに著者の言うとおり、出来もしないことを平気で言う輩が多い中、まさに政治は結果が全て、誰もが今は言わなくなったことを堂々と語る、羞恥のかけらも微塵も感じさせない言い切りに感動!もう「まえがき」から早く次を読みたくなるワクワク感を抑えきれません。

 第1章 孤独な10代といきづらさを抱える若者たち


 「自分が何者であるのか、自分はどこから来たのか、そしてどこへ向かって歩んでいくのか」「私が探していたのは、誰かの借りものでない自分の「言葉」であり、「文章」でした。」(14P)

 

 自分の言葉を、自分の文章を、探していた10代後半での喫茶店での苦悩を綴りながらも、さりげなくポール・ゴーギャンの作品名を散りばめた、重層的な構成に脱帽。まさに並みの筆さばきではない。借りものではない自分の、と懸命に拘っていた若い時から、40年の月日が流れ、今ではもう借りものの言葉なんかへいちゃらとばかりに、章の冒頭にポール・ニザンの言葉を配し、若き時代の苦悩からの解放を表しています。


「ひとりであることを選び、ひとりであることに耐え、自分ではいあがろうと、もがいているような日々でした。」(17P)

 まるで永ちゃんのようなセリフをさりげなく書く筆致が、グイグイと読ませます。あったよなーそんな感じ誰にでも、みんな、それぞれ、いつの時代にも 再び誰にでも。ちなみに永ちゃんはこう言ってます


「オレは、いま生きるのがつらいって言っている人は、やっぱり、どこかに自分の生き方を自分で決められないって背景があると思うんだ。・・・かんじんなのはテメェの足で立つことなんだ。」矢沢永吉「アー・ユー・ハッピー?」より

 この章では、苦悩の時を経て、自分の言葉らしきものを手にすることができ、その後物書きとして大成功し、衆議院議員にものぼりつめ、収入も同世代の会社勤めの人たちを大きく上回るようになったことが記されています。ここでは、若者読者への苦悩の先には著者のように大成功が待ち受けているという激励が自らの体験を明かすことで隠されています。ただし誰でもという無責任な言い方は避けています。著者のように幼年期に「自己肯定感」を持った人間こそ、ふさわしいのだ、とクギを刺すことも忘れないところがなんとも言えない大人の優しさを感じさせます。結局、著者は若い頃、悩みながらも誰からも「若者支援」は受けずに、たった一人で這い上がり、名声と富を手にできたが、他の人はきっとそうはいくまいと、普通の人よりはるかに高い目線から、心配するようになったことがわかります。実際身銭を切って、仕事部屋のマンションを若者に開放するような実践行動もにつづられています。もちろん「明星」や「セブンティーン」の連載を持つ身としての“取材源”だったことは書かれていませんが、普通の人より高い目線は後年区長となって「若者支援」を打ち出す伏線となっていく重要な章です。

 第2章 保育園の「子どもの声」は騒音か

 この章ではいきなり現職区長(2015年4月26日まで)として保育園が場所によっては迷惑施設になったり、子どもの声が騒音として扱われることに疑問を呈し、ドイツの例などを挙げながら、実務家としての考えを淡々と述べています。
 どうやって解決するかについては、ドイツでは条例を作ったというヒントを記すのみで、自ら動こうとしない様は挑戦的ですらあります。著者は、区長が自ら動き条例を作るような「おまかせ民主主義」では真の自治ではないという強い信念が感じられる圧巻の章です。そのことは次の一文こそが著者の解決策として提示されていることからもわかります。


「子どもが声をあげて元気に育つ権利」に着目したいと考えています。子どもは未来の可能性であり、子ども施設の音を排除しないで受容する地域社会をつくりたいと思います。(50P)

 着目し、考え続け、思い続ける、このことが一番重要なことだと著者は静かに語りかけます。現状が何も変わらなくても、何の解決にならなくとも、まず着目し、考え続け、思い続ける、そうすれば自ずと何でも受容する地域社会がつくられるというのは、おそらく著者の区長としての権力は抑制的であるべきだ、という信念なのかも知れません。
 また関連で世田谷区は保育園の待機児童ワーストワンではないことを、各自治体の集計方法の違いに着目し、しつこく語ります。一見、待機児童解消という本質とは違う話しのようですが、そこは政治家。まさに「見え方」「見せ方」は政治のイロハだと、待機児童の話にかこつけて読ませるのは、政治に関心のある読者への配慮でしょう。著者の読者に対する目配りは大したもので、様々な読者層を考えてこの本が作られていることをわすれてはなりません。
 この章の最後の方で、産前産後の施設の必要性を訴えて期待感を煽るように見せて、国からの補助金がないからできないのだ、と赤裸々に語っています。無駄使いをなくすとか政策の優先順位をつけるとか、常識的な手法を取ろうとせず、あえて明解に国が悪い、と虚心坦懐に述べるところが著者の誠実さの表れなのでしょう。この章の終わりは次の言葉で終わっています。育児に悩む母親への解決方法なのでしょう。


