2011/12/27

すごい人

大阪地検特捜部長が逮捕され、急転直下拘置所暮らしの身になる。これだけで並の小説よりストーリー性抜群。著者は記憶に新しい、無罪となった『村木事件』の責任者であり、フロッピーを改ざんした前田検事の元上司だった人物。逮捕におののく特捜部長の姿はリアルと言えばリアルだが、そんな人が特捜部長だったのかとも。「われわれ刑事司法にたずさわる者は簡単に懲役一年、二年というけれど、それを受ける者にとってそれがどれほど長いか思いを致した時、厳粛にならざるを得ない。これが教訓である。」なんてことを勾留34日目に悟られてもなぁー。さらに「司法というものは誠に恐ろしい権力である。人を極限に追い詰める権力である。人の生身を切りきざむ物理的な権力である。私はこの囚われの身になって初めて、身を拘束される辛さ、地位も名誉も財産も一切をはく奪される苦しさ、家族と別離する淋しさ、そして私はここに追いやった権力に対する言い尽くし難い憤怒というものを知った。」こんなことも勾留54日目に知ったとなると・・・。ちなみに村木氏は163日の勾留だったのであるが・・・。

2011/12/26

みんなで「受任者」になろう

3.11以後を経験している私たちにとって、今できることがあります。原発の是非を問う「原発住民投票」の実施です。そのために誰でも簡単にできる方法があります。「受任者」になることです。ネットで簡単にできます。「受任者」になれば自分1人の署名でもいいし家族(有権者)の署名を集めてももちろん可です。パン屋の後藤雄一さんもネットで「受任者」になって桜上水のお店に署名用紙を置いています。田中優子区議もネットで「受任者」になっています。私もネットで「受任者」になりました。2011年に私たちが考えさせられたことについて、もう一つだけ年内に行動を起こしませんか?→ここから受任者になれます!

2011/12/17

田中優子さんじゃない田中優子さん

 選挙管理委員の日額支給について最高裁判決があった。基本的には議会の裁量権に委ねるということらしい。
 そもそも選挙管理委員ってどうやって選ばれるか、そこからして多くの人は知らないと思う。
 議会の選挙、つまり議員の投票で選ぶ。選挙管理委員の定員は4名。さらに選挙管理委員の補充員も4名選ばれる。しかしこの議員の投票(議会での選挙)というのがまことに奇妙なのである。なぜなら立候補制でなく誰の氏名を書いても有効になるからである。(立候補制であれば立候補者以外の氏名を書けば無効)もちろん投票用紙には氏名しか書けない。
 具体的な例をあげれば平成21年3月27日の本会議で、議会での選挙で田中優子さんが選挙管理委員の補充員に当選している。当時の議事録を引用すると以下の通りに。


○大場やすのぶ 議長 投票の結果を事務局長に報告させます。
◎長原 区議会事務局長 ご報告いたします。
  投票総数五十二票
 これは先ほどの出席議員数と一致いたしております。
   うち
  有効投票   五十一票
  無効投票     一票
 有効投票中
  五十畑孝司さん 十三票
  田中 優子さん 十三票
  増田 信之さん 十一票
  能登谷誠明さん  七票
  富田 浩司さん  七票
 以上でございます。
○大場やすのぶ 議長 この選挙の法定得票数は四票であります。よって五十畑孝司さん、田中優子さん、増田信之さんの三名が選挙管理委員補充員に当選されました。

残り一名はくじ引きとなったが、当選した田中優子さんって誰??もちろん議員の田中優子さんではない。じゃ、どこの田中優子さん?投票用紙には氏名以外の記載がないので不明である。それでも区議の田中優子さんではない田中優子さんがこの日、世田谷区の選挙管理委員の補充員に当選したのである。不思議な光景である。選挙管理委員も同様。以下議事録から。

○大場やすのぶ 議長 投票の結果を事務局長に報告させます。
◎長原 区議会事務局長 ご報告いたします。
  投票総数五十二票
 これは先ほどの出席議員数と一致いたしております。
   うち
  有効投票  五十一票
  無効投票    一票
 有効投票中
  平山八郎さん 十三票
  小口義晴さん 十一票
  髙橋 忍さん  十票
  笹尾 淑さん  十票
  富田浩司さん  七票
 以上でございます。

○大場やすのぶ 議長 この選挙の法定得票数は四票であります。よって平山八郎さん、小口義晴さん、高橋忍さん、笹尾淑さんが選挙管理委員に当選されました。

同姓同名の可能性はいくらでもあろうが、特定される根拠もなく以上4名は全員、引退した区議会議員ということに特定されてしまったという次第である。
なお、この日の詳細はここで→田中優子の活動日誌

2011/12/16

続報

 12月15日に最初の検証委員会が開かれた、そうである。内容については報告書が出るまでわからない。

2011/12/15

検証委員会設置に



“デジコン事件”は様々な要素がからまり、区議会レベルで詳細な議論を進めてもなかなか区民の皆さんには伝わらない。そんな中、主要紙が取り上げ始めたことは興味深い。
ただし一連の出来事は9月議会(第3定例会)でのことであり、関係者の処分と調査委員会の設置は会派として当時に求めていたことである。今般、やっと検証委員会が設置され、関係者の処分も行われた。
通例なら、11月議会(第4定例会)の前に行われるべきものが、今頃になったのでちょっと拍子抜けの感じもある。
保坂区政の特徴の一つに“時間感覚のズレ”というのがある。“遅すぎる”或いは“待たされる”というもの。実はこのことが世田谷区政の最大の問題でもあるのだが。
処分のきっかけは毎日の記事がまたとりあげていた。


2011/12/13

世田谷区懲戒処分 謎解きは検証委員会のあとで3

 役人がでウソを述べたり、事実と異なる方向へ誘導したりすれば議会は機能しない。さらに役人は罰せられる。だからそんなことはしないし、起こらない、はずである。
 しかし世田谷区議会の第3定例会(9月〜10月)および期間中の決算特別委員会でウソが乱発されたのである。
 そもそもは、私たちの会派の桃野よしふみ議員がデジコン事件に関する質問を行った際に起こった。(デジコン事件とは簡単に言えば“補助金持ち去り”事件で、現実に世田谷区の税金約二千万円がドブに捨てられている)
 税金のムダ使いを監視する会派として、また桃野議員の政治信条からして議会での追及は当然である。
 しかし区側の対応は一貫して“終わったことは忘れましょう”という、他人事の姿勢。二千万円もの被害が出ているにも関らずである。この感覚が役人にある限り税金のムダ使いはなくならない。(詳細は桃野よしふみ議員のHPへ→Go
  なお、区職員の懲戒処分は軽いものから重いものへと、戒告、減給、停職、免職がある(地方公務員法第29条)今回は部長が戒告、課長が減給である。
 気になるのが、処分の公表の仕方。下の東京新聞の記事にある通り、この処分の公表は当初議員だけファックス等で行っていた。こういう所にも“内々で”という区側の意識が見え隠れする。ちなみに国家公務員の場合、懲戒処分の公表指針が定められている。


