2011/08/28

首相の責任は重い

 確かに重い作品であることは間違いない。しかし首相は自分のやってきた責任の重さを感じただろうか。3.11以後、日本のトップはまぎれもなく菅直人である。しかも原子力の専門家を任じていた首相である。
 本作品は事故後の“放置状態”を告発する映画とも読める。果たして日本では事故後の放置状態はないと言えるのだろうか。

2011/08/26

放射能をなめてはいけない

 ようやく会派メンバー全員で観ることができた。ドキュメンタリー映画であり、事実がありのまま映されている。2003年のアカデミー賞作品であり、8年前の映像でありながら、日本の今後のようでならなかった。
 一言で言えば、「放射能をなめてはいけない」あるいは「放射能はそんな軽いものではない」と強く言われたようだった。見終わって4人ともしばらく声がなかった。
 何もなければ、夕日に映えるのどかな農村風景。その土地に生まれ、その土地で育った人々が、その土地を離れたくないという言葉は、美しい農村風景とともに、そのまま日本の今に重なる。
 映像では様々な場所、それは原発からの距離が示されるが、240キロの町でも異変は起きているという部分では、思わず東京の位置を考えた。
 「ただちに健康には影響しない」といった政権の責任問題が浮上するのは、この映像が示す限りでは、あと半年もないかもしれない。仮に10分の1でも、100分の1でも、1000分の1でも大変な数である。
 数年前に、これも会派で観た「東京原発」と同じように、将来(それもごく近い将来)この映画のことが予告のように思い出されるような事態になっていなければ、いいなあ、と思うが可能性は低い。厚労省の副大臣クラスは盆踊りなんかに精を出すより、こういうものを手掛かりにして対策を講じておくべきだと思う。

2011/08/25

公務員のあるべき姿

 左は都政新報の8月23日版。目黒区役所の職員組合が、目黒区の財政危機は「根拠がなく、つくられた財政危機」と主張している。その理由の一つとして「目黒区だけが大騒ぎしていて、他区では同様の動きがない」としている。しかしそれは誤りである。世田谷区でも財政的に破綻の未来図しか描けていない。大騒ぎはしていないがここ数年深刻な問題という認識はほとんどの区にあるはずだ。そもそも日本の財政危機からして知らぬはずがない。
 景気が悪ければ税収は下がる。一時的な落ち込みなら基金を取り崩して間に合わせれば良い。しかし政府の経済政策の失政によって(というよりバラマキ優先で他は無策)いつまでたっても新たな産業は育たず(時代にあった規制撤廃をしなければ旧態の産業構造は変わらない)景気低迷である。しかも震災とこの円高となれば、当面税収が伸びるとは考えにくい。
 基金取り崩しでしのいでいる現状を改めなければハタンすることは想定の範囲である。しかも首都直下を考えれば基金をゼロにすることは極めて不安である。
 「入りを量りて出ずるを制す」というのは自治体であれ企業であれ家計であれ、人間の営みの基本である。しかし家計であれ企業であれ自治体であれ、「出ずるを制す」が難しい、というより誰だって「嫌」である。しかし財政問題は「好き嫌い」では解決しない。
 とは言え、不満の蓄積は無視できないし、些細なことで爆発するから、「出ずるを制す」は机上の合理性だけでは失敗する。昔の「メザシの土光さん」ではないが、まず当事者からエリをたださなければ進まないし進められない。「なんで私たちだけが我慢するんだ」という感情こそが単純なことだが、実は気を配らなければならないことである。公務員は「雨ニモマケズ」ではないが「あらゆることを自分を勘定に入れずに、よく見聞きし、分かり、そして忘れず」という姿勢があってこそ進むものも進むのである。

2011/08/24

豆を煮るに豆がらを以てす?

 面白い本である。かねてより、小沢一郎氏が、相手の好き嫌いによって電話に出ない、連絡が突然とれなくなる、といった新聞での人物譚(その多くが離れて行った人たちの証言だが)が気になっていた。いい年した大人が、それも社会的な地位がある人物が、そんな子どもじみたことを、どうしてするのか、また出来るのか不思議でならなかった。この本を読むと、その疑問がきれいに氷解する。(長年のナゾが解けてトクした気分。さらにいわゆる“忖度政局”のカラクリもおよそ察しがつく)
 また、テレビなどでなぜ居酒屋から出てくるシーンが多いのかという、一見どうでもいいようなことが、実は小沢氏にとって大切な意味が隠されていたりして、ちょっと意外。(庶民派を演じているというレベルではない!)
 かつてブログでも書いたように、小沢一郎氏の解決スタイルは「恫喝と懐柔」が基軸になっている。しかしこの本を読むと、どうして「恫喝と懐柔」になってしまうのか、その“仕組み”がうまく描けている。
 それにしてもこの本の元ネタはアエラの特集記事であり、出版社は朝日新聞出版。最後の部分で著者にこのように書かせたのはどうみても出版社サイドの意図が働いていると思う(笑)「非常時のいま、日本のリーダーにふさわしいのは、官僚を動かせないがカネに清い菅直人か、カネに汚いが官僚を動かせる小沢一郎か。それともまったく別のタイプか。」
 それにしても、この帯の高さはすごい。こんな帯は見た事がない。まさに朝日の「悪意」とでも言いたい本である。