不安に晒され、ひとりで悩みを抱え込んでいる母親たちを「ひとつながり」に支えるために何をしたらいいか、共に考えていきたいと思います。(69P)
まさに、「共に考える」というのが著者の区長としての仕事なのです。筆者の言う実務家というのは「共に考える」ということが次第に明らかになってきます。区長でありながら、常に自分を客観的に見続ける余裕、それこそが回りの職員を慌てさせ、狼狽させ、目を引きつらせ、必死に働かす極意なのかも知れません。ごく一部を除き多くの職員が仕事上のやりづらさを訴えているのも、区長の術中にハマっているからかも知れません。

 第3章 子どもの声を聞くことから出発する

 この章では子どもの人権に関することが書かれています。「愛のムチ」という名の「暴力」とか「理由なき暴力」の影に体罰の横行とか、いまさら誰でもが言いそうなことを意図的に並べ、飽きたなぁと思った頃に次の文章が飛び込みます。


 「体罰禁止」「いじめ撲滅」のスローガンでは子どもを守れない。そう感じて、動き始めています。(75P)

 語尾をわざと現在形にして、何やら始まりそうな印象を与えて、この章の最後で「せたホッと」(世田谷区子どもの人権擁護機関)が出来ました、とつながります。唯一の区長らしい仕事であり、選挙時の公約実現と、力の入った言い方をしていますが、選挙公報には載っていないじゃないか、という指摘には、会った人ごとに色々なことを言っているということなのでしょう。もちろんそれ以前から子どもの人権擁護の部署はあったのですが、条例に明記し名称を付けたと事と先進事例のパクリは著者の努力のたまものかもしれません。残念ながら言うほどの成果は上がっていないらしいですが、出来たところまでしか言わないのが著者らしいところ。これも「見せ方」「書き方」のテクニックなのでしょう。

 この章では、今春、議会でも問題になった「オランダ視察」の旅行記が載せられています。教育委員会報告、朝日新聞デジタル、そして本書ということで1粒で3回おいしい仕事をしているのです。ライターとしては失格でしょうが、著者としては様々な媒体を通して、(知っていることを)知らせたいのでしょう。これも読者サービスの一環であり、外せない一節なのでしょう。役にはたちませんが、制度の違った国の話は面白いです。そして多額の公金を使った視察だったことをおクビにも出さず、このように結んでいます。


 オランダの教育は進化を続けています。ここから啓発を受ける点は数多くあると感じました。(111P)

 さすがに区長として、教育への介入につながる言葉を避けています。また何かに誘導する文章でないことの証拠に、「オランダ」の部分を「日本」に替えても、意味は通じますし、「代々木ゼミナール」に替えても意味が変わらない所に著者の慎重さが伺えます。


 第4章 超高齢化時代と世田谷型「地域包括」

 この章では、筆者の視線は子どもから離れ、空き家や独居高齢者や高齢者施設の紹介に費やしています。高齢者福祉については筆者は得意ではないか、或いは関心が低いのかも知れません。普通なら足らざる所は勉強するのでしょうが、そこは著者の著者たる所以で、そこにいる人の声を聞く、その場所に出掛けることで弱点をカバーしているのでしょう。よくわからなくとも会って、話を聞くというリアリティーこそが物書きの王道だということを示している章です。

 第5章 地域から始めるエネルギー転換

 前章と異なり、筆者の得意分野という感じが行間から伝わって来ます。三浦健康学園の跡地に太陽光パネルを設置したという単純な話を、一つ一つの事実を重ねることにより、読み手に大変な決断をしたんだという印象を与える筆致はさすがです。返す刀でリスクはリース会社持ち、ということもサラリと説明することを忘れないのは区長としての責任回避への備えなのでしょう。

 また本来なら庁舎改築すべき時期だったことを伏せて、現在の庁舎横にガスタービン発電と井戸による給水システムを作ったことを紹介し、区役所の災害対策の中枢機能は万全ですよと、即断即決のできる区長を表現しています。写真を多用して二重投資だったことを文字ではなく視覚的に表現しているところに新たな著者の工夫が見られます。そのことは実は文字でも暗に表現しています。次の一文です。うっかりすると読み落とす箇所です。


自治体の仕事は議論のまま終わらせることは許されません。かならず目に見える形で結果を出すことが求められます。(150P)

 確かに写真を見れば、改築するならこんな工事やるんじゃなかったのに、と目に見える形で結果は出ています・・・また世田谷区の財源に触れて次のような一文もあります。


 自治体で1億円の財源をつくりだすのは大変なことです。(156P) 

 これは区内の公共施設の電源を東京電力から新電力に替えることで、1億円安くなったことを述べているのですが、後に著者は1億円を失うことは、いともたやすいことを痛感させられるのですが、その類の記述は一切出て来ません。(がやがや館ほか)その割り切り方が、却って著者のファンには堪らない魅力となって光を放っているのかもしれません。ストレスの感じることは書かないのですから筆者はのびのびと筆を進め、また有名人との交流も描かれるなど、筆者の人間性が伝わる一章です。