1 公表対象
次のいずれかに該当する懲戒処分は、公表するものとする。
(1) 職務遂行上の行為又はこれに関連する行為に係る懲戒処分
(2) 職務に関連しない行為に係る懲戒処分のうち、免職又は停職である懲戒処分

そして公表方法についても、

「記者クラブ等への資料の提供その他適宜の方法によるものとする。」

となっている。
 さて、問題の本質はなぜ課長、部長は罰せられるのを承知でウソをついたか? 背後に何かあるかも知れない。
 ということで区側もようやく腰を上げ、この事件の全貌を解明する外部委員を入れての検証委員会(詳細は田中優子議員のHPへ→Go)がつくられることになった。謎解きは年度末まで持ち越される。

世田谷区懲戒処分 謎解きは検証委員会のあとで2

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世田谷区懲戒処分 謎解きは検証委員会のあとで1

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2011/11/26

財政緊急時である!

 公務員給与はどうやって決まるのか。“給与条例主義”が原則であり、給与は条例に明記され、改正する場合は議会の議決が必要。
 しかし議会で公務員給与が様々な現状に則した審議がなされるかと言えば、実際のところそれはない。23区統一の人事委員会が23区同一の給与の改定案(勧告)を示し、議会はその改定案を尊重するのが一般的だ。
 人事委員会を尊重するのは公務員が労働者としての権利を封じられていることに起因する。故に人事委員会は労働者に不利にならないように客観的に決めることになっている。しかしどうだろう、人事委員会というのは役人の集団であり、つまり役所である。
 さらに問題は23区で同じ給与ということである。A区は財政悪化で大変な状況、B区は健全財政という違いがあるなかで、人件費に影響が及ばないというのはおかしい。
 今回、世田谷区で出される給与改正案は職員1人当たり月千円のカットである。年収にして1万円ちょっとの減収。
 それでいて世田谷区は87億円の税収不足を表明している。職員数はざっと5千人、1人当たりの人件費を今回の改正案のように1万円ちょっと削っても全体として6千万円程度である。87億円の不足分には到底及ばない。
 もちろん人件費で不足分を全部埋めろというつもりはないが、その差はあまりにも現実離れしている。
 例えば政府や自公(上記記事)の言う7.8 %のカットなら、世田谷区の場合、20億円前後になる。財政緊急時である。人事委員会の勧告は尊重しても、世田谷区としてはさらなる緊急時対応が求められるべきである。

2011/10/27

決断しないのが仕事?

「顔と顔が見える自治のまちづくり」が保坂区政の運営方針の一つである。(区民はほとんど知らないが)その肝心の区長の顔が見えない、という不満の声がジワジワと広がっている。                                                  
「決断」しないのである。
「脱原発都市宣言」を提言しても決断できない。放射能に一番敏感なはずの区長が例の弦巻ラジウム事件では最初の通報から対処するまでに一週間以上も要する体たらく。やはり決断ができない。小5の川場村移動教室も異常値が出て保護者から指摘があるにも結局中止を決断できなかった。いづれも私たちの会派が率先して区長に迫ったものだが、すべて決断できない、これが区長の実態である。
もし決断していれば、さすが脱原発区長と、区民からj拍手喝采ものだったろうし、信頼感も増しただろう。
 上掲の記事では保坂区長の“身内”議員と言われる木下議員ですら「脱原発は保坂にしかできない。このまま脱原発に踏み込まず、本来の保坂に戻らないのなら応援はできないだろう」
とまで述べている。
 さらに27日の「シモキタのあした補助54号区長の決断に集まる注目」の記事では9月議会での自民党の山口裕久区議の発言も紹介されている。「区長の姿勢は、推進派からも反対派からも味方をしてくれると、とれてしまう」区長の玉虫色の“二枚舌”を批判したものである。
 要は決断に自信がないのであろう。どこかに“妙薬”はないものだろうか。

2011/10/25

何のための記者会見?

 25日東京新聞一面。「子ども医療費世田谷、無料見直しへ」。
 所得制限か一部自己負担の導入を考えている、というのが記事の骨子。具体的な見直しの内容は「区民意見などを聞いてから」(政策経営部)とあるが、議会ではそもそも“初耳”に近い。
 この問題は、子どもがいる世田谷区の全家庭が関係する。(受給対象者数は10万1千人)
 当然、区長が率先して説明すべき問題である。そのために区長の記者会見があるはずである。しかし昨日24日の記者会見では、この件に関しては一切触れていない。(会見の内容は例の弦巻のラジウム放射線の話やイベントの紹介)
 区長の記者会見で触れなかったことの方が、区民にとって重大問題であるということは、皮肉というより、情報隠しである。(また?)
 もちろん、やみくもに有料化に賛成する区民などいるわけがない。そのためには区の財政事情を説明しなければならないし、子ども医療費より先に削るものはないのか、これも当然議論となるはずである。(私たちの会派では人件費削減が先だと主張している!)
 とにかく、こういう重要なことは区長が自分の責任で方針変更したい、というべきではなかろうか。そのための記者会見ではないのか!

2011/10/24

あの日のこと

 左は朝日新聞が文科省発表の汚染マップに「風の流れ」を書き込んだもの。(10月24日付)
 大きくUターンする北ルートは3月14日深夜から15日未明。区議会では14日が区民生活領域の予算委員会。15日は福祉保健領域の日。と記憶がよみがえる。
 南下するルートは3月21日深夜から22日未明ということで22日は文教領域の日だった。
 朝日は放射性プルーム(放射性雲)と呼んでいるが群馬大の早川教授は上空何千メートルのようなものではないとツイッターで述べている。せいぜい数十メートル上空を移動した。だから地形に反応したのだと。なるほど。
 つまりキャロットタワーや北沢タウンホールくらいの上空を移動していったということらしい。
 
 ちなみに3月14日の朝日夕刊は以下の通り。


この時は、官房長官や東電の言っていることを信じるしかなかったが・・・





2011/10/13

世田谷区のホットスポット なぜ? 