2011/08/18

政権取ったら出来ませんでした・・・

 上は8月13日の読売新聞の一面。民主党の代表選(単なる内輪もめというか、次期選挙用のパフォーマンス合戦?)に前原氏の不出馬の弁が載っていた。「首相と閣僚では仕事の大きさが違う。私には能力も覚悟もない」と周囲に語ったという。
 国民目線からすれば、全くその通りで、前原氏からしてそうなのだから、それ以下の人物が代表となっても、もはや政権担当能力が民主党にあるはずはない。
 思い起こしてみても、前原大臣時代の八ッ場ダムはその後どうなったのか?不明である。「能力も覚悟もない」前原氏が今後どうするか、これも不明である。能力とか覚悟は一夜漬けでどうなるものではない。要するに民主党が「政権取ったらできませんでした」ギブアップということである。
 とはいえ、「政権取ったらできませんでした」は安倍政権から始まる。その原因は官僚との関係にある。敵視すれば政権投げ出し、丸投げの方向にブレ、理解を示せば「大連立」という宿題を出されるのが、この5年間の国政である。
 急がば回れ。最初に『公務員制度改革』をやらなければ、誰がなっても「政権をとったらできませんでした」の繰り返しである。もちろん法律一本でやれる話ではない。

2011/08/11

世田谷区の財政


 7月に公表された財政状況によれば、世田谷区の財政が悪化していることがわかる。単純に言えば、人口は増え、税収は減っているということである。
 5年間で見ると、人口は83万6千から1万7千ほど増加して85万3千となっている。約2%の増である。一方で区民税は昨年度急減して前年度より80億円減って1063億円である。約7%の減。
 住民の2%増と、税収の7%の急減、これが財政問題の核心である。
 区では一人当たりの税負担額を出している。平成18年度から21年度までは13万5千円前後で推移していたのが平成22年度は一挙に12万4千円まで下がっている。税負担額は所得に依っているから、区民の景気が良くないということであり、その原因としてリーマンショックがある。その後の景気は国内は大震災、世界的には不況と見通しが立たない。
 さらに住民構成の高齢化で支出は増大する。いわゆる八方塞がりである。現状は足りない分をこれまでの基金(貯金)を取り崩して、しのいでいる。(目黒区はその基金が底をつきかけて大変なことになっている。)
 一方で国の借金は943兆円。国民一人当たり738万円の借金ということである。
 もはや国をアテにしていいのか?この数字は地方自治体の経済的自立を警告している。国からの補助金や交付金の原資は借金であり、未来からの前借りである。
 地方の視察で自治体の財政状況を尋ねると一様に国からの支援と答えるのには驚いた。

高まる“東京大震災”の確率

3.11以後、日本の地下はめちゃめちゃに変わってしまった。らしい。
首都直下地震(東京湾北部地震)はその名称からも23区でも北部地域がメインで世田谷区は少しズレている。しかし立川断層帯となると、世田谷西部に近い。その立川断層帯での地震発生確率が一段と増した、ということである。
物騒なたとえをすれば、東京の地下に時限爆弾がいくつもある、ようなものである。もはや人間に対する自然テロと言えるかもしれない。
 まさに首都防衛という考えからして、帰宅困難者が発生するような首都のあり方で良いのだろうか。言い換えれば発生時間によっては通勤困難者が発生する都市構造ということで、インフラの復旧に相当の時間を要するという事である。
歩いて通える都市構造にかえなければ、来る大地震には備えられない。つまりその意味でも地域主権はソフトハードから求められることである。首都全体を十把一絡げで考えても、こと個人単位での防災には埒はあかない。
 エネルギーや食料や医療といったものを物流や地域での場所確保という観点から確実にしていかなければならないのではなかろうか。

2011/08/10

隣の芝生 だけが枯れているのだろうか?

 財政パンク寸前の目黒区の改革素案が出た。(と10日の産經新聞が伝えている)区の830の事業のうち73%にあたる607事業を廃止や休止、延期するなど見直しを行う。
 とにかく毎年30億円づつ削減して3年間の累計で180億円の削減を目指す。
 新聞報道を読む限り、とりあえず素案にしてみました程度で、具体的な実施にはまだまだ先のよう。例えば保育園の民営化などを考えているが、24年度中にスケジュール策定という“先送り観”ありありの“のんびり度”である。
 削減政策は、削減だけでは成り立たないという民主主義の矛盾を抱えている。(実はそこが最大のポイント。)
 目黒区長は今月中に区民と懇談会を行うという。削減素案がテーマだ。ひるがえって世田谷区はテーマを決めずに区長が暢気に、いや何も考えす、否自由に、懇談会を開催している。財政状況は五十歩百歩にもかかわらず。(この点については会派として6月議会で区民と財政状況を説明する懇談会にすべきだと口を酸っぱくして述べている、から言うのだが)
 行革は切羽詰まってやれば失敗の度合いは増す。余裕を持って大胆にするのが肝心である。