 この章の最後では自費で行ったデンマークのロラン島の紹介があり風車による自然エネルギー等についてその歴史からと、盛り沢山の内容があります。なかなか示唆に富む内容です。ただし筆者はその昔、伊豆半島の風車発電の反対運動を助けていた事実は触れていません。その変節ぶりを微塵も感じさせない圧倒的な筆力に改めて感服。読み応えあります。

 第6章 民主主義の熟成が時代の扉を開く

 この章は、筆者は区長というより国会議員のノリで前半を原発問題を基本に話を展開させていきます。後半は昨年春に行った区長としての反省会の記述です。


2013年5月12日、私が世田谷区で取り組んできた政策を検証する公開ミーティング(後援会である「保坂展人と元気印の会」主催)を開きました。区長選の時に掲げた「基本政策」のうち、就任後の2年間で何ができ、何ができないのかを項目別にチェックしようという試みです。(216P)

 政治家の報告会は90分が相場のところ、徹底的に議論してもらうために筆者は270分もの時間を設定したことで、いやがうえでも、ページをめくる手が早くなります。が、著者もしたたかで、区長選の時に掲げた「基本政策」というところに一工夫します。 さらに著者は区長の責任を「参加型民主主義」を訴えることで、責任の所在を区民にもやんわり自覚させるあたりは、自己啓発セミナーもびっくりの鮮やかさです。ここでは「大型開発優先の区政の転換」も「川場移動教室」も一切出てきません。後援会による温かい眼差しにあふれた会だったことだけが伝わります。


 参加者から一方的な行政批判や個人的要望はほとんど出ませんでした。むしろ「こうしたらどうか」という提案型の意見が多く飛び出したのが印象的でした。(218P)

 ここも時間設定が昨年の5月だったことが著者の工夫したところです。必ずしも本の終わりの方だから、最近の話と思いそうなところを実は1年半も前の反省会であり、その後の数々の不満については、ここでは触れていません。ある意味「新人保坂区長神話」の神通力が衰えていない頃の話を最終部分に配置するところに著者の優れた構成力を感じます。しかも日時を正確に書いてあるところに、正々堂々感を出し、誰からの批判を封じる工夫もされています。

 第7章 地域分権と「住民参加と協働」の道

 最終章。都区制度論の解説から話はあちこちに飛びます。各章で触れたトピックスをもう一度繰り返したりしています。また筆者が関わった袴田元死刑囚にまつわる話もあります。

     以上、面白い本ですから皆様も一読を。


2014/08/27

騒音問題


 8月27日の読売が、国土交通省が羽田空港の新たな発着ルートの検討を始めたことを報じている。羽田空港に発着できる飛行機の便数を大幅に増やすのが目的だが、その飛行ルートを見ると世田谷区も無縁ではない。

 読売の図に、世田谷区の位置を赤く塗ると上図のようになる。

 離陸コースが、玉堤、玉川田園調布、尾山台、等々力、奥沢、野沢、下馬の上空を通過するように見える。時間帯は午後3時〜午後7時に限定されるというが・・・便数も集中して多い。

 着陸コースは世田谷区はかからないが、中野区、渋谷区、品川区上空を1,000メートル以下で降下する(港区や品川区に一部地域ではスカイツリー634メートルより低い高さを飛ぶ)から騒音も半端ではない。

 世田谷区に限っていえば、離陸コースと着陸コースがクロスする地域に隣接する北沢、代沢、池尻、三宿、下馬あたりが頻繁となる。

 音は微妙で繊細な問題となる場合が多い。ましてや騒音となると、それがどんなに小さくとも火ダネとなる。


2014/08/16

8月15日


 話題の書。「要するに、現存の体制は戦前・戦中さながらの〈無責任の体系〉以外の何ものでもなく、腐敗しきったものと成り果てていた。」と著者は言う。

 3.11以後の政府の無能ぶりを、あの無謀な戦争へ突き進んだ姿に重ねて、国民は「侮辱」の中に生きている、と説く。簡単に言えば国民は政府に舐められている、ということだろう。

 8月16日の読売新聞に堀場製作所の最高顧問の堀場正夫さん(89歳)が戦争末期のことを述べている。「終戦までの半年間は(国は)死に体のようなものでした。負けるのを少しでも先延ばしにしていた感じです。だからといって、どうせ負けるなら早く降参しようじゃないかという空気もあまりなかった。」

 もともと戦争を開始したのも、また終了させるのも、責任者不詳のような国だったところに、「決めてくれる」強い国に負け、占領されてしまった、というのが戦後のスタート。誰かが終わらせてくれたという意味で「終戦」同様に、国民が被った大損害もあたかも自然災害のような認識でいいのだろうか。二度とこのような惨禍を起こさないための総括が行われていない。

 ところで、15日の戦没者追悼式での安部首相の式辞の中で、「戦没者の皆様の、貴い犠牲の上に、いま、私たちが享受する平和と、繁栄があります。」というごく当たり前の、いつも使われているであろうフレーズがある。戦没者というのは軍人、国民すべての犠牲者をさすとしても、冷静に考えて見れば、ちょっとおかしい一文ではないか。