2011年10月12日夜9時ニュースウォッチ9より

2011/10/10

ドジョウではなく土壌だろ!

video
 こんなことも影響しているのだろうか?10月10日の正午のニュースより。

2011/10/09

行かなければいいだけ

 群馬大学の早川由紀夫教授が10月7日のコメントで世田谷区民に(というより世田谷区長に)次のように述べている。専門家の意見であり、区役所の文系役人の根拠なき安心より信頼に足る。
     http://kipuka.blog70.fc2.com/blog-entry-407.html#comment1369
(コメント欄の下の方)


川場村の子どもたちは、福島の子どもたちと同じです。(もちろん変えたほうがよいのですが)暮らしを変えることは容易ににはできません。かわいそうですが、親権に阻まれて他人が口を出すことはできません。 

いっぽう、世田谷区の子どもたちの場合は、簡単です。行かなければいいだけのことです。むずかしいことはなかなかできませんが、簡単なことはすぐに行動に移すのがよろしい。簡単なのに放置するのはたいへん無責任です。

2011/10/05

今区政で起きていること

 上は10月5日の東京新聞。記事では役所に「優しく」書いてあるが、実態は“確信犯”。それより何より、区は何を隠しているのか?
 区長就任5ヵ月、「情報公開と区民参加」は依然より後退している。区長は日々の決断を、もっと意見を聞かなくてはと先延ばししているが、その分、幹部職員が日々の決断を迫られる。行政の速度は区長の好き嫌いで変えられない。決められた期間で決断を下すのが区長の仕事である。しかし保坂区長は4日の答弁を聞いていると、あらかじめ期間を決めて決断を下すようなやり方はとらない、ということらしい。
 これでは部下は仕事ができないだろう。そこで部下の暴走が生じる。この記事の背景にはそういう問題が潜んでいる。

2011/09/28

データは区長がなすべきことを示している

 左は東京新聞(9月28日)。文科省が群馬県の土壌表面に蓄積した放射線セシウムの量の汚染マップを公表。記事ではその地図(川場村の位置は加筆)の一部を掲載。
 この図によれば川場村は6万ベクレル〜30万ベクレルということになる。
 ちなみに同じ内容を報じた読売新聞によればチェルノブイリ原発事故では3万7千ベクレル以上が「汚染地域」とされた、とある。
 27日に文科省が公開したデータは以下に。
http://radioactivity.mext.go.jp/ja/1910/2011/09/1910_092714.pdf

2011/09/23

川場村移動教室ストップしない保坂区長


 9月20日に行われた世田谷区議会本会議で、川場村は放射線量が多いホットスポットになっているので小学校5年生の移動教室はストップさせるべきだ、との質問に答える保坂区長。約2分半。「脱原発」を掲げて当選した割には、子どもの内部被ばくについては甘い基準であるらしい。大人はともかく成長期の子どもは避けるべきだ。これは区長にしかできない「決断」だ。(もちろん移動教室はストップしても川場村は世田谷の友好村であり、除染や風評については世田谷区も共に考えなくてはならない。ただしそれと子どもの安全とは別問題として考えるべきだとの質問。)

上は群馬大学の早川教授の作成した放射能汚染マップ。
早川教授のブログには川場村のことも載っている。
 今回の質問でわかった事は、保坂区長は上の9月22日の東京新聞が伝えているように、評論家のようにうまいことを言うが、行政的には何もできていない、「決断」ができないということ。大丈夫だろうか?それでも「脱原発」区長として是非がんばってもらいたい。

2011/09/14

もう一つの世田谷区のマーク


 “由緒正しき”世田谷区のシンボルマークはもう一つある。上のデザインがそれ。今では区の職員ですら覚えていないかも知れないが、このデザインは昭和56年(1981年)区制50周年をを迎えるに先がけてシンボルマークの公募を行い、当時の玉川在住の大野ますみさんの作品が選ばれた。
 このシンボルマークの意味は、緑の部分がせたがやの「セ」を区の鳥オナガを図案化したもので、みどりの環境を表し、青の部分は空と多摩川を表し、だいだい色は太陽を表すというもの。
 今から30年も前のことで、残念ながらその後は使われずになっているようだが、正統性のあるシンボルマークである。
 今見ても、結構イケテルと思うが。少なくとも花瓶敷きのような保坂マークより“由緒正しき”デザインであることは間違いない。

2011/09/13

世田谷区の新マーク?

 9月13日の朝日新聞によると保坂区長が、太陽をモチーフにした新しい区のマークを発表した、と報じている。そこで記者会見の模様を見ると、すでにそのマークはバックに使用されていた。
 デザインは保坂区長がアイデアを出し、デザイナーに依頼して作ったものという。
 「被災地ともつながっていこうという思いや、太陽光など自然エネルギーへの思いを込めて作った」と保坂区長は語ったと朝日新聞は伝えているが、このことは、議会も含めてほとんどの区民は知らされていない。
 区のマークは上の画像の左上にある「世」の文字を三方に広げて、人々の協力と区の発展を意味したものが世田谷区民にはおなじみである。このデザインは公募により昭和31年(1956年)10月1日に制定された“由緒正しき”ものである。ちなみにこのデザインは当時の上馬在住の高山節子さんの作品である。
 朝日の記事によれば「保坂区長のメッセージを表すマーク」ということらしいが、記者会見でこのような使われ方をすれば誰が見ても「世田谷区のマーク」以外に考えられないだろう。区長が自分の好みで勝手に区のマークを変えていいのだろうか。公私混同のそしりは免れないのではないか。それに「保坂区長のメッセージを表すマーク」というのもヘンである。保坂氏は世田谷区長として仕事をしているのであって、世田谷区長が保坂氏を“演じている”わけではない。
 何よりも区のマークに関して広く区民の意見(公募)を聞かずに区長の独断で作ってしまったことに恐ろしさを感じる。

2011/09/11

人材払底内閣

 バカ大臣の辞任(事実上の更迭)は当然としても、ドジョウ宰相の“低姿勢路線”の意外性が好感を持たれるのも、時間の問題だろう。
 それにしても被災地視察でドジョウ宰相が現地の首長と名刺交換しているシーンなど見ると、唖然としてしまう。日本国の総理大臣が、国内で名刺交換など、あり得るだろうか?
 そういえば、厚労大臣も連日、関連業界への挨拶回りで忙しいということである。
 大臣という自覚も職責をわかっていない、証左であろう。
 やはり、選挙屋の“低姿勢路線”に過ぎない事を国民は感じ始めている。短命内閣の現実味が増している。

2011/09/10

ふざけた大臣はクビに!