看板倒れ

民主党終わったな、という感じである。

2011/08/09

ぬか喜び?区財政

 景気がいいとか。どこの話といえば東京都の法人住民税(23区の財源)が増加したという。しかし大半の法人が3月決算ということで大震災の影響はそれほどカウントされていない。
 つまり本当に怖いのは来年ということであり、さらに今年すら予定通り税収が確実に入ってくるという保証はない。予定では世田谷区は約56億の増ということであり、歳出カットは一時お預けという観もあるが、上述した通り、現在を考えれば、逆である。今こそ行革の工程表を作らねば先がない。
 大震災、そして世界的な不況。穏やかな港町がたった数分で津波に飲み込まれ、消えてしまうという、「ウソだろう」という信じられない状況が財政破綻という形で再び近づきつつある。

2011/08/08

世田谷区政の秋


 8月7日の朝日新聞に「保坂・世田谷区長3カ月」という記事が。放射線量調査では成果があがったと評価。ただし電力情報の公開は電力会社の拒否で進んでいないと。
 実は区議会の中では、保坂氏は何を目指して区長になったのか、疑問視する声が上がりつつある。災害について、原発について、放射線について、発信力はあるものの、具体策について行政はついていけてない。
 笛吹けど行政は踊らず、どころか区民の関心も急速に薄れているとか。記事によれば就任直後に200通以上集まった「区長へのメール」は今は1日数通。
 以後3か月で、国民が浴びた原発に関する情報量はすさまじい。しかも目の当たりにする被害を含めた情報は自分たちの生命に直結するだけに学習効果を高める。
 その結果、脱原発のためには電力の自由化や発送電分離という問題を解決しなければならないことがわかった。まさに国レベルの問題である。さらに区長レベルでは電力会社は見向きもしないということも証明されてしまった。
 区長選当時はかなり先進的な主張であっても、以後3か月で区民の意識が追いついてしまったということである。
 区長の“本業”は区の経営である。財政問題を基底にして安全安心を含めた福祉の実現が主要な幹である。その幹を支えるために行政があると言ってよい。
 残念ながら行政のホンネは「野党の国会議員の感覚で区長をやられても困るよなー」「他人の考えを聞く前にトップの考えを示さなければ何も言えないじゃん」「トップが次から次へと決断してくれないと動けない」「結局「ていねいに」は何もするなということ?」「まかせると言って自分で判断する、自分で判断するといって他人の意見を聞く、二重の苦労」あたりに・・・。
 トップの資質が試される秋。

「ただちに健康に・・・」の意味


2003年アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞受賞。
8月13日(土)〜
ヒューマントラストシネマ渋谷 
銀座テアトルシネマ

腸重積


 腸重積(ちょうじゅうせき)という腸の症状はあまり知られていない。乳幼児に起こる腸が重なってしまう症状で、手遅れになると死んでしまうほど危険度が高い。実は半世紀ほど前のことになるが私自身がこの症状であやうく死にかけた。たぶん3歳になる前くらいだった。近くの医院ではわからず総合病院に駆けつけいきなり手術となり命をとりとめた。執刀の医者があと数時間遅れたら腸の壊死が始まって手の施しようがなかったと言っていたらしいから、滑り込みセーフの人生はその頃からだったのだろう。
 手術といっても開腹して腸を引っ張るだけで、別段悪くもない盲腸までも、ついでに“切っておきました”と言われたのには、後年になってひどい手術だなあと思ったものである。(現在では開腹手術以外の方法あり)
 それでも一命をとりとめたので有りがたかったが。
 この腸重責(ちょうじゅうせき)という症状は他人に説明するのが難しい。6日の朝日新聞に図解が示されていた。この図がなければ、言葉だけでは伝わらない。しかも腸重責(ちょうじゅうせき)と漢字で書かれても、読み方にせよも症状についても、経験者やその回りの人以外は滅多に知る機会はない。
 記事では今でも、治療法がバラバラであって、今回学会がガイドラインを定め周知徹底するという。体験者としては喜ばしい限りだが、半世紀経てもこんな程度?と思う部分もある。
 原因不明だが起これば時間との勝負で重症化しやすい。治療方法は確立していて神の手が必要なほどではない。ただし乳幼児だから状況を説明しきれない、表現できてもおなかが痛い程度しか言えない。あとは身近な親の判断力が効く。頻繁に発症するものではないらしいが、急に七転八倒するほどの経過にはならないので見過ごしがちである。乳幼児を抱える親にはちょっと知っていて損にならない知識である。

2011/08/06

大阪府 勉強になります!


 7月末から8月にかけて、委員会視察と会派視察があった。中でも会派視察の大阪府はかなり圧巻だった。調査目的は、言っては何だが、赤字先進自治体の取り組みということである。もちろん夕張市のように潰れては元も子もない。ギリギリで潰れない努力にこそ値千金の重みがある。
 それにしても「無いものは払えない」という理屈には、正直“感動”もの。逆転の発想である。府外からのこの調査目的での視察は私たちの会派が初めてとか。とかく関西情報は東京では乏しい。行かなければわからないことだらけだった。(写真は大阪府聴前で)