 そもそも、当時でも米英との戦争は無謀だったと考えられていた。つまり昭和16年の真珠湾攻撃にはじまる太平洋戦争をしなかったら、現在の日本はどうなっていただろうか。もちろん対日経済制裁という締め付けがあったにせよ、その後の4年間で戦没者の数を上回る被害が出たであろうか。日本国の国境線も現在より狭くなっていただろうか。仮定の話だから何の意味もないかもしれないが。

 例えば上記、堀場氏が述べたように、負けるのを半年も先延ばしにしていなければ、東京大空襲を始めとする本土空襲や、広島、長崎の戦没者は、救われたはずではなかろうか。(これらは戦争というものではない虐殺である。)

 戦争をし、負け、国土を失い、多数の国民を死に至らしめたから「私たちが享受する平和と繁栄がある」というのは、もはや意味不明である。

 まず、政府は国益をそこねた戦争をしたことを、そのことにより国民に多大なる犠牲を強いたことを謝罪することから始めるべきで、謝る側と、謝られる側が明確になっていない、それどころか同じ側に立っているとすれば、それこそ永続敗戦論の著者の言う、無責任の体系が今日も続いているのである。このことは対外的な責任とは別次元のことである。日本の政治の質を高めるためにである。

2014/08/08

石破氏の彗眼

 夕刊フジのネット版で過去の石破氏の発言が掲載されている。これは平成19年の参院選で第一次安倍政権が敗北した直後の石破氏の発言だ。当時は石破氏は安部首相の責任を追及する急先鋒だった。

「(安倍)総理は『私を選ぶか、小沢(一郎)さんを選ぶかの選挙』とあれほど言った。それで(有権者は)小沢さんを選んだ。そのことをどう思うかと聞かれて、総理は『私は使命を守る』という。答えになっていない。国民の意志を完全に無視している」

 これはまさに、「特定秘密保護法」や「集団的自衛権の閣議決定」の一方的な安部首相の主張と軌を一にする。答えになっていない。答えになっていないのだ。石破氏の政治的感性はまともだと感じる。

 さらに石破氏はこうも言う。


「総理は『私の内閣』とか『私の使命』とかそういう言い方をするが、内閣は個人のものではない。『私の使命』って、王様じゃないんだから」

 これも憲法解釈を一内閣の勝手でやってしまう第二次安倍政権の今日を予見させる発言である。これは今から7年前の石破氏の発言である。

 さらに石破氏は言う。参院選敗北の責任を取ろうとしない安部首相を糾弾して

「私だったら即座に辞めて、落ちた人のところに謝って回る。でも総理は落ちた人の気持ちが分からない。総理は週末ごとに大きな私邸だかなんだか知らないがお帰りになり、普通の人が行けないようなレストランでお食事になる。選挙の苦労もしていない。苦しい状態にある人にシンパシーが持てない。選挙で奥さんともども土下座して落選した人の気持ちはわからない」
 
 安部首相の本質を喝破した石破氏の去就が注目されている。内閣と党という距離のある関係ならいざしらず、これほど価値観の異なる人が内閣の一員となるはずはない、と思う。

2014/08/01

中国は大丈夫か?


 7月31日の日経新聞の記事に驚いた。まるでB級映画のあらすじが書かれているようだ。

「現在の妻と結婚するため、前妻を交通事故に見せかけて殺したとも伝えられ」

「警察機構や武装警察の指揮権を持ち『軍以外のあらゆる強制執行力を握る男』と恐れられた」

「周氏は薄氏と組んであわよくば習氏の国家主席就任を阻止し、自らもキングメーカーとして君臨することまで考えてた節がある」

「周氏は指揮下にある公安権力を駆使して胡氏や習氏らの通信を盗聴し、弱みを握って取引材料にしようとしていた」

「『周氏が薄氏と諮って軍事クーデターを企てた』『周氏は少なくとも2回、習氏の暗殺を謀った』。そのような噂を少なからぬ党員が信じている。」

「事件の公表まで時間が掛かったのは、周氏追及に慎重姿勢を示す党長老らとの意見の相違がなかなか埋まらなかったからだ。その間、習氏は周氏らの汚職を示唆する情報を『出所不明の噂』として流し続けた。」

 これが中国の最高指導部の姿として日経が伝えている内容である。

 さらに、8月1日の日経では、腐敗摘発が特定の派閥に偏っていて、「腐敗があっても習氏の基盤である太子党には手を出さないのか。党内では不満がくすぶる。」とある。

 そして何よりも、摘発で1兆5千億円相当の財産が押収されたこと。

 経済開放政策で「世界の工場」となり、じゃんじゃん儲かる国になったものの政権トップがこれでは、この国は大丈夫なのだろうか。

 しかも貧富の差は縮まらない。一握りの者が政治権力で富を独占する構造は、近代以前ならまだしも現在では犯罪である。それでも働いても働いても稼げない時代から、働けば働くなりに稼げる時代への転換に国民は酔っているのだろうか。

 重要なことは「情報公開」である。「情報公開」グラスノスチによってソ連はその政治体制が崩壊した。「情報公開」に耐えられる国家でなければ民主的とはいえない。

2014/07/27

世田谷区もやられた?生活保護サギ?