 信じがたいバカ大臣である。本心では何を考えているのか、空恐ろしいほど、低レベルの人物だ。(左は9月10日の朝日一面)
 ドジョウ宰相も、こんなの任命して党内バランスに腐心したのかも知れないが、やはり“質の維持”に努めなければ短命に終わるだろう。

2011/09/04

チーム世田谷始動!

 9月3日に行われた「みんなの党」のタウンミーティング(チーム世田谷主催)は大盛況のうちに無事終了。2時間半に及ぶ講演会とQ&Aは実に充実。それだけ「みんなの党」への関心が高いということだろう。冒頭、みんなの党の区議会議員にまじって、私も挨拶の時間をいただけた。
 先月は目黒でも三谷英弘さん(東京5区)のタウンミーティングが行われ、世田谷はそれに続くもの。東京6区をまかされるのは32歳の落合貴之さん(3枚目の写真)そして昨年の参院選で東京選挙区で当選したタリーズコーヒー創設者の松田公太参院議員(4枚目の写真)そして落合さんの“師匠”にあたる江田憲司さんが登壇されて、テレビや大マスコミでは報じられない国政について、また党の方針である、脱原発、公務員制度改革、増税より経済成長について非常にわかりやすく説明された。
 それにしても満席で約150席は埋まり立ち見も出たくらいで、かつ会場の三茶しゃれなーどホールは節電で空調が効かず汗だくだく状態で話す方も聞く方も大変だったと思う。

2011/08/28

首相の責任は重い

 確かに重い作品であることは間違いない。しかし首相は自分のやってきた責任の重さを感じただろうか。3.11以後、日本のトップはまぎれもなく菅直人である。しかも原子力の専門家を任じていた首相である。
 本作品は事故後の“放置状態”を告発する映画とも読める。果たして日本では事故後の放置状態はないと言えるのだろうか。

2011/08/26

放射能をなめてはいけない

 ようやく会派メンバー全員で観ることができた。ドキュメンタリー映画であり、事実がありのまま映されている。2003年のアカデミー賞作品であり、8年前の映像でありながら、日本の今後のようでならなかった。
 一言で言えば、「放射能をなめてはいけない」あるいは「放射能はそんな軽いものではない」と強く言われたようだった。見終わって4人ともしばらく声がなかった。
 何もなければ、夕日に映えるのどかな農村風景。その土地に生まれ、その土地で育った人々が、その土地を離れたくないという言葉は、美しい農村風景とともに、そのまま日本の今に重なる。
 映像では様々な場所、それは原発からの距離が示されるが、240キロの町でも異変は起きているという部分では、思わず東京の位置を考えた。
 「ただちに健康には影響しない」といった政権の責任問題が浮上するのは、この映像が示す限りでは、あと半年もないかもしれない。仮に10分の1でも、100分の1でも、1000分の1でも大変な数である。
 数年前に、これも会派で観た「東京原発」と同じように、将来(それもごく近い将来)この映画のことが予告のように思い出されるような事態になっていなければ、いいなあ、と思うが可能性は低い。厚労省の副大臣クラスは盆踊りなんかに精を出すより、こういうものを手掛かりにして対策を講じておくべきだと思う。

2011/08/25

公務員のあるべき姿

 左は都政新報の8月23日版。目黒区役所の職員組合が、目黒区の財政危機は「根拠がなく、つくられた財政危機」と主張している。その理由の一つとして「目黒区だけが大騒ぎしていて、他区では同様の動きがない」としている。しかしそれは誤りである。世田谷区でも財政的に破綻の未来図しか描けていない。大騒ぎはしていないがここ数年深刻な問題という認識はほとんどの区にあるはずだ。そもそも日本の財政危機からして知らぬはずがない。
 景気が悪ければ税収は下がる。一時的な落ち込みなら基金を取り崩して間に合わせれば良い。しかし政府の経済政策の失政によって(というよりバラマキ優先で他は無策)いつまでたっても新たな産業は育たず(時代にあった規制撤廃をしなければ旧態の産業構造は変わらない)景気低迷である。しかも震災とこの円高となれば、当面税収が伸びるとは考えにくい。
 基金取り崩しでしのいでいる現状を改めなければハタンすることは想定の範囲である。しかも首都直下を考えれば基金をゼロにすることは極めて不安である。
 「入りを量りて出ずるを制す」というのは自治体であれ企業であれ家計であれ、人間の営みの基本である。しかし家計であれ企業であれ自治体であれ、「出ずるを制す」が難しい、というより誰だって「嫌」である。しかし財政問題は「好き嫌い」では解決しない。
 とは言え、不満の蓄積は無視できないし、些細なことで爆発するから、「出ずるを制す」は机上の合理性だけでは失敗する。昔の「メザシの土光さん」ではないが、まず当事者からエリをたださなければ進まないし進められない。「なんで私たちだけが我慢するんだ」という感情こそが単純なことだが、実は気を配らなければならないことである。公務員は「雨ニモマケズ」ではないが「あらゆることを自分を勘定に入れずに、よく見聞きし、分かり、そして忘れず」という姿勢があってこそ進むものも進むのである。

2011/08/24

豆を煮るに豆がらを以てす?

