2013/11/29

山田真貴子氏が“特定秘密”に?

 山田真貴子(53)氏が総理大臣秘書官起用へ、と朝のNHKが報じている。総理大臣秘書官に女性起用は戦後初という伝え方も古色蒼然だが、世田谷区民には馴染みのある名前。平成16年から4年間、世田谷区の副区長(当時は助役という名称)を務め、議会でもその高い手腕は評価されていた。その後、総務省にもどり順調に階段を。現在は経済産業省で商務情報政策局IT戦略審議官を務めている。一時期、区長選に推す向きもあったが今となっては賢明な選択だったのかも知れない。(ご本人にとっては。世田谷区にとっては・・・)
 それにしても、総理大臣秘書官と言えば、“存在そのものが特定秘密”のようなもの。大変な職務。個人的には喜ばしい限りだが、あんまり書くとタイホされちゃうかも・・・(笑)。


2013/11/27

2013/11/26

会派名称の変更

11月26日付で、会派の田中優子議員と桃野よしふみ議員の両名がみんなの党を離党したことを受けて、会派名称を「無所属・世田谷行革110番」に変更しました。略称は「F行革」。Fとはフリーというイメージです。

2013/11/13

政治資金集めてどうする?

 11月12日新宿京王プラザホテルで保坂展人区長の政治資金集めパーティーが開かれた。やってることは自民党の政治家と同じ。市民派とはまるでイメージが異なる別のカオがそこにはある。
 区長の退職金廃止を公約として実現させたものの、一方でこんな政治資金集めをして業界筋から“補てん”しているとなると、果たしてどっちがいいのだろうか。ツケは区民に回されるのがオチ。世田谷区政では保育待機児問題がここ数週間で次々と計画が頓挫し来年のワーストワンも確定的でといわれるなかでの派手な高額パーティー。他にも問題山積の世田谷区政。当初は部下にまで政治資金を要請するワンマンぶりの勝ってし放題で、議会で取り上げようやく今回は部下の出席は撤回したが、結局のところ政治はカネということを立証した市民派区長ということなのだろう。

2013/11/12

直下地震、足を引っ張る老朽庁舎

 日曜日の早朝も関東は揺れた。中央防災会議が首都直下地震の想定を現行の7.5から8.5に変えるという。(8日毎日)マグニチュードが1増えるということはエネルギーが33倍増える。
 世田谷区役所の本庁舎(第一から第三まである)はこの新想定でいけば完全にアウトだろう。今や都内で最古の庁舎となりつつある第一庁舎が竣工したのは1960年9月25日。築53年。
 上記の第一庁舎で約740人の職員が働いている。この庁舎とは別に第二庁舎があり、そこでも約740人が働いている。合計1500人。(第二庁舎の竣工は1969年3月31日)
 上掲は第一庁舎の3階床。深刻な亀裂が生じている。また第二庁舎の床は傾いていてボールが転がるほどという。
 実は最古の施設庁舎は、第一庁舎隣の世田谷区民会館。竣工が1957年9月25日。築56年。ここは災害時の食料及び生活必需品の集積場所となっているが座席が固定式で階段状になっており、使用勝手が困難といわれている。
 上掲は1960年頃、手前が世田谷区民会館(事務棟含む)と向こうが出来たばかりの第一庁舎。もちろん、現在、耐震工事はなされているが(2001年実施)これは1995年の阪神淡路大震災を受けて国の補助金等で行ったもので、いわゆる外枠にバッテンを入れ、露出している柱を補強した“程度だった”。
 “程度だった”というのは、“そのうち建て替えるのだから”という意識が少なからずあったからである。その後、2004年の新潟中越地震、そして2011年の東日本大震災。3,11では第一庁舎の窓ガラスが大量に破損している。

 いづれ首都直下は来るだろうし、(それは1回ではない、何年かおきにまた来る)多数の犠牲者が出ることは避けられないし減災の思考で立ち向かうしかないが、災害時の被災者が一番待ち望むのは自助、共助もさることながら公助ではなかろうか。或いは区内には公助に全面的に頼る人もいる。(それは区内人口の高齢化に比例している)
 その拠点が本庁舎である。普段、区役所の世話にはなっていないと思っている人は多いと思う。税金だけとりやがって何一つサービスを受けていないという主張も若い人の実感かも知れない。しかしそれは、“普段”だからである。平常時だからである。非常時に区役所が機能しないということは、区民にとって、とても痛いことである。最も残念なコトになるかもしれない。
 実は、本庁舎建て替えの方向は2006年頃に着手の一歩手前まで来ていた。それが2008年のリーマンショック、百年に一度の大不況で、財源の見通しが立たなくなって沙汰止みとなった経緯がある。そこに2011年の大震災。
 現在の区長は、決断が出来ない(または遅い)ことで有名である。その反面、議会(多数派)が決めたことならすぐやる傾向や、区内有力団体の要請にはホイホイ応えてしまう政治姿勢で知られている。
 しかし本庁舎問題だけは何を繕っても、区長の責任は免れないと思っているのだろうか、決断はノロノロである。区長の仕事は突き詰めれば責任を取ることだけだろう。あとは5千人の職員が考えて働くだけである。今決断しても竣工は10年後くらいである。
 首都直下は明日来るかもしれないのに・・・。

2013/11/09

クルマの「世田谷ナンバー」大丈夫?

 卑劣極まりない犯行である。世の親の肝胆を寒からしめる凶事である。単なる思いつきで「犯行現場」が決まってしまう恐ろしさ。「私たちは世田谷区民です」なんて表示(世田谷ナンバー)をクルマに付けて走って、今の時代、大丈夫なのだろうか?これも現世田谷区長が率先して決めてしまった強制。クルマの世田谷ナンバーは強制であり、他を選べない。来年度から。

落合貴之

 誰しもが認める大器、世田谷産の逸材である。もちろんまだ若いので多くの人には「片鱗」さえも感じられないかも知れないが、2年以上、間近で見ていて日本の行く末に欠くべからざる人材ではなかろうかと随所で感じる。なんと言っても元経済企画庁長官をつとめた田中秀征氏の“最後の?”愛弟子である。
 落選直後の結婚、あとは上り坂である。あの週刊新潮が非常に好意的に書いているのも本人の人徳によるのだろう。ちなみに私も末席から二人の門出をお祝いしました。(↓クリック拡大)