2010/12/30

衝撃!尖閣漁船衝突事件の真実

中国新聞(広島県を中心とする地方紙)のネットニュースに共同通信配信の記事が。これを読むといかに菅政権がこれほどダメなのか改めて驚かされるやはり政府は国会答弁でうその答弁を繰り返していたことになる国民も最初から、尖閣事件に関して、那覇地検があんな判断を勝手に下せるとは思っていなかったから、やっぱりであろう。この共同の配信は画期的な事実暴露である。東京ではいつ流れるのだろうか首相が休暇をとっている場合だろうか。出直し解散だろうと国民の一人として思う。


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事実上の指揮権発動 中国漁船衝突事件

低迷する内閣支持率、いっこうに進まない野党との連携。明るい展望を見いだせないまま来年の通常国会が迫る菅政権。失速のきっかけは9月に起きた 中国漁船衝突事件だった。政府は船長釈放の判断や対中国外交をめぐり迷走。水面下の動きを検証すると、中国の強硬姿勢に浮足立った首相菅直人が日中関係の 極度の悪化を恐れ、事実上の指揮権発動で中国人船長を釈放した経緯が判明。主導権を握っていたのは終始、中国だった。(敬称略、肩書は当時)

「中国と戦争する気か。このままではアジア太平洋経済協力会議(APEC)を開けなくなる。すぐに船長を帰せ」

国連総会が開催される米ニューヨークへの出発を目前に控えた9月19日。船長の即時釈放を要求する中国の強硬姿勢に、菅は冷静さを失い、周囲に怒声を浴びせた。

「首相は一体どうしてしまったのだろう」。取り乱した菅の姿に、官邸スタッフは頭を抱えた。船長の刑事処分について、官房長官仙谷由人は「国内法 で粛々と処理」と明言。検察当局も「証拠はそろっている」として起訴する方針だった。菅も了解している—。官邸内ではほぼ共通認識だった。

中国は対日圧力レベルを引き上げる。国連総会に合わせた日中首脳会談見送りも表明。11月に横浜で開かれたAPECに、中国首脳が欠席するという菅にとって「最悪の事態」をちらつかせた。

菅のけんまくに、政府の判断は「釈放」に大きく傾いた。この間、政府内では「法相に指揮権を正式に発動させ、船長を釈放するしかない」との意見も 挙がった。仙谷は指揮権発動による政治的混乱を懸念、この手法には二の足を踏んだものの、実態は“首相による指揮権発動”と変わらなかった。

◇   ◇   
末代までの恥
釈放を迫られた法務省幹部は官邸に泣きついた。「釈放理由に『外交関係に配慮した』という趣旨を入れさせてほしい。それがなければ検察として末代までの恥だ」。検察は起訴に絶対の自信を持っていた。

官邸側はこれを容認。那覇地検は9月24日の記者会見で「日中関係を考慮すると、身柄を拘束して捜査を続けることは相当ではない」と、異例の「政治的配慮」に言及した。検察当局のせめてもの抵抗だった。

しかし日本側の期待に反し、船長釈放後も中国側に軟化の兆しは見えない。釈放直前、日本の建設会社員4人が中国で拘束されていることが発覚。中国から日本へのレアアース(希土類)輸出停滞も判明した。

焦りの色を深める仙谷ら。事態打開を折衝できる対中人脈は存在しなかった。9月下旬、政府は仙谷名で「漁船衝突事件の処理でお願いしたいことがあ る」と、要人との接触を求める趣旨のファクスを中国側の複数の人物に送付。苦し紛れの呼び掛けが、逆に中国側に足元を見られる結果になったのは否めない。

非礼だ

「民主党政権には対中ルートがないから、こんな手を使うのか」。要人との会談を調整する際、長期間にわたって築いた人間関係がものをいう中国。い かに人脈不足とはいえ、ファクス1枚で会談を申し込む日本側に中国側は「非礼だ」と憤慨。菅外交の底の浅さをさらけ出してしまった。

9月29日、仙谷の「密使」として北京を訪問した民主党前幹事長代理細野豪志は、中国国務委員戴秉国との会談にこぎ着けた。仙谷の知人で中国通の経営コンサルタント篠原令も同席していた。

細野「漁船衝突事件とは別問題と認識しているが、拘束された日本人4人の処遇はどうなるのか。政治家として気にかかっている」

戴「お気持ちはよく分かる。1人はもう少し取り調べるが、3人は明日釈放します」

余裕の表情で語る戴。言葉どおり、3人は翌日に釈放された。10月9日には残る1人も釈放。関係改善に向けた中国側の「メッセージ」とも読み取れたが、優位に立っていたのは中国だった。

外相外し

日本外務省は一貫して蚊帳の外だった。外相前原誠司が「対中強硬派」として中国側から忌避されていることを危ぶんだ仙谷の“差し金”。「外相は了解済みなのか」。細野の北京入りを知った周辺が尋ねると、仙谷は「前原には何も言わなくていい」と言い放った。

11月13日、横浜市の国際会議場。菅はAPEC議長として中国国家主席胡錦濤会談に臨んだ。9月7日の衝突事件発生から、約2カ月間の混迷を経てたどり着いた「晴れ舞台」。

「心から歓迎する。わが国と中国は一衣帯水(の隣国)だ」。菅は、手元のメモに目を落としながら自信さげに言葉を連ねた。