 面白い本である。かねてより、小沢一郎氏が、相手の好き嫌いによって電話に出ない、連絡が突然とれなくなる、といった新聞での人物譚(その多くが離れて行った人たちの証言だが)が気になっていた。いい年した大人が、それも社会的な地位がある人物が、そんな子どもじみたことを、どうしてするのか、また出来るのか不思議でならなかった。この本を読むと、その疑問がきれいに氷解する。(長年のナゾが解けてトクした気分。さらにいわゆる“忖度政局”のカラクリもおよそ察しがつく)
 また、テレビなどでなぜ居酒屋から出てくるシーンが多いのかという、一見どうでもいいようなことが、実は小沢氏にとって大切な意味が隠されていたりして、ちょっと意外。(庶民派を演じているというレベルではない!)
 かつてブログでも書いたように、小沢一郎氏の解決スタイルは「恫喝と懐柔」が基軸になっている。しかしこの本を読むと、どうして「恫喝と懐柔」になってしまうのか、その“仕組み”がうまく描けている。
 それにしてもこの本の元ネタはアエラの特集記事であり、出版社は朝日新聞出版。最後の部分で著者にこのように書かせたのはどうみても出版社サイドの意図が働いていると思う(笑)「非常時のいま、日本のリーダーにふさわしいのは、官僚を動かせないがカネに清い菅直人か、カネに汚いが官僚を動かせる小沢一郎か。それともまったく別のタイプか。」
 それにしても、この帯の高さはすごい。こんな帯は見た事がない。まさに朝日の「悪意」とでも言いたい本である。

2011/08/18

政権取ったら出来ませんでした・・・

 上は8月13日の読売新聞の一面。民主党の代表選(単なる内輪もめというか、次期選挙用のパフォーマンス合戦?)に前原氏の不出馬の弁が載っていた。「首相と閣僚では仕事の大きさが違う。私には能力も覚悟もない」と周囲に語ったという。
 国民目線からすれば、全くその通りで、前原氏からしてそうなのだから、それ以下の人物が代表となっても、もはや政権担当能力が民主党にあるはずはない。
 思い起こしてみても、前原大臣時代の八ッ場ダムはその後どうなったのか?不明である。「能力も覚悟もない」前原氏が今後どうするか、これも不明である。能力とか覚悟は一夜漬けでどうなるものではない。要するに民主党が「政権取ったらできませんでした」ギブアップということである。
 とはいえ、「政権取ったらできませんでした」は安倍政権から始まる。その原因は官僚との関係にある。敵視すれば政権投げ出し、丸投げの方向にブレ、理解を示せば「大連立」という宿題を出されるのが、この5年間の国政である。
 急がば回れ。最初に『公務員制度改革』をやらなければ、誰がなっても「政権をとったらできませんでした」の繰り返しである。もちろん法律一本でやれる話ではない。

2011/08/11

世田谷区の財政


 7月に公表された財政状況によれば、世田谷区の財政が悪化していることがわかる。単純に言えば、人口は増え、税収は減っているということである。
 5年間で見ると、人口は83万6千から1万7千ほど増加して85万3千となっている。約2%の増である。一方で区民税は昨年度急減して前年度より80億円減って1063億円である。約7%の減。
 住民の2%増と、税収の7%の急減、これが財政問題の核心である。
 区では一人当たりの税負担額を出している。平成18年度から21年度までは13万5千円前後で推移していたのが平成22年度は一挙に12万4千円まで下がっている。税負担額は所得に依っているから、区民の景気が良くないということであり、その原因としてリーマンショックがある。その後の景気は国内は大震災、世界的には不況と見通しが立たない。
 さらに住民構成の高齢化で支出は増大する。いわゆる八方塞がりである。現状は足りない分をこれまでの基金(貯金)を取り崩して、しのいでいる。(目黒区はその基金が底をつきかけて大変なことになっている。)
 一方で国の借金は943兆円。国民一人当たり738万円の借金ということである。
 もはや国をアテにしていいのか?この数字は地方自治体の経済的自立を警告している。国からの補助金や交付金の原資は借金であり、未来からの前借りである。
 地方の視察で自治体の財政状況を尋ねると一様に国からの支援と答えるのには驚いた。

高まる“東京大震災”の確率

3.11以後、日本の地下はめちゃめちゃに変わってしまった。らしい。
首都直下地震(東京湾北部地震)はその名称からも23区でも北部地域がメインで世田谷区は少しズレている。しかし立川断層帯となると、世田谷西部に近い。その立川断層帯での地震発生確率が一段と増した、ということである。
物騒なたとえをすれば、東京の地下に時限爆弾がいくつもある、ようなものである。もはや人間に対する自然テロと言えるかもしれない。
 まさに首都防衛という考えからして、帰宅困難者が発生するような首都のあり方で良いのだろうか。言い換えれば発生時間によっては通勤困難者が発生する都市構造ということで、インフラの復旧に相当の時間を要するという事である。
歩いて通える都市構造にかえなければ、来る大地震には備えられない。つまりその意味でも地域主権はソフトハードから求められることである。首都全体を十把一絡げで考えても、こと個人単位での防災には埒はあかない。
 エネルギーや食料や医療といったものを物流や地域での場所確保という観点から確実にしていかなければならないのではなかろうか。

2011/08/10

隣の芝生 だけが枯れているのだろうか?

 財政パンク寸前の目黒区の改革素案が出た。(と10日の産經新聞が伝えている)区の830の事業のうち73%にあたる607事業を廃止や休止、延期するなど見直しを行う。
 とにかく毎年30億円づつ削減して3年間の累計で180億円の削減を目指す。
 新聞報道を読む限り、とりあえず素案にしてみました程度で、具体的な実施にはまだまだ先のよう。例えば保育園の民営化などを考えているが、24年度中にスケジュール策定という“先送り観”ありありの“のんびり度”である。
 削減政策は、削減だけでは成り立たないという民主主義の矛盾を抱えている。(実はそこが最大のポイント。)
 目黒区長は今月中に区民と懇談会を行うという。削減素案がテーマだ。ひるがえって世田谷区はテーマを決めずに区長が暢気に、いや何も考えす、否自由に、懇談会を開催している。財政状況は五十歩百歩にもかかわらず。(この点については会派として6月議会で区民と財政状況を説明する懇談会にすべきだと口を酸っぱくして述べている、から言うのだが)
 行革は切羽詰まってやれば失敗の度合いは増す。余裕を持って大胆にするのが肝心である。

看板倒れ

民主党終わったな、という感じである。

2011/08/09

ぬか喜び?区財政

 景気がいいとか。どこの話といえば東京都の法人住民税(23区の財源)が増加したという。しかし大半の法人が3月決算ということで大震災の影響はそれほどカウントされていない。
 つまり本当に怖いのは来年ということであり、さらに今年すら予定通り税収が確実に入ってくるという保証はない。予定では世田谷区は約56億の増ということであり、歳出カットは一時お預けという観もあるが、上述した通り、現在を考えれば、逆である。今こそ行革の工程表を作らねば先がない。
 大震災、そして世界的な不況。穏やかな港町がたった数分で津波に飲み込まれ、消えてしまうという、「ウソだろう」という信じられない状況が財政破綻という形で再び近づきつつある。

