2015/02/11

言葉のインフレ「子ども・子育て応援都市宣言」!

宣言文は以下の通り。

子どもは、ひとりの人間としてかげがえのない存在です。
うれしいときは笑い、悲しいときには涙を流します。感情を素直にあらわすのは、こどもの成長のあかしです。子どもは、思いっきり遊び、失敗しながら学び、育ちます。子どもには、自分らしく尊重されて育つ権利があります。

子どもは、地域の宝です。
大人は、子どもをしっかり見守り、励まし、支えます。地域は、子育て家庭が楽しく子育てできるように応援します。子どもは、成長に応じて社会に参加し、自分のできることと役割、みんなで支えあう大切さを学んでいきます。

子どもは未来の希望です。
今にきらめく宝です。大人は、子どもにとっていちばんよいことを選び、のびのびと安心して育つ環境をつくります。

世田谷区は、区民と力をあわせて、子どもと子育てにあたたかい地域社会を築きます。ここに、「こども・子育て応援都市」を宣言します。

 平成27年3月3日          世田谷区

この宣言を最後まで読み通す忍耐力のある区民はほとんどいないだろう。常識的なことだらけで、敢えて言葉にする必要性すら感じられない、云ってみれば、不要不急のかたまりだらけ。

世田谷区長の頭は浦島太郎状態なのだろうか。詩人の谷川俊太郎氏はこう言っている。「ものすごいインフレーションですね。実態が伴わない言葉が氾濫している。ストックにならない。全部がフローになる、言語が。」もちろん保坂区長のことを指して言っているのではない。“言葉が氾濫する時代”というNHKの朝の番組でやっていた中の一節である。2014年11月14日放送ここクリック。

政治状況も同じで、実態のない言葉で有権者を惑わす手法は、とっくの昔に通用しなくなっている。それは民主党政権の崩壊過程でいやというほど味わったことでもある。

保坂区政の本質は、おそらく区長以前の政治姿勢も含めて、「言葉のインフレーション」である。インフレ製造機と言っていいかもしれない。だから一時的に期待は集まっても、人は去っていくのである。

その点、国の政権与党は事実を重ねることで動かそうとしている。しかしそれはそれで「言葉のデフレーション」を起こす。究極は「問答無用」であり、民主主義における議論の場を失いかねない。

私たちは「言葉のインフレ」を戒めながらも、「言葉のデフレ」に陥らないように、思考や感受性の道具である「言葉」を大切にしなければならない。

それにしてもこの類の宣言とやらは、常識的にみて、5月5日の子どもの日にやるのではないだろうか。それを3月3日とは。区長選前の話題作りが透けて見えるから、野暮というもの。