 毎日新聞が、無職の女(48)が三鷹市と相模原市と川崎市の三つの自治体から同じ時期に生活保護を受けていた疑いがあると報じている。さらには、この無職の女(48)は世田谷区からも三鷹市と合わせて受給していた疑いが浮上。

 記事によると「生活保護の受給状況は個人情報保護の観点から自治体間で共有されていない。無職女が生活保護を三重に受給できた背景に、重複受給を自治体が調査できない現行制度の不備があるといえる」らしい。また被害に遭った自治体の担当者は「住民票を移していない人に前の居住地を意図的に隠されたら、お手上げに近い」と口をそろえる、とも。

 世田谷区の生活保護費は200億円を超えている。無職の女(48)は複数の自治体からの受給は認めているが、経緯や理由については曖昧な供述をしているということからして、考えぬかれた犯罪の匂いもする。多額の税金が投入される制度に不備が存在するとは驚き。問題が明らかになった。

2014/07/25

がやがや館のレストランも

 池尻にある区立レストラン「がやがや館」は今年度は5千万円の赤字に抑えるとのこと。昨年度は1億円を超える赤字を出し、世田谷区の資産をドブに捨てた。

 7月12日の毎日新聞。「都心にアスリート食堂」とある。今どき外食業界、生半可な企画(コンセプト)で苦労するなか「疲労回復に、メタボ対策に」という主張のレストランが出現。

 実はこれ「がやがや館」のレストランの当初のコンセプト(企画)だったはず。

 おいしいレストランは、あまたある。そんな土俵で区立レストランが競争しても、赤字の山を築くだけ。

 区は本来の「健康増進」及び「生涯現役」を具現化する、ある意味、民間は手を出さない、かつ誰にとっても必要な「食習慣」につながるレストランを考えるべき。

 中高年にブームの(育ち盛りの年齢ではない、育ち盛りは逆にしてはいけない!が)“糖質制限”に着目することを6月の区議会本会議で提案している。
 上記は7月19日発行の「せたがや区議会だより」の私たちの会派の田中優子議員の代表質問の部分。

 民間(有名シェフ)はやらない料理(おしくはないし安くない)、だけど中年以降の「生涯現役」につながる食習慣の情報は必要不可欠ではなかろうか?

2014/07/21

長崎市から見える世田谷区の無茶ぶり

 7月15日、会派で長崎市を視察した模様が、長崎市議会のフェイスブックに掲載。長崎市は庁舎問題が解決に向かっている。果たして世田谷区はどうなっているのか。
 世田谷区では保坂区長が今年3月、10年後をメドに、現在の場所に、最低でも4万5千㎡の新庁舎を作ることを決定。(世田谷区本庁舎等整備方針)現在の本庁舎面積は2万8千㎡。
 現在の区役所は上の通り。世田谷地域に住んでいる区民をのぞけば、あまり知られていないのではなかろうか。実は上は第一庁舎であり、この他にも第二庁舎、第三庁舎、区民会館もあって、言ってみれば区役所は庁舎群から成っている。
 上図の第一庁舎(築54年)が区長室や総務、企画、都市整備系の部署等があり、第二庁舎(築45年)には福祉系部署、教育委員会そして区議会がある。そして第三庁舎(築22年)には世田谷総合支所と災害対策本部がある。また区民会館(築57年)には選挙管理委員会や情報公開窓口等がある。

 さて、区役所(庁舎群)の敷地は赤線の部分。ここにどうやって新庁舎を作るのか?近郊に仮庁舎を作る土地はない。(実際は中学校跡地等があったのだが保坂区長の決断が散漫で他の利用用途が決定。)敷地内に仮庁舎を作るとしても中庭は下が地下倉庫となって大型車両も駐車できないほど軟弱な地盤。駐車場も代替の土地がない。

 そもそも仮庁舎を建設するという手法は財政負担増から採用されない。通常は適切な土地に移転で新庁舎を建設させるのがよくある手法。しかし保坂区長は移転はしないと自ら決定してしまった。ではこの敷地で仮庁舎も作らずどうやって新庁舎を作るのか?

 リーマン・ショック前に想定した新庁舎建設手順では(移転しない・仮庁舎は作らないという条件で)休館が可能な区民会館を取り壊し、そこに新庁舎を作り、そこに第一庁舎の部署を移転、次に空っぽになった第一庁舎を取り壊し、そこに新庁舎を増設して第二庁舎の部署と移転・・・。というものだった。

 つまり、敷地内に“区民会館という区役所業務を行わないスペース”があったことが、同じ敷地内に新庁舎を作ることを可能にしている。(区民会館の中の選挙管理委員会と情報公開窓口は移転にはなるが)