2011/08/08

世田谷区政の秋


 8月7日の朝日新聞に「保坂・世田谷区長3カ月」という記事が。放射線量調査では成果があがったと評価。ただし電力情報の公開は電力会社の拒否で進んでいないと。
 実は区議会の中では、保坂氏は何を目指して区長になったのか、疑問視する声が上がりつつある。災害について、原発について、放射線について、発信力はあるものの、具体策について行政はついていけてない。
 笛吹けど行政は踊らず、どころか区民の関心も急速に薄れているとか。記事によれば就任直後に200通以上集まった「区長へのメール」は今は1日数通。
 以後3か月で、国民が浴びた原発に関する情報量はすさまじい。しかも目の当たりにする被害を含めた情報は自分たちの生命に直結するだけに学習効果を高める。
 その結果、脱原発のためには電力の自由化や発送電分離という問題を解決しなければならないことがわかった。まさに国レベルの問題である。さらに区長レベルでは電力会社は見向きもしないということも証明されてしまった。
 区長選当時はかなり先進的な主張であっても、以後3か月で区民の意識が追いついてしまったということである。
 区長の“本業”は区の経営である。財政問題を基底にして安全安心を含めた福祉の実現が主要な幹である。その幹を支えるために行政があると言ってよい。
 残念ながら行政のホンネは「野党の国会議員の感覚で区長をやられても困るよなー」「他人の考えを聞く前にトップの考えを示さなければ何も言えないじゃん」「トップが次から次へと決断してくれないと動けない」「結局「ていねいに」は何もするなということ?」「まかせると言って自分で判断する、自分で判断するといって他人の意見を聞く、二重の苦労」あたりに・・・。
 トップの資質が試される秋。

「ただちに健康に・・・」の意味


2003年アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞受賞。
8月13日(土)〜
ヒューマントラストシネマ渋谷 
銀座テアトルシネマ

腸重積


 腸重積(ちょうじゅうせき)という腸の症状はあまり知られていない。乳幼児に起こる腸が重なってしまう症状で、手遅れになると死んでしまうほど危険度が高い。実は半世紀ほど前のことになるが私自身がこの症状であやうく死にかけた。たぶん3歳になる前くらいだった。近くの医院ではわからず総合病院に駆けつけいきなり手術となり命をとりとめた。執刀の医者があと数時間遅れたら腸の壊死が始まって手の施しようがなかったと言っていたらしいから、滑り込みセーフの人生はその頃からだったのだろう。
 手術といっても開腹して腸を引っ張るだけで、別段悪くもない盲腸までも、ついでに“切っておきました”と言われたのには、後年になってひどい手術だなあと思ったものである。(現在では開腹手術以外の方法あり)
 それでも一命をとりとめたので有りがたかったが。
 この腸重責(ちょうじゅうせき)という症状は他人に説明するのが難しい。6日の朝日新聞に図解が示されていた。この図がなければ、言葉だけでは伝わらない。しかも腸重責(ちょうじゅうせき)と漢字で書かれても、読み方にせよも症状についても、経験者やその回りの人以外は滅多に知る機会はない。
 記事では今でも、治療法がバラバラであって、今回学会がガイドラインを定め周知徹底するという。体験者としては喜ばしい限りだが、半世紀経てもこんな程度?と思う部分もある。
 原因不明だが起これば時間との勝負で重症化しやすい。治療方法は確立していて神の手が必要なほどではない。ただし乳幼児だから状況を説明しきれない、表現できてもおなかが痛い程度しか言えない。あとは身近な親の判断力が効く。頻繁に発症するものではないらしいが、急に七転八倒するほどの経過にはならないので見過ごしがちである。乳幼児を抱える親にはちょっと知っていて損にならない知識である。

2011/08/06

大阪府 勉強になります!


 7月末から8月にかけて、委員会視察と会派視察があった。中でも会派視察の大阪府はかなり圧巻だった。調査目的は、言っては何だが、赤字先進自治体の取り組みということである。もちろん夕張市のように潰れては元も子もない。ギリギリで潰れない努力にこそ値千金の重みがある。
 それにしても「無いものは払えない」という理屈には、正直“感動”もの。逆転の発想である。府外からのこの調査目的での視察は私たちの会派が初めてとか。とかく関西情報は東京では乏しい。行かなければわからないことだらけだった。(写真は大阪府聴前で)

2011/07/30

自分のことでは泣き崩れるけど

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 NHKがニュースとして取り上げるのだから「ニュース」なのだろう。それにしても政治を感情的にやられては困る。古賀さんはもっと酷い目にあっているのに・・・。

2011/07/27

脱原発と脱借金


 百年に一度の大不況、リーマンショックは、経済どころか金融システムまで病状を進行させている。
 40年前のニクソンショックと同じ8月に新たなドルショックの可能性が現実化しつつある。
 この問題は、大借金という爆弾を抱えている日本に飛び火する。

 実は、日本の原発と国の借金は似ている。
 原発も国の借金も“最も危険なこと”である。ひとたび注意を怠れば莫大な被害をもたらす。だからこそ原発の場合、高度な安全技術が求められる。しかし地球の力には勝てなかった。
 同じように先進国の中でも飛び抜けて借金の多い日本が、まだギリシャのようにならないのは、その裏で財務省が巧妙なシナリオを駆使して、お金の流れを調整しているからである。考えて見れば銀行が安定運用のために国債を買うというのは、まともな投資先が無い、ということである。しかもその国債はバラマキのために発行されたものであることを考えると、日本の資本主義は統制経済としか言いようがない。
 日本経済の活力を削いでいるのは、実は財務省であり日銀である。そして押し進めているのが低金利政策である。言ってみれば低金利政策は原発における冷却電源のようなものである。巨大な国の借金が暴走しないように低金利政策で冷やし続けているのが実態である。
 しかしながら、原発同様、日本は想定外の範囲を合理的に決めるということをしない。その時々の都合で決めてしまう。すでに米国のデフォルトは誰の目にも想定内である。
 もし、という事態になれば、日本の低金利など簡単に吹っ飛ぶ。大借金暴走の冷却電源が失われるということである。
 金利が上昇し、新たな借金が不能となれば東京以外の自治体はまず破綻するだろう。新たな国難は迫っている。しかしながら政府のトップは自分のことしか考えていない。バラマキをやめて借金を減らす強い姿勢を内外に示さないと再び民主党政権による人災がおこる。
 脱原発と脱借金は日本における同質の問題である。

2011/07/17

尾張名古屋はシロ(潔白)でもつ?

 あの熱狂に包まれた名古屋市の「減税日本」が今大変な事になっている。今や「幻滅日本」とまで言われるほどの凋落ぶり。
 さらには河村市長自身が国政への転身をはかっているとか、いないとか。どうも“熱狂”で集まって当選した減税日本の議員の中に問題アリの人が続出しているらしい。
 残念ながら“熱狂”だけで議員が務まるほど、世の中甘くない。一時期、市議会議員になろう式の本が何冊が出たことがあった。つまり誰でも、特に若い人向けだったと思うが、若くして議員に当選した人たちのノウハウが集められて、(ツボはしっかり押さえられている)、それなりに当選はするかもしれないと関心したものだ。が、得てして“新鮮さ”をウリにするもので、それ以上のものではない。悪く言えば政治の領域にハウツー本を持ち込んだ、タチの悪い本とも言えた。
 要するに、“目新しさ”や“旧体制の否定”や“若さ”を主張すれば、それなりに当選するかもしれない。しかし議員としての役割を果たすとなれば、1期4年では“途中”で終わってしまう。そのまま次の選挙を迎えるが、気がついてみれば、新たな“目新しさ”や“旧体制の否定”や“若さ”を主張する新人に負けるのがオチである。ハウツー本は解決法を教えてくれない、こればかりは自分で考え抜くしかない。
 議員として2期目を目指して落選するのは最大級の恥辱である。実績無しの新人で当選して、実際議員として4年やったら落選というのは、有権者から見れば、「騙された!」というアッピールでしかない。議員としての実績が否定されたも同然である。現実に区議選レベルで1期当選して2期目で落選した元議員で復活した人は記憶にない。
 ハウツー本とか、選挙テクニックだけで当選するのは1回だけである。もちろん“熱狂”も入るが。多少の経験から言えば、最初は「議員になります」という主張から始まるのだろうけど、あとは有権者に皆さんに「議員として育ててもらう」そういう素地がすべてという気がする。育ててもらうためには、最低でも謙虚であり、誠実であり、勉強熱心でなければ、誰も相手にしてくれない。育ててもらう力が次への期待につながるのだから。
 残念ながら、報道で知る限り、名古屋の熱狂は早くも店じまいのようだ。これでは市民も議員を育てようという感じではないだろう。

2011/07/14

あさって総理

 世田谷としか報じていないが、場所は三軒茶屋だそうである。単に世田谷だけでは不安を募らせるだけである。つまり都が言う「大量に食べない限り、健康上の問題がない」人というのは最近、三軒茶屋で焼き肉を食べた人が対象ということである。(世田谷選出の厚生労働副大臣の事務所が三軒茶屋というのも何かの巡り合わせか?)
 風評被害というのは国が作るものである。「世田谷の飲食店」だけだと広範囲となる。三軒茶屋となると範囲は狭まるが店の特定や憶測が生じてしまう。該当店に罪はない。正式のルートを通して購入しているのだから。つまり国の検査体制が不備なのだ。
 風評被害は国の検査体制のズサンさが作るものである。すでに区内の保育所では牛肉を控えるということだし、牛肉の消費も落ちるかも知れない。自己防衛となると、際限はない。
 風評被害は国の役人が作るものである。未曾有の大災害には未曾有の対策を施さなければ二次三次被害が生じる。
 さらに政治には該当地域の全生産物をストップさせる強権もある。検査の精度がカギであるが、表面チェックだけで、エサに関してはノーマークであったという。未曾有の大災害にとても未曾有の対策とは言えない。普通の対応だったということ。
 総じて言うなら、今の政治も行政も未曾有の大災害レベルでは何も機能していない。通常レベルの対応をマックスで行っているにすぎない。つまり中の上程度。
 脱原発に向けて頑張ると菅首相はわざわざ会見を開いて言ったそうである。それはあさっての方向としては間違いではない。しかしそれより今日、本日ただいまの状況はどうなのか、多くの国民は感じている。今がダメなのに、あさってのことなんて、出来るわけない。
 少なくとも、菅首相には小宮山副大臣ともども三茶で焼き肉を、あのカイワレのように全店で食べて欲しいものだ。

2011/06/30

無敵の「公益性」

 都政新報のコラム「記者席」で、保坂区長は「公約違反にならないか」と疑問を呈されている。つまり、区長選で大型開発の転換を掲げたにもかかわらず、再開発計画の一環とも言える二子玉川公園用地取得の議案を提案したからである。
 いわゆる反対派が担いだ保坂区長でさえ、この時期、こういう提案をしたのだから、再開発の一環と言われようと、公益性を認めざるを得なかった、ということだろう。要するに自民党系の区長だろうが保坂区長だろうが、公益性を第一に考えれば同じということである。
 どんな公約も公益性には勝てない。

2011/06/27

夏の節電対策は

 世田谷区役所が管理する照明器具について、その総数について今のところ“謎”である。これでは情報公開もあったものではない。要するに一元的に管理されていない。施設だけで700もある上、街路灯となると管理関係も即答が得られない状況である。
 その結果、全部をLEDに換えたらどのくらいの経費が掛かるのかわからない。おそらく世田谷区役所だけのことではないだろうが。お役所文化では、消耗品の管理は眼中にないということだろう。
 7月から節電に区役所として本格的に取り組むことになるが、何か、上からの大号令だけで現場は従えばいいんだ、という受け身の姿勢が目につく。先日の議会の幹事長会でも議会施設部分についても、“お達し”があったが、せめて議会施設部分だけでもLEDに入れ換えたらと、口角泡を飛ばして主張したが、そういう意見もあるということで、終わった。
 記事にある通り、LEDに換えれば原発13基分が浮く計算で、導入促進は即効性が高く持続性もある、と太鼓判である。6月議会に補正予算を組めば、この夏に間に合ったはずである。
 それでも、専決処分という手は残されている。東電との“情報公開闘争”もいいが、足下の節電速攻策としては、区役所のLED化は最優先課題ではないか?