 しかし問題は保坂区長の胸の内にあった。この区民会館は著名な建築家である前川國男氏の作なのである。(因みに実弟の前川春雄氏は元日銀総裁)保存運動である。運動メンバーには区長シンパも少なくない。区民会館だけでなく、第一庁舎、第二庁舎も前川建築である。前川建築のタッチは新宿の紀伊國屋書店のコンクリートむき出しのあの感じ、といえばわかるだろう。紀伊國屋書店は戦後まもなく作られた木造の店舗も前川建築。現在の鉄筋コンクリートの紀伊國屋書店は二代目の前川建築の店舗。

 さて、今回の長崎市の本庁舎も築55年、しかもこれまで、耐震補強なしのツワモノ庁舎。(当地では地震がほとんど無いとか。IS値0.3〜)

 長崎市の場合、適切な広さの土地がないことから、近隣の長崎市公会堂の土地に、公会堂を壊して新庁舎を建てる計画。長崎市では平成10年に公会堂よりキャパの大きい、長崎ブリックホールが完成している。とはいえ長崎市公会堂には歴史的な記憶が数多くあり、保存運動が起こる。ここが現在の世田谷区と同じ問題を背負っている。
 上図は長崎市の現庁舎(左2つ)と公会堂(一番右)の位置関係を示す。新庁舎の敷地は公会堂の隣の公園の敷地を含む。
 新庁舎の大きさは4万5千㎡〜5万㎡と世田谷区と同じ規模。
 なお現庁舎の跡地は公園にする予定とか。


 結論的に言えば、先月の6月議会で市長の強い信念のもと新庁舎の移転建設が決着した。まさにホットな視察だった。見事な対応の顛末を伺い、なるほどなーと得心が行った次第。

 一方、世田谷区の問題は保坂区長の胸の内にある。3月の予算委員会でも、6月議会でも私たちの会派の質問に保坂区長は区民会館の敷地を使って(つまり区民会館を取り壊して)新庁舎を考えるという表現を一切していない。むしろ区民会館を残してリノベーションの可能性に言及している。リノベーションとは庁舎の躯体を残して性能を向上させることである。簡単に言えば外装だけ維持して中身を新築にするという手法。が、そもそも1960年代の建築物にはリノベーションの余地はあまり多くない。そもそも、元がスケルトンインフィルでなければリノベーションの効果は上がらない。どう考えても財政上の負担が大きくなるだけである。保存という観点からもゴマカシに過ぎない。

 もちろん保坂区長の“意図”は保存派への配慮である。が、財政負担を最小限に抑え、現在地の敷地内で現在の大きさ2万8千㎡から最低でも4万5千㎡の新庁舎を作るには、しかも10年をメドに、ということからすれば残念ながら区民会館の敷地を活用しないと実現できない。

 保坂区長は自分で自分を追い詰めている様にしか見えない。新庁舎の位置を現庁舎の位置だけでなく他の場所も考えれば、区長の“思い”は満たされたかも知れない。他の場所での新庁舎を考えろ、と主張していたのは皮肉にも私たちの会派だけである。

 6月の代表質問(田中優子議員)で現在の区役所の敷地内で、新庁舎建設のパターンを考えてみると区側は答弁している。一方で仮庁舎の土地は見つからないと答弁していながら、仮庁舎の可能性も排除しないと訳のわからない答弁もしている。

 
 もう一度考えてみよう。財政負担を最小限に抑え、この敷地に新庁舎を建設するならば、区民会館の場所に作らざるをえない。
 しかし驚くべきことに、保坂区長は株式会社久米設計という会社に庁舎建設のパターン(シミュレーション)研究の業務委託の契約をし、それも10パターン以上を考えろ、という無茶ぶり。

 久米設計という会社は建築設計専業で日本ではベスト3に入るという大手。そこに委託した内容は

 ◉本庁舎の規模の試算

 ◉本庁舎等の配置の複数シミュレーション比較
 1 現敷地の法規制及び敷地条件等を確認し、シミュレーションの前提条件を整理すること。
 2 「本庁舎等の一部改築または全部改築」を含む本庁舎等配置の複数プラン10パターン以上の作成・比較を行うこと。
 3 上記の複数プランを10パターン程度に絞込み、解体・建設手順(仮設庁舎の有無を含む)の作成・比較及びコスト試算・比較を行うこと。

 ◉事業手法の比較・検討
 従来型やPFI型など、様々な手法を比較・検討するとともに、他自治体の最新事例などの調査・研究を行うこと。

 ◉設計・施工事業者選定手法の比較・検討
 従来方式や設計・施工一括方式など、様々な手法を比較・検討するとともに、他自治体の最新事例などの調査・研究を行うこと。

 ◉庁内検討委員会等の運営支援
 区が設置する庁舎計画推進委員会及び同検討部会、同ワーキング・グループの運営支援を行うこと(計10回程度開催)
 ・検討委員会への出席(区が設置する庁舎計画推進委員会検討部会に5回程度出席すること)
 ・資料作成及び課題整理(検討委員会等での検討にあたり、事務局である庁舎計画担当課の指示に基づく資料を作成し、会議に必要な数量を用意すること。また検討委員会等から出された課題について、必要な調査を行い、課題を整理すること)

 ◉シンポジウムの運営支援
 1 シンポジウムへの出席(1回)
 2 シンポジウム運営に必要な資料の作成
 3 その他、シンポジウム運営に関し必要な業務

 ◉基本構想(中間まとめ)案及び同概要版の作成

 と、以上が久米設計に委託した“お仕事”のだいたいの内容。おそらく、ここまで長ったらしいブログを読まれる方は多くないと思うが、区役所の仕事の一端が垣間見えるだろう。
 例えば、昨年のNHKの朝ドラ「ごちそうさん」で主人公の夫は昭和の始めの大阪市役所の建築課に務めていたという設定だった。そして自ら設計に従事していた。小学校とか地下鉄とか。しかし現在では、少なくとも世田谷区ではそんなことをする職員はいない。

 専門的なことは専門のシンクタンクに委託するというのが今どきの「お役所仕事」。実際、区役所の中でこの新庁舎建設の担当部署は「庁舎計画担当課」であるが、そこには一般事務職の課長、係長、主任主事、および事務職の嘱託員の4名体制で、建築技術職は一人もいない。

 それにしても、現在の敷地に10パターン以上の配置、建築手順を考えろ、というのには恐れいった。久米設計の内情は知らないが、業界では社会的信用も実力もあるという評判の大手である。どんな「答え」が出てくるのか楽しみである。

2014/07/19

世田谷区の保育サービス利用者の世帯収入1000万から1500万が最多

 平成25年11月から12月にかけて世田谷区は「保育サービス利用者アンケート」を実施した。調査対象は保育施設(認可保育所•保育室•認証保育所•認定こども園)は無作為抽出、保育ママ、家庭的保育事業は利用者全員で計3130家庭。調査方法は施設から対象者へ直接手渡しで、回答は郵送。有効回答数は2062家庭で66%の回答率。

 保育施設を申し込むにあたってどこから情報を得たか?
    区のホームページ      56.4%
    区の保育課         45.6%
    保育施設への訪問      42.3%
    友人知人          31.7%
    区の子ども家庭支援センター 22.3%
    保育施設のPR         13.8%

 現在通われている保育施設は希望していた保育施設か?
    希望していた保育施設である 76.7%
    希望していた保育施設でない 23.2%

 現在の保育施設に入るまで待機期間はあったか?
    ある            39.0%
    ない            60.7%

 上記で「ある」と答えた期間の対応は? 
    育児休業を延長した     28.3%
    認証保育所に預けた     24.2%
    認可外保育施設に預けた   18.0%
    父母のどちらかが面倒みた  16.3%
    保護者の親に預けた     12.7%
    保育室に預けた         9.9%
    一時保育施設に預けた      7.7%
    認可保育所に預けた       6.3%
    友人知人に預けた        3.6%
    保育ママに預けた        3.6%
    親族に預けた          2.7%
    仕事をやめた          2.7%
    家庭的保育事業に預けた     0.7%
    認定こども園に預けた      0.1%

 保護者の就労状況
             父親    母親
フルタイム        87.3%   51.7%
フルタイム(短縮制度利用)  0.6%   25.0%
パート            0.4%  12.1%
自営業          10.4%   6.9%

 世帯収入(保護者の収入合計)          

 200万円未満             3.5%   
 200万円以上 〜  400万円未満    9.8% 
 400万円以上 〜  600万円未満  16.3%   
 600万円以上 〜  800万円未満  19.8%   
 800万円以上 〜1000万円未満  17.6%   
 1000万円以上 〜1500万円未満  20.1%   
 1500万円以上 〜2000万円未満    8.0%   
 2000万円以上            3.2%  

 世帯収入が1000万円以上は31.3%である。父親のフルタイムが87%、母親のフルタイムは短縮制度利用中を入れれば76% 。

 因みに世田谷区の保育サービス施設を利用している子どもたちは1万3454人。区内の5歳以下の子どもたちの数は4万2700人で31.5%が保育サービス施設を利用している。
(平成26年4月1日現在)

 区立認可保育園  50園   5181人
 私立認可保育園  66園   5264人
 保育室      15施設    431人
 保育ママ     23施設      89人
 家庭的保育事業  14施設    107人
 認証保育所    69施設  2201人
 緊急対策保育事業   3施設    181人

 それでも4月1日現在で1109人の待機児というのが世田谷区の実情。

2014/07/11

狙われる危険

 地震、津波、噴火・・・。日本の原子力発電所はそのどれに対しても安全性が確保されていない。加えて、“武張った国”に変えようとするならば、“攻撃される”という決定的な危険が増える。自然災害には国民は一致団結する。しかしテロリストの出現には国民への監視と不信感しか生まれない。嫌な国の舵取りだ。

2014/07/06

社会保障の岩盤改革

 来年度から、いわゆる小規模認可保育園(定員6人から19人までの小規模保育)が誕生する。認可権は世田谷区。参入は自由であるべきで、参入後の運営チェックは厳しく、というのが基本ではなかろうか。しかし、区が考えている参入条件には「社会福祉法人・学校法人以外の者に対しては、経済的基礎、社会的信望、社会福祉事業の知識経験に関する要件を満たすことを求める」とあり参入障壁を設けている。(国の通達がこうなっているとか・・・)