太陽がいっぱい

 日照権について、そもそも最初の裁判が起きたのは世田谷だったという。まさに住宅都市ならでは、ということだろう。そうしたら、今朝の読売新聞に世田谷で太陽光発電をめぐるトラブルの報が・・・。
 このトラブルが指し示す、太陽光発電が求める都市のあり様は、実は、行政が補助金を出せばいい、という単純な話でないかも知れない。
 世田谷区にあって、太陽光発電を最大限活かすには、どのような配置(太陽と都市構造物との)が良いのか?おそらく高層ビルだらけとあっては上記トラブルは続発するだろう。現行の太陽発電では電柱の影さえ、その発電能力を左右するという。
 もっとも最大の区有地は道路であるから、その活用も、圧力発電なども含めて考えられるかも知れない。「脱原発」というのは都市構造の変化を求める。
 大型開発の見直し、という言葉の意味は、文字通りやめてしまうというニュアンスの他にこれまでとは違った価値観による“新たな開発”という方向性も含まれているのではなかろうか。「脱原発」には当座、省エネ発電としての火力発電の更新が急がれるだろう。熱交換率は世界最高水準という。その“時間稼ぎ”の間に、都市構造も変え、ライフスタイルも変え、太陽光発電や他の自然エネルギー発電の技術に期待する、賭けざるをえない、ということだろう。

2011/06/23

いきなり保坂区政に木下区議ノー

 保坂区長としての初の定例会が終了した。23日の東京新聞にその総括の記事が。記事にもあるとおり、保坂区長のあいまいな対応に区議会からは不満の嵐。本会議場で自らが保坂さんを擁立したと豪語した木下区議さえも、大型開発の見直しが行われていないと、早くも保坂区長提案に反対する羽目に。
 もともと地方議会には与党とか野党とかあり得ないのだが、選挙後初の臨時議会から“保坂与党”を気取っていた面々も今定例会をもって夢から覚めつつあるようだ。

2011/06/21

明日のせたがや?

 財政悪化を論じている間はまだ平和。いよいよ米櫃(こめびつ)の底が見えてくるとそうはいかない。
 お隣では区長に対して議会から責任追及の声が上がったとか(左新聞記事)それにしても“危機管理がなっていない”と今頃責めても後の祭り。そもそも議会のチェック機能はどうなっているんだ、と区民は思うはず。さらには区長の予算案を通したのは議会である。それぞれの会派(議員)がそれぞれの段階で、結果ととして日の目を見なかった財政再建策を提言していたとしても。
 目黒区の問題は世田谷区での問題である。まだ米櫃の底が見えていないくらいで、このままでは早晩同様になる。
 故に、早い話、新区長には「何を削るのか」「区民に示して意見を聞け」と本会議の代表質問で単刀直入に質した。
 新たな抱負のもと区長になった保坂氏とすれば、いきなり議会で「何を削るのか」答えろという、切り口上には面食らったかも知れない。
 本来なら、区長としての考えを聞き、また区民代表としての議会の声をどれだけ聞くのか、そんなあたりから始まるのだろうが、昨春のギリシャ問題以降、財政危機戦争モードのウチの会派としては、そんな悠長なことは言ってられない。
 税収が増えない以上、何かを削らなければ立ち行かない。さらに区民への財政状況への周知も限定的である。短時間のあいだに保坂区長が財政への理解を深め、一刻も早く財政健全化への処方箋を区民に示してほしい。

市民感覚と同じ!

指示待ちでは無能の時代に

 節電は呼びかけだけで済む問題ではない。例えば節電の影響は保育所にも出てくる。(左は20日読売夕刊)単に公共施設も節電で休館、という訳にはいかない。高齢者等の熱中症の問題も昨年の夏の猛暑を考えれば、備えなくてはならない。
 要は節電でどのようなことが起こるか、まさに危機管理。もちろん財源を伴うことであるが、週末保育に対しては厚労省の基金の活用が検討中とのこと。役所は3.11以後、柔軟な発想と対応が求められている。紙に書いてあることをやれば済むという時代ではない。自分で考える比率が高まった。指示待ちではもはや通用しない。

2011/06/19

軽消防ポンプ車

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 6月17日のNHK朝のニュスで、こんな「軽消防ポンプ車」を紹介していた。東日本大震災後に需要が急拡大したという。細くて狭くて曲がれない道が多いのも世田谷区。新米のタクシーの運転手さんによれば「パニック道路」
 火事の時など心配と思うのかも知れない。しかし世田谷消防署にかつて確認したところによれば、平時であれば幹線道路が大渋滞でもしない限り、一戸火災の範囲で消火はできるとのこと。最近はこれより手軽な「スタンドパイプ」という消火栓さえ確保できれば一人で運べる機材も普及し始めている。また震災時は細い道路は倒壊家屋が道をふさぎ、軽消防ポンプ車すら入り込めないという。ただし、無いよりはあったに超したことはない。大型は入れないけど、軽消防ポンプ車なら入れるという所は必ずあるからだ。

財政+発信力

 保坂氏の実質的な区長デビューとなった6月議会。13日からの3日間、延べ7時間を超える議員側の質問に対し、それを超える答弁時間で応えた保坂区政。
 左は区長答弁を報じる都政新報。
「あいまい」というのは2種類ある。一つは大型開発見直しについては、これまでの経過も含めて“ちゃぶ台返し”を一切ほのめかさなかったこと。もう一つは財政問題は不得手ということ。元社民党ということからすれば労働者の視点はあっても、経営者の感覚はいきなり期待するのはむつかしいのかもしれない。
 就任一月半で、何でも解決策なり方針を示せというのは酷であり、区長の眼中には被災者・被災地支援のまなざしがしっかりあるということだけはわかった。しかしそれも財政の範囲である。現在の経済状況では首長の本業は「財政運営」、つまり地方自治体の経営である。ことに地方分権にもとづく、独自の主張なり、他でやっていないことをやろうとすれば、「財政基盤」の安定性があってこそである。
 一方で、これからの首長は「財政運営」にだけ、かまけていてはならない。「名代官」で終わってはならない。つまり「発信力」「発言力」である。国やあるいは世界に、経済界や各分野にも区民の代表として世直しに、4年ごとの審判を受けて発言する時代である。実はこの「発信力」も「財政資源」になりうる可能性もある。