 国の通達は日本全国の自治体に向けられている。その全国の自治体の中で世田谷区は保育待機児ワーストワンという状況にある。

 全国と同じでは、世田谷区の保育待機児問題は解決しない。しかも社会福祉法人・学校法人以外は参入障壁となる「経済的基礎」、「社会的信望」、「社会福祉事業に知識経験」の審査基準を世田谷区は定めていない。というより、「社会的信望」なんて、どのような尺度があるのだろうか。

 もはや、昭和20年代の制度設計(措置制度)を多く引きずる社会福祉法人の発想だけでは世田谷区の保育待機児解消はできないだろう。
 厚労省では社会福祉法人制度の見直しも考えている。「社会福祉法人の見直しについて」(平成26年6月16日)

 この日本で需要があるのに供給が何年も間に合わない、ということはあるだろうか。モノでもサービスでも溢れている。しかし社会福祉の分野では保育所も特養ホームも慢性的な不足状態である。その運営のほとんどが社会福祉法人。現状の社会福祉法人を取り巻く環境では、質や生産性の向上につながる改革はできない。それでいて社会福祉に投じられる国の税は莫大である。いずれその税も続かなくなる。

 来年度からの小規模保育を含む「子ども・子育て支援制度」という新たな制度は消費税10%を財源としている。それでも4000億円の財源不足で解決していない。さらにその消費税10%も決まった訳ではない。経済状況を見て判断すると政府は言っている。

 景気が悪くて消費増税を見送れば、「子ども・子育て支援制度」は赤字国債頼み。

 景気が悪くても消費増税を断行すれば、経済自体が落ち込み赤字国債頼み。

 どっちにしても景気がうまくいかなければ日本の社会保障は制度疲労を一気に噴出する。

 その前に、質や生産性の向上につながる改革を社会保障に導入しなければならない。が、政府は違うことに執心している。目の前の課題に取り組まない政府が果たして国を守れるのだろうか?

 

2014/06/27

“無かったことにしよう”という思想

 都議会のセクハラやじに関する“決着”はまたもや、無かったことにして今後は気をつけようという方向に。こういう“決着法”が日本に溢れている。

 原発事故も未だに原因と責任の所在が不明のまま、まるで無かったかのように再稼働に政府は動いている。

 もっと言えば、敗戦を終戦と言い換え、戦争の総括さえしていない。その戦争においても次々に戦況が悪くなっているにもかかわらず、それを無かったことにして精神論で戦争を継続した・・・。

 解釈改憲も同様。そもそも解釈など無かったことにしようとしている。こんなことをしていれば、何の教訓も汲み取ることもできない国民や国家になってしまう。同じ失敗を繰り返すだけである。

 このどうしようもない習性は、おそらく狭い土地に縛られて主として農耕を生業として生きてきた、かつての日本の“知恵”だったのかもしれない。全員で一斉に田植えをし、全員で稲刈りをする生活上の価値観は「みんな一緒」や「和」が絶対だったのだろう。「対立」をもたらすものは排除しなければ農耕という共同作業は成り立たなかったのだろう。さらにそこから「対立の芽」は摘み取る、無かったことにする、忘れる、という解決法が編み出されていった・・・。典型的な「ムラ社会の論理」である。

 都議会で合理的に検証してみよう、という発想は今の時代、生まれないのだろうか。

 もっとも、ヤジを受けた都議の立ち位置も不明である。断固戦うのではなかったのだろうか?この人もまた、知名度を上げた「過去の自分」は無かったことにしてくれと切望しているとのこと(週刊誌報道)。案外、自民党の発想と似ているのかもしれない。

2014/06/21

全世界に伝わる東京の“セクハラヤジ集団”

 都議会の自民党は、セクハラヤジ議員をいつまで、かくまっているのだろうか。世界中で呆れられているゾ。

 議会中継では発言者の声をマイクは拾うが、ヤジは入りにくい。それでもあれだけ拾えたのだから、議場内ではハッキリ聞こえたはずである。

 自民党の石破幹事長も21日のテレビ番組で「速やかに『私です』と言っておわびをすることが必要だ」と述べている。当たり前だ。(ジョージ•ワシントンの桜の木の逸話を知らないのだろうか?)今後、出てくるにしても、うやむやにしようとしていたことは明らかだ。

 今回の件は自民党というカルチャーの中に、今なお女性への蔑視があることを伺わせた。だから都議会自民党は何も動かなかった。女性への蔑視は生命の尊さを軽んじることにつながる。それはまさに解釈改憲で無理矢理、集団的自衛権を成就させ、戦闘行為に国民を近づけることにつながっていく。

 女性に対する蔑視と生命を軽んじる“まなざし”こそが安倍政権の本質ではなかろうか。もちろんそれを隠すために女性政策をふんだんに盛ってはいるのだろうけど。

 もはや都議会自民党「再発防止」程度でお茶を濁すことはできないだろう。